花嫁襲来
(1)

「世凪! お前、今まで何をしていた?」
 世凪の姿を目にした瞬間、半分非難するように、そして半分救われたように、祐たちは世凪に視線を集中させた。
 いつもなら、そんな世凪から、癪に障る視線が返ってくる……はずなのだが、今回はどうも様子が少し違うようである。
「ああ、ちょっとな……。それより、柚巴を連れて行くのだろう? だったらさっさと行け」
 そんな、どこか動揺したような返事だった。
 さらには、聞き分けのいい返事でもある。
 柚巴を連れにきたと知った時の世凪のご機嫌ななめぶりといえば……ここ最近では、使い魔たちの語り種になるほどだったにもかかわらず。
 とにかく今は、下手にやきもちなどやいていられないといった様子である。
「あ、ああ」
 当然、そんな普段とは違う世凪の態度に、麻阿佐たちが戸惑わないわけがない。
 戸惑いつつも、せっかくうっとうしい伽魅奈から逃れるチャンスができたので、それを無にするつもりもない。
 やはり、世凪のその言いには腹立たしいものを感じるが、ここは素直に従うことにした。
 それに、まあ、まがりなりにも世凪は王子なので、いうことを聞いておくにこしたことはないだろう。
 彼らは、そうわり切っている。
 三人は互いにその意思を確認し合うように見合い、こくんとうなずいた。
 そして、伽魅奈の前に立ちはだかり、馬鹿にしたように見下ろす世凪の横を通り、その場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
 床にたたきつけられ、かなりのダメージを受けているにもかかわらず、伽魅奈は執拗に食い下がってくる。
 苦しそうに顔をゆがめながら、のっそりと上体を起こす。
「わたくしは、その娘に用があるの。――それに、世凪! あなた、わたくしにこんなことをして、ただですむと思わないことね! よくて!? 叔父様に言いつけてやりますからね!!」
 世凪の肩から垂れる趣味の悪い黒マントの裾をぎゅっとつかみ、伽魅奈は憎らしげに世凪をにらみつけた。
 すると世凪は、冷たい視線を伽魅奈に落とし、そのマントを伽魅奈の手から、汚らわしそうにさっと奪い返す。
 そして、今まで伽魅奈が握っていた裾を持ち上げ、ぱんぱんとあてつけがましくほこりをはらうように払って見せる。
「けっ。王なんか怖くないっての」
 ふんと鼻で笑い、見下すように伽魅羅を見る。
 まったく、どうしてこんなところにまで小細工の行き届く男なのだろうか。世凪という男は。
 だから、世間の嫌われ者になるのである。
「まあ、世凪にとっては、たしかにそうだな」
 そんなふてぶてしく腹立たしい世凪の後ろで、祐が妙に納得したように首を縦に振っている。
 うんうんと、これまたどこかの俺様王子様同様、嫌味ったらしく。伽魅奈にあてつけるように。
 実際、世凪にとっては、王なんてこれっぽっちも怖くはない。
 自分の跡継ぎにしたくて王子を追いかけまわす王なんて、王子を失いたくなくて人間の娘との婚約を認めてしまう王なんて、当の王子からすれば怖くもなんともなくて当たり前。
 いや、それ以前に、俺様王子様にとっては、誰であろうと怖くはないだろうけれど。
 この世でたった一人、そんな王子様が恐れるのは、この状況でも気持ち良さそうに寝息を立てている人間の少女だけである。
 俺様王子様がどうにも頭の上がらない、愛しい少女、柚巴だけ――
 どうやら祐も祐で、これまでの伽魅奈の言動に、かなりの怒りを覚えていたようである。
 まあ、それは、世凪や祐だけでなく、亜真や麻阿佐も同様であるけれど。
 どうやっても苦しい自分の立場にようやく気づきはじめたのか、伽魅羅は憎らしげに世凪をにらみつける。
 相変わらず、世凪にやられ、ふらふらとしたその体を奮い立たせて。
「と、とにかく! 王宮の警備もまだまだですわね! こんな世凪のような不逞の輩が、簡単に入って来られるだなんて!」
 苦しまぎれに、それだけを言うのがやっとのようである。
 たしかに、世凪は世間では相変わらず、不逞の輩のままである。
 世凪の正体はまだ、知られていない。一部を除き。
 明らかに、負け犬の遠吠えともとれるそのような発言に、世凪がいちいち反応するはずもなかった。
 はあとため息をもらし、くるりと踵を返す。
 やっていられない、相手にもしたくないと、その体いっぱいで、嫌味ったらしくいっている。
