片道切符
(2)

「しかし、いずれは誰かがせねばならないだろう? ならば、まだあまり広がっていない今のうちにすればいい」
 ずしんと重い空気をはらんだそこに、いきなりそんな言葉とともに世凪が現れた。
「世凪……!!」
 それを目にした紗霧羅も由岐耶も、思わず声を上げていた。
 莱牙もまた、驚いたように世凪を凝視している。
 そして誰より、柚巴が、いちばん世凪の突然の登場に驚き、喜んでいるようである。
 世凪が現れた瞬間、ばっと世凪に抱きついていたから。
 そんな柚巴を、世凪は優しく抱きとめる。
「王宮の方は一通りすませてきた。今、城下も見てきたが……どうやら、この短時間で感染者が増えたようだ」
 ふわりと柚巴を抱きながら、世凪の口からその事実がもたらされた。
「くそっ……!」
 瞬間、口汚く、莱牙がそう叫んでいた。
 いつもどこか格好をつけたがる莱牙が、格好をつけることさえ忘れてしまっているようである。
 今、自分の大切な妹を襲っているこの伝染病を、莱牙は心から憎々しく思っていた。
「とにかく、こうなった以上、危険だが、パルバラの実をとりに行く必要があるな」
 胸に抱きつく柚巴の頭をなでながら、世凪は、紗霧羅、由岐耶、そして莱牙をきっとにらみつけるように言った。
「って、ちょっとお待ち! 世凪、あんた、まさか自分が行くなんて言うのじゃないだろうね!?」
 即座に反応したのは紗霧羅だった。
 世凪が提案したそれは、それだけで十分とんでもないことであるのに、それに加え、まさか、そんなふざけたことを考えてはいないだろうね!?と、非難の眼差しを世凪に向ける。
 しかし、世凪はそんな少し青ざめた紗霧羅を、ふんと鼻で笑い飛ばしてしまった。
「俺以外、誰がいる?」
 予想通りの、その言葉を添えて。
 当たり前のように、不遜な笑みをのぞかせる。
 世凪のその言葉によって、紗霧羅はもちろんだけれど、由岐耶や莱牙までも脱力してしまったようである。
 この俺様王子様は、本当に俺様王子様だと。
 自分が、どれだけ重要な立場にいるのか、まったくわかっていない。
「待って。さっきから危険危険とは言っているけれど、一体どういうふうに危ないの!?」
 呆れたような使い魔たちを前に、柚巴は怪訝そうに眉を寄せていた。
 そう。先ほどから、それがずっと気になっていた。
 パルバラの実をとりに行くと言った莱牙を、慌ててとめにはしる華久夜のその姿とか……。
 今、紗霧羅が世凪に確認したそのこととか……。
 柚巴には、どうも合点がいかないものばかりである。
 柚巴の疑問が投げかけられた瞬間、ぴりりとした緊張が、さらにその場の空気にはしっていた。
 同時に、皆一様に、苦虫を噛みつぶしたような顔で沈黙してしまった。
 それでますます、柚巴は訝しがることになる。
 ぎゅっと抱いていた世凪を、ついっと引きはなす。
 そして、責めるように世凪をじいと見つめる。
 わたしに……隠し事するの?
