落とされる陰
(4)

「王宮は、あれ以来、警備が厳しくなりなかなか近寄れませんし……。それどころか、王との謁見もできませんのよ! 全部、あなたの差し金ではないでしょうね!?」
 伽魅奈は、とにかく言いたいことを言い散らし、ぎろりと柚巴をにらみつける。
 やはり、憎らしげに。
 伽魅奈のそのにらみを受けた柚巴は、まるで逆恨みを受けているような気分になってしまった。
 まったく言われのないそんなことを言われても……柚巴はいい迷惑である。
 それに、今伽魅奈の口からもたらされたそれは、つまりは……。
「語るに落ちているよ。こいつ……」
 ずばっと世凪が言ってのけてしまった。
 まさしくそれ。柚巴も、そう思っていたところである。
 的を射ている。
「そんなむちゃくちゃな……」
 そして、思わず柚巴もつぶやいてしまっていた。
 本当に、伽魅奈の言っていることは、むちゃくちゃもいいところである。
 逆恨みにも、言いがかりにもほどがある。
「むちゃくちゃではありませんわ。ちゃんと証拠もありましてよ?」
 さすがは伽魅奈。
 やはり、柚巴のつぶやきも聞き逃してはいなかった。
 しかし、今回の世凪のつぶやきは、さらっと聞き流してしまったようである。
 どちらかといえば、柚巴の言葉よりも世凪の言葉に反応した方が自然だろうに……。
 このお姫様は、自分に都合の悪すぎることは、耳に入らないようである。
 その耳に入るのは、都合のよいことと、適度に都合の悪いことだけ……。どうやら……。
 まったく、よい耳を持ち合わせたものである。
「――どうして、このわたくしから、このようなことを言わなければならないのかわかりませんけれど……。昨日、王からお話があったのよ。これ以上、王子の結婚に口出しするようなら、このわたくしの王族としての身分を剥奪すると……! ――なんてことなのでしょう。なんて卑劣なのでしょう! 横暴なのでしょう! 信じられませんわ!」
 誰も聞いていないのに、やはり伽魅奈は次から次へと語る。
 それは本当に、語るに落ちるのもいいところである。
 もう、自分が何を言っているのか、わかっていないのだろうか?
 墓穴を掘っていることに、気づいていないのだろうか?
「また、あいつは余計なことを……。手を出すなと言っておいたのに……」
 ぽつりとつぶやき、世凪はぎりっと唇を噛んだ。
 しかし、もう完全に興奮しきって、人の言葉など聞く耳もたない伽魅奈には、すでにそのつぶやきは聞こえていなかった。
 ただ、世凪のそのつぶやきが聞こえていた柚巴だけが、困ったように世凪を見つめていた。
 世凪の腕の中……。
「そんなことを言われては、おとなしくするしかないじゃない。何故、王も王子も、そんな人間の女に執着するのかしら!?」
 やはりそう叫び、ぎろりと柚巴をにらみつける。
 柚巴は、伽魅奈のにらみを受け、世凪の胸の中へと身を隠すようにさっと顔をそらした。
 その理由を柚巴に聞かれてもわかるはずがないし、それに……答えようがない。
 これ以上顔を合わせていては、絶対よからぬことになると瞬時に悟ったようである。
 こうやって見ると、柚巴もなかなかいい性格をしているのかもしれない。
 そうやって、触らぬ神に祟りなしと決め込もうとした柚巴のそのような姿は、世凪には違うふうに映っていた。
 伽魅奈の暴言とあまりの馬鹿馬鹿しさに、柚巴が恐怖を感じてしまった……。
 伽魅奈を怖がっている……。
 そう思ってしまったら、もう、世凪の愛しい少女を守りたいという男心が黙っていない。
 何が何でも柚巴を守る。それしかなくなる。
 ……しかも……世凪のことだから、多少冷静さを欠いて。
 本当に、柚巴のことになると、普段ふてぶてしい俺様王子様もかたなしである。
「それは、柚巴が、最高神・シュテファンに選ばれた者だからだろう? 少なくとも、重臣たちはそう思っている。……まあ、王や王子はそんな理由で選んだのではないがな」
 しかし、それでも、攻撃相手にはいたって不遜に振る舞うのだから、さすがは俺様王子様。
 にやにやと、やはり伽魅奈を馬鹿にするように見ている。
「シュテファンに選ばれたですって!? 何ですの、それ。わたくし聞いていませんわ!」
 世凪の言葉に、瞬時に伽魅奈の顔がゆがんだ。
 そんなことは聞いていないと。初耳だと。
 そして、仮にそれが本当だとしたら、この上なく不愉快だと。
 世凪の言葉は信じるに値しないと、自らに言い聞かせているようだった。
 世凪が発した言葉は、伽魅奈にとっては、それほどまでに衝撃的で腹立たしいものだったらしい。
「当たり前だ。何故、お前のような者にわざわざ言わねばならない。わかったのなら、もう行くぞ。俺たちは、お前につき合っているほど暇ではない」
 世凪はそう言い捨てると、再び踵を返した。
 そして、すうとその姿を景色の中に消そうとした時だった。
 突然、柚巴を抱く腕にどすんと重みが加わった。
 それが、とてつもなく怪訝に思えた。
 次に、柚巴に視線を移すと、そこには、柚巴にへばりつく真っ黒い毛むくじゃらがあった。
 どうやら突然の重みの正体は、柚巴に飛びついてきた鬼栖のようである。
「騙されるなよ、柚巴! その女は、さっき虎紅に虚空薬をつくるよう、乗り込んできやがったのだ!」
 そうやって、もやしの手で柚巴の服をつかみ、必死に訴えてくる。
「鬼栖ちゃん!?」
 柚巴は、突然目の前に現れた鬼栖をまじまじと見つめていた。
 鬼栖……というよりかは、鬼栖の言葉に……であったようだけれど。
「っていうか、お前、重い」
 世凪は、そんな柚巴から、べりっと鬼栖を引きはなし、ばしんと地面にたたきつけた。
 そして、当然のように、地面で醜くつぶれている鬼栖を、問答無用でふみつける。
 ぐりぐりと、半分くらい八つ当たりの思いをこめて。
 せっかくの柚巴との二人きりの時間を邪魔され、その腹いせに。
 ただでさえ、伽魅奈の出現だけでも腹立たしく思っていたのに、また余計なものが増えたのだから、王子様としては、この上なくおもしろくないだろう。
「何しやがるんだ、世凪の分際で!!」
 世凪に踏みつけられるそこから、鬼栖はやっぱりぎゃんぎゃんとそうわめく。
 相変わらずの、無駄な抵抗を繰り広げる。
「ほう……。俺にそんな口をきいていいと思っているのか?」
 当然、鬼栖の口答えに、世凪はぷつんと切れて……再び、ぐりぐりと踏みつける。
 仕舞いには、だんだんと勢いよく何度も、鬼栖を蹴飛ばすように踏みつけていた。
 そして、とうとう鬼栖は抵抗の素振りすら見せなくなってしまった。
 へとへとにのされてしまったらしい。
 ……いや。息……絶えた?