 どうやっても癪に障る行動しかとれないのが、この世凪という男の損なところかもしれない。
「その通りです」
 まるで伽魅奈の言葉に同意するかのように、そのような声がどこからともなく聞こえてきた。
 そして次の瞬間、そこに、輝く銀髪をふわりと舞わせた男が一人、姿を現した。
 そして、すいっと世凪と伽魅奈の間にわって入る。
 その振る舞いは、スマートでいて、洗練されたものだった。
 世凪はその男の鮮やかな銀髪を横目で見て、ふっと微笑んだ。当然、不敵に。
 銀髪の男も世凪のその視線に気づき、目配せをする。
 この銀髪の男こそが、この世界の王子世凪に仕える、第一の側近、梓海道である。
 祐や亜真たちも、梓海道が現れるなり、梓海道に視線を移していた。
 これから、何をはじめるのだろうと、少し楽しそうに。
 まったく……そんなことより、今のこの状況を、もう少し真剣に考えてもらいたいものである。
「伽魅奈姫。あなたのような無関係の者が、簡単にここまでやって来られるとは、警備の是非を問わねばなりませんね」
 どうやら、先ほど梓海道が同意した言葉は、そこにであったようである。
 警備の是非について。
 世凪は、当然、梓街道のあの後に続けられる言葉がそれであるとわかっていたので、どこか癪に障る涼しい顔をしていたのだろう。
 そして、祐たちも同様である。
 ただ一人、伽魅奈だけが予想できていな……わかっていなかった。
「な……っ! お前、従僕の分際で、またしても……!!」
 かっと伽魅奈の顔が紅潮する。
 同時に、額の血管がぶつっと切れて、そこからぷしゅうと血が噴き出しそうな勢い。
 ぐわっと、醜く伽魅奈の顔がゆがむ。怒りのために。
「実際そうだな。こんな訳のわからん女が入って来られるとはな」
 梓海道の言葉に、世凪はうんうんと妙に素直にうなずいたりしている。
 だから、余計に腹立たしく感じてしまうのは当然だろう。
 また、世凪もそれをわかっていてあえてしているからたちが悪い。
 まあ、世凪という男は、元来、そういう性分ではあるけれど……。
 世凪にとっては、柚巴以外はどうでもいいのである。
 柚巴さえ笑顔でいてくれるのなら、他の者がどうなってもかまわない。
 ただ、俺様でいて、恥ずかしがりやの世凪には、そんなことはあまり表に出せないのだけれど……。
 いや、十分すぎるほど出しているかもしれない。今では。
「何ですって、世凪!! あなたは知っているでしょう!? わたくしは王子のいとこですのよ!! それに本来ならば、わたくしが王子の妃になるはずでしたのよ!!」
 今にも世凪につかみかかりそうな勢いで、伽魅奈は世凪にくってかかる。
 完全に馬鹿にして、まともに相手をしようとすらしていない世凪に。
 祐たちは、柚巴を守るように世凪の横に立ち、世凪同様、どこか馬鹿にしたような表情を浮かべていた。
 梓海道も梓海道で、うんざりといった様子で、世凪と伽魅奈の間に立ち、伽魅奈を世凪に近づけさせないようにしている。
 世凪は、妙に同情めいた、だけどやはり馬鹿にした視線を伽魅奈に注ぐ。
 そして、ため息まじりにふんと鼻で笑った。
「だから? ただそれだけだろう? それに、妃云々はお前たちが勝手に言っていることだ。王子にはまったくその気はない。それ以前に、お前は王子にことごとく嫌われている」
 伽魅奈の「本来ならば、わたくしが王子の妃になっているはずでしたのよ」という爆弾発言にもかかわらず、何事もなかったかのように、世凪は馬鹿にしてくすくすと笑う。
 まったくこの男は、少しくらいは動揺してくれればかわいげがあるものの……。
 まあ、誰もが世凪はもう柚巴でなければ駄目というのは心得ているので、そんな言葉で動揺する者などいないけれど。
 世凪は、それはそれは、柚巴を手に入れるためだけに、いろいろとまわりくどいことをしてくれた。
 素直に、好きだから一緒にいて欲しいと言えばよいものの、どうしてもそれが言えず意地を張って柚巴を困らせて……。
 そんな俺様で意地っ張りで素直じゃない世凪を柚巴は受け入れてしまったから……もう世凪から逃れることはできないだろう。
 いや、決して逃してはくれないだろう。
 その命をたてにしたって、世凪は絶対に柚巴を逃がしはしない。
 幼い頃から、ずっとずっと愛しく思っていた少女を逃すはずがない。


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update:04/02/06