王妃の条件
(2)

「へえ、俺のような、何だ?」
 怒れる伽魅奈を、世凪はさらりと蹴散らしてしまった。
 そんな言葉で。
「……!?」
 瞬間、伽魅奈の顔が、怪訝にゆがんだ。
 そして、疑わしげに、しげしげと世凪をにらみつける。
 世凪の腕の中では、鬼栖を抱いた柚巴が、おろおろと、世凪と伽魅奈、二人を交互に見つめていた。
 どうにか仲裁したいのだけれど、どうしたらいいのかわからないらしい。
 そんな柚巴をこの上なくうっとうしく思いつつ、伽魅奈は世凪をにらみつけ続ける。
 そして、ふと何かに気づいたかのように、一瞬、伽魅奈の表情が変わった。
 先ほどの由岐耶の発言を、思い出したようである。
 先ほどは、さして取るに足りないと聞き流していたが……たしか由岐耶は、世凪に向かい、こんなことを言っていた。

 「次の王になる男」

 そう。たしかそんなことを……。
 ……え? ということは、すなわち……?
 それを思い出した伽魅奈の顔から、さあっと色が引いていく。
 青を通りこし、すでに真っ白である。
 そのような伽魅奈の変化に気づいた世凪は、にやにやと、ここぞとばかりに意地悪に嫌味ったらしく言う。
「俺のような、次の王と決まった者が……。ほらほら、その続きを言ってみれば?」
 あまつさえ、楽しそうに伽魅奈をからかいはじめる始末である。
 まったく、この王子様ときたら……。
 どうすれば、ここまでゆがんだ、破綻した性格になれるのだろうか?
 柚巴は、世凪の腕の中、果てしない疲れを覚えたような気がした。
 当然、楽しそうに伽魅奈をいじめて遊ぶ世凪に、使い魔たちも頭痛を覚えていた。
 このふざけた王子様が、いずれ仕えなければならない相手かと思うと……逃げ出したくなる。
 想像しただけでも、嫌気がさす。疲れる。
「世凪。遊んでいる場合じゃないでしょう」
 うなだれる使い魔たちの中、どうにか正気をたもてていたのは柚巴だった。
 むうと責めるように世凪を見つめ、そう促す。
 世凪の腕の中から、ぺちっと世凪の頬を軽く打ち。
 瞬間、使い魔たちの顔から、さあと色がひいた。
 あの限夢界にその名をとどろかせる暴れん坊世凪が、頬を打たれて黙っているはずがない。
 たとえ相手が柚巴であろうと、やられたら何倍にもして返さなければ気がすまないあの世凪のことだから、この後、柚巴はとんでもないめにあわされるのでは!?と、誰もが身構えた。
 世凪が少しでもおかしな真似をしたら、柚巴に危害が及ばないうちに、すぐにでも飛びかかれるように。
 ただ柚巴だけが、かわらず、むうと世凪を見つめている。
 しかし、案の定というか、やはりというか、そんなものは杞憂にすぎない。
 ぺちっと頬をぶった柚巴の手をふわりと優しく包み込み、世凪は「ああ、そうだな」と、にこりと微笑みかけたのだから。
 瞬間、使い魔たちの思考回路は停止した。
 どうやら彼らは、まだまだ世凪のことを理解できていなかったらしい。
 彼らが思っている以上に、世凪はもう、柚巴には逆らえないようである。
 柚巴だけが、それに気づいていた。
 そして世凪も、柚巴だけに、それを隠そうともしていない。
 知らない間に、そこまで二人の距離は縮まっていたのかと思うと……少し腹立たしい気はするけれど。
 使い魔たちは、今は二人ののろけにつき合っている暇はないと、あえてそれを頭から払拭する。
 今が有事ではなく平時ならば、間違いなく、からかって遊んでいただろう。
 そういう、おかしな自信がある。
 世凪に手を握られたそのままで、柚巴はすっと伽魅奈に視線を落とした。
 自分から柚巴の視線を奪われた世凪は、急にぶすっとすねたような顔になる。
 そんな世凪にかまうことなく、柚巴は伽魅奈を見……にらみつける。
 そして、きっぱりとこう言い放った。
「あなたは、わたしたちが今からしようとしていることを馬鹿だと言ったわ。たしかにそうかもしれない。あなたのような人から見れば、さぞ馬鹿げた行為でしょうね」
「……だから、何よ?」
 自分を見下ろし、そう言ってくる柚巴を、伽魅奈は憎らしげににらみ返す。
 変わらずの大きな態度のまま、ふんと鼻で笑う。
 そのような伽魅奈に、柚巴も負けていないらしく、言葉を続ける。
「だけどね、たとえ誰も理解してくれなくても、馬鹿でもかまわないの。ただ、わたしは今、ううん、わたしたちは今、わたしたちのしたいことをするだけ。誰のためでもない。自分のためにするのよ。今、自分の目の前で死にゆく人を見て、何もしないで手をこまねいている方がよほど辛いわ。――これは最高の偽善よ。エゴよ。だって、誰かが傷つくことによって自分が傷つくことが嫌なのだもの。それでもいいの。自分が後悔しなければ。……きっと、あなたのような人には、永遠に理解できないでしょうけれど……」
