王妃の条件
(1)

「俺様も行くぞっ!」
 柚巴、世凪、虎紅、芽里の四人が天空楼へ向かう決意をかためた時、そんな叫び声があがった。
 そして、世凪の腕の中の柚巴へ、鬼栖がひょいっと飛びかかってきた。
 柚巴の胸に、がしっとしがみつく。
 鬼栖はそこから柚巴を見上げ、小生意気ににやっと微笑んだ。
「鬼栖ちゃん!? あなたはいいのよ。あなたはここで……」
 胸に飛びついてきた鬼栖をまじまじと見つめ、柚巴は困ったように微笑む。
 片道切符しか用意されていないそんな危険な場所へ、鬼栖がわざわざ行く必要はない。
 それにもかかわらず、まさか鬼栖までが名乗りを上げてくるなんて……と、少し困ってしまう。
 しかし、当の鬼栖は、そんなものにはかまわず、いたって生意気な態度を貫く。
「ちっちっ。俺様をなめてもらっては困るな」
 心配そうに鬼栖を見る柚巴に向かい、鬼栖はやはり得意げにそんなことを言った。
「え……?」
 当然、柚巴は困ったように、呆れたように、鬼栖を見ることしかできない。
 なめてもらっては困るも何も……むしろ、鬼栖について来られては、柚巴たちが困ってしまう。
 はっきり言って、鬼栖はお荷物である。
 そんな空気が、ひしひしと漂っているにもかかわらず、鬼栖は相変わらず不遜な態度をとり続ける。
 もちろん、気持ち良さそうに、柚巴の胸にがしっとしがみついたまま。
 まったくこの小悪魔は、世凪同様ちゃっかりしている。
「実はな、俺様は天空楼に一度行ったことがある」
 そう言った瞬間、柚巴の胸にしがみつき、得意げに微笑む鬼栖の体が、柚巴のそこからばっとはなれた。
 その場の空気はぴしっとかたまっている。
 当然、誰しもこう思ったからである。
「お前……。嘘をつくならもっとましな嘘をつけ」
 まさしく、それ。
 嘘をつくなら、もっとましな嘘をつけというもの。
 よりにもよってこんな時に、そんな馬鹿げた嘘をつくなど……。
 ふざけるのもたいがいにしろ。
 誰一人もれず、そう思うに違いない。
 先程の言葉とともに、懸命に怒りをおさえ、鬼栖をつまみあげる世凪の姿がそこにあった。
 当然のことながら、いつまでも鬼栖を柚巴の胸にしがみつかせておくはずがなかった。この世凪が。
 そして、当然、鬼栖を憎らしげにばしんと床に投げつける。
 さらに、げしげしっと世凪の足の下敷きにされるのも必至。
 それくらい、鬼栖とてそろそろ学習しているはずだろうに、相変わらず同じことを繰り返している。
 もちろん、そんな鬼栖を、世凪の足の下から救おうなんて、そんな奇特なことを考える者はいない。柚巴ですらも。
 げしげしと踏みつけられる世凪の足の下から、鬼栖は懸命に逃れようとしながら、きいきいと騒ぐ。
「嘘ではないぞ! 俺様は嘘はつかん! 以前、天空の風に巻き込まれて、天空楼へ引きずり込まれたことがあるのだ。そして、俺様はそこから帰ってきたのだぞ!!」
 鬼栖が叫ぶと、またその場の空気がぴしっとかたまった。
 同時に、げしげしと踏みつける世凪の足も、ぴたっと止まった。
 しかし、今回は先ほどとは少し違った空気が流れているようである。
 先ほどは、完全に鬼栖にあきれ、馬鹿にしたものだったけれど、今回は、どこか、ほんの少し、もし、それが本当ならば……。
 などといった、そのような空気が含まれていた。
「……と言われてもな〜……」
 疑わしげに、世凪がちょいっと鬼栖を蹴り飛ばす。
 さすがは黒いもじゃもじゃバスケットボール。
 ころんと、一回転する。
 鬼栖は、ころんところがったそこで、いそいそと体勢を立て直している。
 そのような鬼栖を、柚巴はやっぱり困ったように見ていた。
 使い魔たちは、世凪同様、半信半疑といった様子で、鬼栖を疑わしげににらみつけている。
「いや、案外本当かもしれん。小悪魔ならばそれも可能やも……」
 そんな中、ふいに、幻撞がぽつりとそうつぶやいた。
 当然、幻撞のつぶやきがもれると、またその場の空気がぴしっとかたまる。
 幻撞までもこのようなことを言い出したものだから、皆、どう判断すればいいのか困っている。
 鬼栖の言うことは、決して信じられるようなものではない。
 小悪魔というものは、元来平気で嘘をつく生き物だから。
 その中でも、とりわけ、この鬼栖という小悪魔は、すこぶる性格が悪いときている。
 とうてい、信じられようはずがない。
 しかし、幻撞の言葉でどこか納得のいくものがあったのか、竜桐が難しそうに言葉をもらした。
「可能性があるのなら、連れて行くのも悪くはありませんね……」
 可能性があるのなら、それを利用しない手はない。
 言い換えれば、すなわち、そういうことになる。
 もし鬼栖がおかしな真似をしようとしたら、当然世凪がその場で抹消してしまうだろうから……。
 ほぼ妥協といったかたちで、竜桐も鬼栖の同行承諾に傾きつつある。
 利用できるものなら、まあ、小悪魔でも利用してやろうではないか、といった打算である。
 竜桐にとっては、鬼栖など、いくらでもはいて捨てられる相手である。
 柚巴さえ無事に戻ってくるのならば、そして、ついでに世凪もそこそこの負傷で戻ってくるのならば、それだけでいい。
 他のものなどどうでもいい。
 竜桐の中には、そんな思いがさりげなく存在していた。
 竜桐の言葉を、鬼栖はOKととったのだろうか、得意げに、どこがそれだかわからない胸を誇らしげにはる。
「決まりだな。では、俺様も行くぞ」
 勝手に、自己完結して。
 そして当然、次には満面の笑みで、ぴょんと柚巴の胸に飛びついていた。
 しかし即座に、ばしんとまた床にたたきつけられたことは言うまでもない。
 それは誰の仕事か……についても、口にするまでもないだろう。
 床にぺちゃんとつぶれている鬼栖を、すごい形相でぎろりとにらみつけている世凪を見れば。
 柚巴は、天空楼へと立つ前から、一人と一匹のこのやりとりに、頭痛を覚えていた。
 これで本当に、うまくいくのだろうか?
 先行きが、果てしなく不安である。
 そう感じたのは、何も柚巴だけではない。
 そこにいた、一人と一匹を除く、全ての者もだったかもしれない。