 世凪は、のしたばかりの鬼栖を見下ろし、一応は聞いてみる。
「それで、鬼栖よ。それは本当なのか?」
「本当だ! 嘘をついて何になる! だから世凪。そんな奴、さっさとやっちまえよ!!」
 世凪の問いかけに、鬼栖は即座に元気を取り戻し、きいきいと再びうなりはじめてしまった。
 そんなことをしては、また世凪の下敷きにされるとわかっているはずなのに、性懲りもなく鬼栖はきいきいとうなる。
「まあ、それはそうだが……。なあ、姫さんよ?」
 やはり、げしっと鬼栖を踏みつけ、世凪はぎろりと伽魅奈をにらみつけた。
 瞬間、伽魅奈の顔色がかわり、多少たじろいだ素振りを見せた。
 世凪に踏みつぶされた鬼栖はというと……とうとうノックアウト?
「な、何をおっしゃっているのかわからないわ。それに、そのような小物の言うことを信じるとでも?」
 そうやって否定してみても、まさに今見せたその態度が、全てを物語っている。
 どうやら、図星らしい。
「世凪! 俺様は嘘は言っていないぞ。今、虎紅と一緒に王に報告してきたところだ!!」
 鬼栖は、しぶといことに、まだ完全に息絶えてはいなかったらしい。
 相変わらずの世凪の足の下から、やはり相変わらずの鬼栖がぎゃんぎゃんとわめく。
「ほほう〜……」
 鬼栖のその言葉に感心したように、世凪はにやりと不気味な笑みを伽魅奈に向けた。
 とてつもなく恐ろしい、含みのある笑みである。
「くっ……!!」
 伽魅奈は世凪の視線を受け、ぐっと唇をかみしめる。
 そして、悔しそうに顔をゆがめる。
 当然、その顔にはもう色はなかった。
 ここまでわかりすぎる者も、そうはいないだろう。
 伽魅奈という姫君は、まったくわかりやすい限夢人である。
 そのような伽魅奈に、世凪ははあと盛大にため息をもらし、柚巴を片手に移し抱き、気だるそうにあいた手を上げた。
 これはまさしく、これから伽魅奈をやってしまう合図だろう。
 そして、その手に赤い光をともしはじめた時だった。
「そこまでです」
 そう言って、突然、世凪の前に虎紅が姿を現した。
 どうやら、瞬間移動で現れたらしい。
 突然の虎紅の出現に、そしてせっかくの伽魅奈をおもちゃにして遊べるチャンスを邪魔され、世凪は不機嫌に顔をゆがめる。
 そして、再び柚巴をお姫様だっこし、きゅっと抱きしめた。
 どうやら、邪魔されてしまったお遊びタイムのうっぷんを、柚巴を抱きしめることによって誤魔化す気らしい。
 しかし、その予定までも虎紅はぶっつぶしてくれる。
「それよりも、大変なことになりました。そんな小物などにかまっている暇はありません。柚巴殿、ご一緒ください。そして、世凪、あなたも……!」
 そんな、ある意味伽魅奈には失礼きわまりないことをさらっと叫び、ぐいっと柚巴を抱く世凪の腕をつかむ。
「虎紅さん?」
 虎紅のこれまでと違う取り乱したふうのその態度に、柚巴は怪訝に虎紅を見つめた。
 すると虎紅ははっと何かに気づき、一度、すうと深呼吸し、自らを落ち着かせる。
 そして、世凪に真剣な眼差しを向けた。
 するどく、まっすぐと世凪の姿をとらえる。
「世凪、あなたのことは王からうかがいました。ですから是非、ご一緒に……!」
「……そうか。それで一体、何が起こった?」
 虎紅のその態度と言葉に、世凪もふざけている場合ではないと悟ったらしく、真剣に虎紅に聞きかえした。
 もうそこには、限夢界の暴れん坊世凪の顔も、今の今まで伽魅奈で遊んでいた世凪の顔もなかった。
 これまで見たことのないような、真面目な世凪がそこにいた。
 真剣に、虎紅の言葉に耳を傾けている。
 そのような世凪を見つめ返し、虎紅は苦しそうに言葉を吐き出した。
「……とうとう、発生してしまいました。パルバラ病が……!」
 瞬間、世凪の顔が、驚きをはらんだ険しいものとなった。


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update:04/03/24