花嫁襲来
(2)

 当然、世凪に、そして祐たちに馬鹿にされた伽魅奈が憤らないはずがない。
 先ほどからずっと、ぶるぶると体を震わせている。
 怒れる伽魅奈らしく、その顔はまるで修羅のようにゆがみ。
「伽魅奈姫。王の許可なくここまで侵入したこと、しっかり王に報告させていただきます」
 そんな怒れる伽魅奈なんておかまいなしに、梓海道はさらっとそう言ってのけた。
 やはり、どこか冷たい表情をたたえて。
 そして、ぐいっと伽魅奈の腕をつかむ。
「放しなさい! 無礼な従僕ね!!」
 同時に、伽魅奈はぐいっと梓海道の手を振り払おうとした。
 しかし、梓海道の手はびくともしない。
 びくともしないどころか、さらに冷ややかな視線が伽魅奈に降り注がれる。
 それは、氷のように冷たい視線。
「お忘れですか? 王宮(ここ)で、問題を起こす輩がいれば取り締まる。それは、わたしの仕事の一つです。そして、王も許可されています。……そう、相手が誰であろうと――」
 にやりと不気味な笑みを浮かべた。
 その瞬間、伽魅奈の背筋に嫌な汗が流れる。
「く……っ!」
 言葉につまり、伽魅奈はもうあきらめてしまったのか、急に抵抗をやめた。
 そして、悔しそうに唇をかみしめる。
「では、わたしはこれで失礼します」
 そんな伽魅奈の腕をつかみ、梓海道は世凪に一礼をして、伽魅奈を連れてすっと姿を消していった。
 王族のはずの伽魅奈が、何故このようにあっさりと、梓海道にいいように扱われてしまうのかというと、それは梓海道の力に関係がある。
 梓海道のその力は、本来の従僕の力を越えるものであるから。
 従僕の力はその仕える主人の力に大きく左右される。その鮮やかなる銀の髪同様。
 そして何より、伽魅奈の力が、王族にしては極端に弱いことが最大の要因だろう。
「ほら、邪魔者は消えた。さっさと行け」
 梓海道が伽魅奈を連れて姿を消したことを確認すると、世凪は面倒くさそうに麻阿佐たちを促した。
 すると、麻阿佐たちはふっと苦笑いを浮かべうなずき合う。
「ばいばい。世凪」
 この騒ぎでは、やはり柚巴も目をさましてしまっていたようで、麻阿佐の腕の中でそう言って手を振っていた。
 にっこりとかわいらしい笑顔を世凪に向けて。
 すると世凪も、他の三人などまったく無視して、柚巴にだけ甘い微笑みを向け、手を振り返した。
 もうすでに、世凪の目には柚巴だけしか入っていない。
 あきれるほどに。


