片道切符
(4)

「だから、俺が行くと言っている。俺ならば、どうにかなるかもしれない」
 今、この部屋に充満している絶望感を払拭するように、けろりとした、それでいて力強い世凪のそんな言葉が響いた。
 その言葉に即座に反応したのは、由岐耶だった。
 まるで今にもつかみかかりそうな勢いで、世凪に迫る。
「そうは言っても、やはり無理だろう。お前は次の王になる男だろう!!」
 本当は世凪なんてどうなってもいいけれど、だけどそうも言っていられないから。
 世凪にもしものことがあって、いちばん悲しむのは、苦しむのは、間違いなく、今、世凪に抱かれている柚巴だから。
 そう思うと、自然、自分の立場をわきまえていない世凪に、怒りがわいてくる。
 世凪への怒りと、柚巴への思いが、由岐耶の中で、複雑に絡み合う。
「だからこそ、俺が行かねばならないだろう」
 迫る由岐耶を見下すように、世凪がそう言った。
 相変わらず、柚巴をその腕に抱いたまま。
 こういう時でも柚巴を放そうとしないその根性には、頭が下がる。
 しかし、その行動は、余計に由岐耶に怒りを覚えさせる。
 そのことを、果たして世凪は知っているのだろうか?
 世凪は、次の王である自分が、王子である自分が、その責任として、危険をおかさねばならないと思っているのだろう。
 普段めちゃくちゃに暴れまわっていても、頭の隅には、その自覚を持っていたようである。
 しかし、使い魔たちは、王子だからこそ、次の限夢界を担う者だからこそ、危険をおかさせるわけにはいかないと考えている。
 そこに、見解の相違、小競り合いが生まれる。
 互いが互いのその立場から、もっともよいと思う判断をしたにすぎないのだろう。
 いつにもまして、真剣で険しい表情を浮かべる世凪を、柚巴はその腕の中から見つめていた。
 一度ふっと目をつむり、再び開く。
 そして、きっと、とらえるように世凪を見つめる。
「世凪は……行きたいのね?」
 世凪の腕の中で、柚巴は静かにそう尋ねる。
 問いかけているような言葉であるが、柚巴はすでに確信しているようだった。
 世凪から返って来る言葉を、当然のように心得ているようだった。
 そう尋ねてみるのも、あくまでたてまえにすぎないようで……。
 柚巴には、世凪の返事は、わかりすぎるほどわかっているようだった。
 世凪は、一瞬驚いたように柚巴を見つめ、静かに答えた。
「……ああ」
 ――肯定……。
 普段の世凪からは考えられない妙に落ち着いたその様子から、世凪がいかに真剣であるかということがうかがえる。
 いつもの俺様なふざけた様子は、みじんもなかった。
 それで、柚巴はもうあきらめてしまったのか、それとも理解したのか、ふうとため息をもらした。
 ――いや。柚巴は、はじめからそれを承知していたはずだろう。
 何もかも心得ていて、あえてあのような問いかけを世凪にしたのだろうから。
「わかった。じゃあ、とめない」
 瞬間、竜桐が目を見開く。
 当然、柚巴なら世凪をとめてくれると思い、あのことを話したのに、柚巴が出した答えは、期待していたものとはまるで正反対だったのだから、無理はないだろう。
「ひ、姫!?」
「柚巴!!」
 そこにいた使い魔たちが驚くのは当然のことながら、当の本人、世凪ですらも驚いたように柚巴を見つめている。
 世凪もまた、柚巴ならば、当然とめると思っていたのだろう。
 柚巴が出した答えは、そこにいる誰もの予想を裏切るものだったのだろう。
 柚巴とは、そういう少女であるから。
 誰かが守ってあげなければ、壊れてしまいそうな、そういう少女。
 そして、その少女が選んだたった一人の人は、この世界の未来を担うその人。
 それを考慮すれば、とめるはずである。
 しかし、柚巴が出したその答えは――
 そうやって驚く使い魔たちに、柚巴はくすくすと笑い出した。
「だって世凪ってば、自分勝手でわがまま。言い出したらきかないもの。仕方ないじゃない」
 少し困ったように肩をすくめてもみせた。
 そして、するりと世凪の腕の中から抜け出し、ふわっとその両頬に両手をかける。
 そして、じっと見つめる。
「だからね、世凪。わたしも行くわ」
 にっこりと、柚巴は微笑んだ。
 瞬間、自らの頬にかけられていた両手をばっと握り締め、世凪は柚巴を凝視する。
「柚巴!」
 自分が行くことを許してくれたのはもちろん嬉しいが、しかし、その後の言葉は承服しかねる。
 絶対に許すことはできない。
 どうして、柚巴をそんな危険なところへ連れて行くことができるだろうか。
 世凪は当然、そこには、自分一人で行くつもりでいた。
 犠牲は……少ないにこしたことはないから。
 驚き、柚巴を凝視する世凪に向かい、柚巴はやはりにっこりと微笑む。
「だって……そのパルバラの実をとってこないと、華久夜ちゃんが薬を使ってくれないもの。ね?」
 そう言って、ベッドに横たわる華久夜にちらっと視線を送り、ぱちんとウィンクをした。
 華久夜は目を真丸くし柚巴を見つめたが、すぐにはあと大きなため息をもらした。
 そして、諦めたように、苦笑いを浮かべる。
「そうね。柚巴も言い出したらきかない」
 そんな言葉を添えて。
「華久夜さままで!?」
 あっさりと折れてしまった華久夜に、竜桐は驚愕、そして非難の眼差しを向けた。
 そして、竜桐にはあり得ないほど、あたふたと慌てふためきはじめてしまった。
 他の使い魔たちは、もう好きにして……と、半ば諦めに入ってしまっているようである。
 彼らは、嫌というほど知っていたから。
 俺様王子様には、何を言っても無駄であるということを。
 華久夜は、柚巴にとことん弱いということを。
 柚巴は、言い出したらきかないということを。
 だから、もう諦めるしかない。
 反対したところで、するといえばするのだから。強行するのだから。
 いや。かたくなに阻止すれば、かえって最悪な事態を招く。何をしでかすかわからない。
 柚巴も、世凪も、そういう者たちだから。
 だからもう、諦めるしかない。
「……わたしも、連れて行ってください」
 諦めと、呆れの空気が漂うそこから、そう言って虎紅が一歩踏み出してきた。
 それに続き、むんと妙にやる気満々の芽里までも躍り出てくる。
「芽里も参ります!」
 そして、柚巴と、柚巴を抱く世凪の前まで、すっと歩み寄ってきた。
 そんな二人を、柚巴は驚いたように見つめてぽつりとつぶやく。
「あなたたち……」
 それは、驚いてはいたが、決して彼らの意思を手折るものでは、否定するものではなかった。
 諦めたように、困ったように、二人を受け入れていた。
 つまりは、彼らの同行を許したということである。
 世凪は、もとより、それに反対するつもりはない。
 柚巴がいいというのなら、世凪に異存はない。
 そのような四人を、竜桐は、そして使い魔たちは、もう諦めたように見ることしかできなかった。


 パルバラの実がある天空楼には、片道切符しか用意されていない。
 それでも、柚巴たちはそこを目指す。
 決意をかためる。

 いつかどこかで聞いたわらべ歌のような場所。
 行きはよいが……帰りは怖い……。
 いや。帰ってくることはできないかもしれない。
 そこが、限夢界の中に存在する異空間、天空楼。


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update:04/04/28