 そんなことをしたら、嫌いになるから。
 と、世凪にとっては、死活問題であるその脅しを添えて、じいと世凪を見つめる。
 当然のように、世凪は思わずたじろいでしまっていた。
「帰って来られないのです」
 まるで、たじろいで言葉を出せないでいる世凪をかばうように、そんな言葉がもたらされた。
 紗霧羅と由岐耶のすぐ目の前に、竜桐がすうと姿を現す。
 それに続き、他の弦樋の使い魔たちと、芽里、虎紅、鬼栖も現れた。
 竜桐のその腕には、何故だかぎっちり縛り上げられた伽魅奈の姿があった。
「竜桐さん!? みんな……!?」
 彼らの突然の登場に、柚巴は驚きの声を上げる。
 それと同時に、世凪の怒声も響いていた。
「竜桐! 余計なことを言うな!!」
 ぎろりと、射抜くような世凪の視線が竜桐に向けられる。
 竜桐はそれにひるむことなく、世凪をにらみ返した。
 こういうところは、さすが竜桐といえよう。
 世凪相手に、恐れることなく対峙できる者は、そうそういないだろう。
 この限夢界でいえば、王、幻撞、莱牙、そして、この竜桐くらいだろう。
 プラス、元気な時の、怖いもの知らずのお姫様、華久夜もかもしれない。
「いえ、言います。そして、姫に、あなたをとめていただかねばなりません。あそこへは、わたしが行きます」
 有無を言わせぬように、威圧をこめて竜桐はそう言った。
「馬鹿を言うな! お前には、守らねばならない者がいるだろう!?」
 間髪いれず、世凪の反論の言葉が飛び出した。
 そして、二人、互いに悔しそうに、憎らしそうににらみ合う。
 たしかに、竜桐には守らなければならない人間がいる。
 まるで図星をさされたようで、竜桐は悔しかった。
 いや。それは、事実なのだけれど……。しかし……。
 何より、そんな正論を言ったのがこの世凪だと思うと、悔しさもわり増しされてしまう。
「それを言うなら世凪、あなたもでしょう? 姫を……悲しませるつもりか!?」
 非難するように世凪にそう言って、竜桐はふっと鼻で笑った。
 当然、その目は鋭く世凪の姿をとらえている。
「……!!」
 世凪でも、さすがにそれには言葉を返すことができなかった。
 柚巴を引き合いに出されては、世凪にはどうすることもできない。
 他の誰がどうなろうと知ったことではないが、ただ一人、柚巴だけが、世凪がこの世で恐れる存在で、そして悲しませたくない相手。
 それを竜桐は承知していて、あえて引き合いに出したのである。
 世凪は、「この卑怯者っ!」とののしらんばかりに、憎らしげに竜桐をにらみつける。
 はなれていた柚巴を、思わず抱き寄せてしまっていた。
 返す言葉が見つからなくて、とてつもなく悔しそうである。
「今はそんなことを言い争っているより、何か方法があるのなら教えてください」
 そんな世凪の胸の中から、柚巴は、あまり直接関係があるとは思えないことで言い合っている世凪と竜桐をいさめるように、静かにそう言った。
 すると、世凪はちっと舌打ちして、柚巴を抱く腕に力を加える。
 悔しそうに、ふいっと竜桐から視線をそらした。
 竜桐もまた、悔しそうに唇をかみしめ、ぐっと感情を押し殺す。
 世凪も竜桐も、柚巴にいさめられては、もうそれ以上いがみ合うことができない。
 世凪にとっては無二の存在で、竜桐にとっては愛しい娘のような存在だから。
「はい……。その前に、一つ報告を」
 竜桐は、多少かすれたような苦しそうな声でそう言って、その腕にとらえていた伽魅奈をどんと床に投げつけた。
 瞬間、ぎゃんという叫び声と、どんという鈍い音が部屋に響いた。
「な、何をしますの!?」
 縛り上げられ、床に投げつけられた伽魅奈は、そこから憎らしげに竜桐を怒鳴りつける。
 しかし、竜桐はそんな伽魅奈などさして気にもとめていないとばかりに、冷たく言い放つ。
「それはこちらの台詞です。あなたは、本当に愚かですね」
 そのような竜桐と伽魅奈を見て、柚巴はまた怪訝に思った。
 一体、何事が起こったのだろうか。
 たしか、今床に投げつけられ、何故だか縛り上げられているこの伽魅奈は、王族ではなかっただろうか?
 伽魅奈ではないが、臣下が、王族にこのようなことをして、果たして許されるものなのだろうか?


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update:04/04/21