 世凪と別れ、しばらく王宮の廊下を歩いていた。
 そんな時、麻阿佐の腕の中にいた柚巴が、お願いをしてようやく麻阿佐の腕から解放されることになった。
 もう目も覚めていて自分で歩けるというのに、麻阿佐は一向に解放してくれようとはしなかった。
 その理由(わけ)は麻阿佐にだけしかわからないが、久方ぶりに触れた柚巴に、もう少し触れていたかったのかもしれない。
 竜桐同様、幼い頃から見てきた柚巴は、我が子のようだから。
 そして、そんな大切な娘が、どこの馬の骨――まあ、王子なのだけれど一応。あれでも。俺様だけれど――とも知れない男にたぶらかされ、仕舞いには婚約までしてしまった。
 気分はもうすっかり、娘を嫁に出す父親だったかもしれない。
 麻阿佐からようやく解放され、柚巴はほっと小さなため息をもらした。
 もちろん、麻阿佐にも祐、亜真にも気づかれないように。
 大切にしてくれているのはよくわかるけれど、これは多少いきすぎでは……過保護ではないかと柚巴は思っていた。
 だけどやっぱり、彼らの気持ちを考えると、そんなことは言えない。無下にはできない。
「ねえ、麻阿佐さん」
 麻阿佐の腕から下り、自分の足で歩いていた柚巴がふいに立ち止まった。
 それに合わせ、当然のように三人も立ち止まる。
 そして、不思議そうに柚巴を見つめた。
「何ですか? 姫さま」
 柚巴はそんな三人の視線を受け、少し淋しそうに苦笑いを浮かべる。
 それはどこか苦しそうでもあったかもしれない。
 今にも壊れてしまいそうな、そんな危うさがこの時の柚巴には感じられた。
 それが、きゅんと三人の胸を締めつける。
 そして、そんな柚巴の口から出た言葉が、さらに三人に衝撃をはしらせた。
 まさか……そんな言葉が、柚巴の口から出ようとは――
「やっぱり……世凪には、ちゃんといたのよね。婚約者候補が……」
 そうしぼり出すように言うと、うつむき、きゅっと唇をかみしめた。
 その体は、小刻みにふるえているような気がする。
 どうして、今までそんな簡単なことに気づかなかったのだろうか。
 本来なら、いて当たり前だった。何しろ、世凪は王子なのだから……。
 柚巴は、言葉に出さずとも、その体いっぱいでそう伝えている。
 そんな柚巴に、麻阿佐は思わず手をのばしていた。
 しかし、うつむく柚巴に触れるか触れないかのところで、きゅっとにぎりしめ、そして引いた。
 触れては……いけないと、麻阿佐は思ったのだろう。
 今触れては、おさえがきかなくなると。
 このまま、世凪という名の王子からさらってしまうかもしれない。
 百歩譲って、王子と婚約したことは許そう。それが柚巴の幸せとなるなら。
 しかしやはり、相手が悪い。
 何しろ相手は、あの限夢界に名をとどろかせる荒くれ者、異端児、世凪なのだから。
 そんな奴が相手では、いつか絶対柚巴は泣かされる。
 そして、世凪だけは、王子とわかった今でも、どうしても好きになれない。
 そんな世凪に対する偏った思いが、そして柚巴に対する偏った愛が、二人を心から祝福することをどこかで拒んでいる。
 それは、麻阿佐自身にもしっかりとわかっている。
 もともと、世凪という男は、好きでは……大嫌いだから、余計にそう思う。
 そんなやりきれない思いをぐっとこらえ、麻阿佐は平静を装う。
 そして懸命に、優しく柚巴に語りかける。
 いまだうつむき、どこか落ち込んだ節のある柚巴に。
 慰めるように、優しく。
「それは違いますね。王子には、まったく結婚の意志などなかったと思いますよ。何しろ、今の今まで、我々すらも王子の存在を疑っていたくらいですから」
 麻阿佐のその言葉に、柚巴はほんの少し顔を上げた。
 そして、うるうると目を潤ませ、すがるように麻阿佐を見つめる。
 そんな柚巴に、麻阿佐は困ったように、そしてどこかやりきれないといった感じで、やはり優しく微笑む。
 柚巴の憂い、全てを受け入れるように。
 そして、わかってしまった。
 恐らく柚巴は、その思いをもうずっと前から抱えていたのかもしれない。
 ずっとその思いに心痛めていたのかもしれない。
 ただ、気づかなかっただけで……ずっと――
 そう思うと、いっそう麻阿佐の胸は痛んだ。
「まあ、たしかに伽魅奈姫といえば、王子の第一のお妃候補ではありましたが、それは伽魅奈姫のまわりが勝手に騒いでいたにすぎません。第一、姫さまがそのようなことを気にとめる必要はありません。世凪が選んだのは、まぎれもなく姫さま、ただお一人なのですから」
 まるで柚巴の沈んだ思いにひきずられるように沈んでいく麻阿佐に、そうやって亜真が助け船を出してきた。
 まったく、困った奴だな、お前って……とでも言いたげに。
 ちろっと麻阿佐を盗み見て。
 そのような二人の思いが伝わったのか、柚巴は自嘲するように一度くすっと笑った。
「うん、そうだね。ありがとう。麻阿佐さん、亜真さん」
 そして、そうやって不器用な微笑みを浮かべる。
 そんな柚巴を、麻阿佐も亜真も、そして祐も、ただ黙って、見守るように見つめていた。


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update:04/02/09