落とされる陰
(3)

「せ、世凪。あまりいじめちゃかわいそうだよ。ねえ、それより早く……」
 伽魅奈をからかって遊びはじめた世凪を、柚巴がそう言っていさめに入った。
 おちこぼれ……。
 それはかつて、柚巴も言われていた言葉。
 他人事のように思えない言葉だが……たしかに、この伽魅奈には、王族のそれに値するような力はないように柚巴も感じていた。
 そして、そんなことよりも、今はもっと大切なことがある。
 伽魅奈になどかまっている暇はない。
 そのような思いが、柚巴にそう言わせた。
 ……だけど、そこに少しくらいは伽魅奈をかばう気持ちも含まれていたかもしれない。
 結局のところ、柚巴は、最後には敵にさえ塩を送ってしまうような少女のようである。
 そのような柚巴を、世凪はやはり愛しそうに見つめていた。
 しかし、柚巴のその言葉が、さらに伽魅奈の怒りをあおいでしまったようである。
「な、なんですの!? 人間の分際で!!」
 柚巴にかばわれたことにいたくプライドを傷つけられてしまったらしく、そうやって悔しそうに怒鳴る。
 耳のそばではないが、ぎゃんぎゃんとわめく伽魅奈を、世凪はやはりうっとうしそうに一瞥した。
「本当うるさいよ、こいつ。もう、本当に殺してやろうか?」
 そして、そんなことをぽつりとつぶやく。
 世凪の顔は、先ほどとはうってかわって不機嫌である。
 こうも露骨にその感情を表に出せる者は、なかなかいないだろう。
「だから、世凪……」
 そのような世凪の耳をつんとひっぱり、柚巴は自分の方へと視線をうつさせた。
 そして、多少非難するように、促すようにそう言う。
 その目はまるで、「あの人とわたし、どっちが大事なの?」と、試すように見ているようだった。
 その柚巴の表情が、世凪にはやきもちをやいているように見えたらしく、やはりすぐに機嫌をなおしてしまう。
 きゅっと柚巴を抱く手に少し力を加え、優しく柚巴に微笑みかける。
「ああ、わかっている。タキーシャに会いに行くのだろう?」
 まったく、この王子様ときたら、柚巴にだけはかなわないようである。
 そして、単純すぎ。
「うん」
 柚巴はそう返事をすると、さらにきゅっと世凪に抱きついた。
 当然、世凪の心臓は、どきんどくんと踊り出す。
 嬉しくって、幸せすぎてたまらないらしい。
 思わず崩れたその顔が、それを物語っている。
「……タキーシャですって? 会いに行くですって? あなた方、お馬鹿ではなくて? 会えるわけがないでしょう」
 しかし、またしても、世凪の幸せは、無粋にぶち壊されてしまった。
 鬼の首でもとったかのように、得意げに語られた伽魅奈のそのような言葉によって。
 当たり前のことながら、瞬時に世凪の機嫌はまた真横に傾いていく。
 いや……。今度はどうやら、真横どころのはなしではなく、ななめ下……真下へ急降下かもしれない。
「……会えるんだよ、柚巴なら」
 しかし、柚巴の手前、どうにか冷静を装い、怒気をはらんだその声でそうやってつぶやいた。
 そのような世凪に、柚巴は疲れたようにはあと小さくため息をもらす。
 まったくこの二人は、先ほどから同じことの繰り返しである。
 はじめの頃は、少しおもしろくないところもあったけれど……次第に、そう感じていた自分が馬鹿らしくも思えてきた。
 おもしろくなく……やきもちをやくだけ無駄だったようである。
 伽魅奈は王子様のお妃の地位を欲しがっているけれど、その王子様である世凪を嫌っているようであると気づいたから。
 王子様が世凪だと知った時、伽魅奈は一体どんな反応をするだろうか?と、その時のことを想像すると少しおかしくなったりもして……。
 余裕のでてきた柚巴は、なかなかいい性格をしているようである。
 そして、それはやはり、世凪は柚巴が好きでたまらない……と、先ほどの世凪の単純すぎる態度からそうわかりはじめているのだろうか?