 そう言って、柚巴は自嘲じみた笑みを浮かべた。
 その様子を、使い魔たちは、狐につままれたような顔で見ていた。
 あの世凪ですらも、である。
 何しろ、普段の柚巴からは、想像もできない表情と言葉だったのだから。
 柚巴は、決して他人を非難したり、中傷したり、そのようなことはしない。
 彼らは、誰しもそう思っていた。
 しかし、今、柚巴はたしかに伽魅奈を非難……敵意をむき出しにしている。
 それが、意外でならない。
 そして、今柚巴が告げたその言葉……。
 その言葉は、使い魔たちの胸に、ずんと重くのしかかる。
 そして、誰もが柚巴を誇らしく思えた。
 知らない間に……こんなに成長していたのかと。
 誰かの後ろに隠れておどおどとしていたあの柚巴が、今はこんなに堂々としている。
 それが、とても嬉しく思える。
 ただ、伽魅奈だけは、変わらず、憎らしげに柚巴をにらみつけている。
 そのような伽魅奈からさけるように、すいっと悪趣味な黒マントの下に柚巴の姿を隠し、世凪が馬鹿にしたように言い放った。
 もちろん、突然黒マントに覆われてしまった柚巴は、その中でおろおろとしていた。
 先ほどまでの、あの堂々とした態度は、もう消えてしまったようである。
「そこが、お前と柚巴との決定的な差だ。誰かのために、自分を犠牲にすることができない。決してお前には真似ができない。だから、お前は妃失格というのだ。そして何より、俺が愛しているのは柚巴だけだ。――行くぞ!!」
 世凪は、恥ずかしげもなくそう言うと、きっと虎紅と芽里に視線をうつした。
 するとそこでは、どこか呆れたように苦笑いを浮かべる虎紅と芽里が、こくんとうなずいていた。
 そう。こんな場面でも、世凪は結局、のろけてしまう。
 そこに、やれやれと苦笑いを浮かべてしまった。
 本当に、普段なら、微笑ましいのだけれど……。
 今は、そんな時ではないから。
 この王子様は、この危機をわかっているようでいて、実はそんなにわかってはいないのではないか?と、思わず疑ってしまいたくなる。
 そんなに堂々と、本人を抱きしめたまま、愛しているなどと言ってしまえるなんて。
 そして、はじめて告げられた。
 王子が考える、妃としての資質。条件。
 それを、柚巴は満たしているというのだろうか。
 たしか、王もそのようなことを言っていた。
 柚巴が気づいていない、限夢界の王妃の資質を柚巴は持っていると……。
 曖昧な雰囲気を払拭するかのように、険しい声が響いた。
「では、行って参ります。師匠」
 それは、虎紅が発した言葉だった。
 何とも言いようのない、甘いような、だけどぴりぴりとしているようなこの雰囲気を正すために、あえて強張った声を発した。
 それに、はっと我に返った使い魔たちも、本来の緊張感を取り戻す。
 どうやら、世凪ののろけにあてられていたらしい。
「ああ。頼んだぞ」
 幻撞が虎紅と目を合わせ、確認し合うようにうなずく。
 使い魔たちも皆、世凪たちを送り出すかまえに戻っていく。
 まったく、この王子様にかかれば、緊張感もぶち壊されてしまうと、胸の内で非難しつつ。
 そうやって、世凪、その腕の内にいる柚巴、柚巴に抱かれた鬼栖、虎紅、芽里が、決意をあらたにした。
 互いに、意思を確認しあうように、見つめあっている。
 そして、すうと一度深呼吸をし、その姿を消していこうとした時だった。
「待て。俺を置いていくつもりか?」
 突然、そのような言葉が、緊張のため、しんと静まり返っていたその部屋に響いた。
「え……? 莱牙さま!?」
 即座にその言葉に反応した柚巴が、じっと声のした方を見つめる。
 柚巴が視線を送った先には、腕組みをし、ふんぞり返って、おもしろくなさそうにこちらを見つめる莱牙の姿があった。
「俺は、はじめから行くと言っていたではないか」
 そして、多少馬鹿にしたようにそう言った。
 その顔は、不満げにそっぽを向けられている。
 そんな莱牙の姿を見て、柚巴は小さく肩をすくめた。
「そうでしたね。では、行きましょう。莱牙さま」
 そうでした。この傍流王族さまも、俺様王子様と一緒で、素直じゃない人でした、と微笑みを浮かべる。
 そして、世凪の腕の中から、柚巴の手が莱牙に差し出された。


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update:04/05/07