 柚巴たち四人に、鬼栖の一匹が加わり、あらためて、天空楼へと向かおうとした時だった。
「あなた方、馬鹿じゃありませんの!?」
 それまで、彼女にしてはやけにおとなしくしていた伽魅奈が、鼻で笑うようにそうはき捨てた。
 瞬間、ぎんと険しい視線が、伽魅奈に集中して注がれる。
 この女は、またよけいなことを……。
 無言で、その視線がそういっている。
 それにもかまわず、伽魅奈は、自棄気味に小馬鹿にして続ける。
「どうして、わざわざ自分から、人のために、それもまったく関係のないその他大勢の下民のために、そのような危険をおかしますの!? 他人なんて放っておけばいいじゃない」
 あなた方、本当に馬鹿ではなくて? 自分の命を、もっと大切になさってはいかが?などと言いたげに、伽魅奈はふうと大きなため息をもらす。
 そのような伽魅奈の態度と言葉に、世凪もまたあてつけるように、はあと盛大にため息をもらした。
 そして、頭痛でも覚えたように、面倒くさそうに言葉を紡ぐ。
「お前は、もう駄目だな。――俺たちが発ったら、こいつを地下牢にでも放り込んでおけ」
 世凪の目は、もうどうしようもないなというように、伽魅奈の姿をとらえていた。
 これ以上ないというほど、あきれ返っているようである。
 冷たい視線が伽魅奈に注がれる。
 それは、一つではなく……多数。
「なっ……! わたくしは王族ですのよ!! そのわたくしに、あなたごとき賤民が……」
 当然のことながら、世凪に馬鹿にされた伽魅奈は、くわっと目を見開き、怒りをあらわにする。
 無礼もたいがいになさいと、悔しまぎれにぎりぎりと歯をかみ締める。


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update:04/05/03