 自分の一言で、世凪のご機嫌はすこぶるよくなる。
 そんなことが、どれだけ嬉しいか。
 そしてそれは、自分が特別なのだとそう思えてくるから……。
 こんな優越感のような醜い思い、柚巴はこれまで感じたことがなかった。
 だけど、そんな優越感を覚えても、世凪の思いが伝わってくるから……そんなものはどうでもよくなってしまう。
 今、柚巴を大切に、そして愛しそうに抱く世凪がいれば、あとはどうでも――
「世凪。どうやら、あなたまで頭がおかしくなったようね?」
 世凪の言葉に、伽魅奈はやはり馬鹿にするようにそう言ってくる。
 そんなことがあるわけがないじゃないと、頭から世凪を馬鹿にして。
「頭がおかしいのは、お前の方だ」
 しかし、この俺様王子様の世凪も、人を馬鹿にすることを得意としているので、同様に馬鹿にして返す。
 はんと鼻で笑うように。
「なっ……!! ――まあ、いいわ。それにしても、そこの人間。タキーシャなどと馬鹿げたことを言っている暇があれば、もっと現実を見つめてはいかが? 自分の卑しい立場を自覚なさいな!」
 どうやら、口ではもう世凪には勝てないと悟ったのか、悔しそうに世凪をにらみつけたかと思うと、今度はターゲットを柚巴にかえ、そうやってくすくすと笑いはじめる。
 ちらっと、嫌味に柚巴を見て。
 そしてその笑いは、次第に、また得意げなほほほほっという笑いへと変化していく。
 まったくこのお姫様は、調子がいいというか何というか……。
「馬鹿は放っておこう。足止めを食いすぎた。今度こそ行くぞ、柚巴」
 そうやって、まるで一人でからまわっているとさえ見える伽魅奈をさらっと無視し、世凪はやはり柚巴に微笑みかけそう言ってくる。
「う、うん」
 世凪の中では、どんな時でも柚巴第一。そして大切。
 こわれものを扱うように、優しく接する。
 それは多分に……柚巴にだけは嫌われたくないという、その気持ちのあらわれだろう。
 そして、柚巴に嫌われては、世凪の人生は終わってしまう。
 柚巴なしでは、もう生きていけない。
 それほどまでに、世凪は柚巴を愛しく思っているのだけれど、どうやら当の本人柚巴には、そんなことはまだまだ伝わっていないらしい。
 何しろいまだに、ふってわいた自称お妃候補に胸を痛めているのだから。
 まあ、それも……今回のこの件で吹っ切れたようだけれど。
 世凪も伽魅奈も、互いにこれだけ嫌い合っているのだから、いくら鈍い柚巴でも安心できるだろう。
 そのような二人のすぐ目の前では、相変わらず、伽魅奈は一人、憤ったままである。
 何やら次第に、ターゲットが、論点がずれはじめているようではあるが……。
「王子の気が知れませんわ。どうして、このような人間などと婚約したのかしら? いえ、そうね。王子はそれが間違いだったと気づいたからこそ、その人間になかなか会おうとされないのですわね?」
 やはり、してやったりと得意げに柚巴をちらりと見た。
 本当に、この伽魅奈姫の笑みは、嫌味な笑みばかりである。
 もう少し普通に笑えないのだろうか?
 そうすれば、少しはかわいく見えるかもしれないのに……。
「はあ!?」
 伽魅奈の言葉に反応したのは、柚巴ではなく世凪だった。
 訳がまったくわからないというように、顔をゆがめる。
 そしてとうとう、世凪まで疲れてしまったようである。
 げんなりと肩を落とす。
 もう相手にしていられない。馬鹿馬鹿しいと。
 これまで伽魅奈につき合ってきただけで十分馬鹿馬鹿しいのだが、世凪はそのことには気づいていないようである。
「やはりそうですわよね。ここのところ、あなたの行動を観察していましたけれど、まったく王子らしき人物と会ったためしがないのですもの」
「根暗な奴だな」
 もうつき合っていられないと思ったばかりであるはずなのに、世凪は律儀に反応を示していた。
 目をすわらせ、完全にあきれ返ってぽつりとそうつぶやいていた。
 すると、世凪のそのつぶやきを聞き逃していなかったらしく、伽魅奈のきっとしたにらみが世凪に入る。
 そして、相変わらずの、どこからくるのかわからないその得意げな態度で続ける。
「王子に相手にされないからかしら? いつも世凪と一緒! それは立派に密通行為ですわ。王子を馬鹿にするにも程がありましてよ? あなたのような人間ごときが、王家に入ること自体罪ですわ! なのにどうして、王も王子もこんな娘を……! 解せませんわ!!」
 自分が発した言葉でさらに怒りが増してきたらしく、伽魅奈は再び憎らしげにぎりりと歯をかみしめた。
 とんだ迷惑な姫君である。
「やっぱ、こいつ馬鹿だよ」
 当然、世凪のつぶやきが入る。
 やはり、律儀に。
「だから、世凪……!」
 さらに、それをいさめる柚巴の言葉が入るのも当たり前で……。
 まったく、何度同じことを繰り返せば気がすむのだろうか。この王族の方々は。


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update:04/03/20