一筋の光
(1)

 空は桃色。地面は水色。
 浮かぶ雲はない。
 そして、見渡す限り目に入るものは、奇妙にゆがんだものばかり。
 遠くを望めば、マーブル状に入りまじった色を放つ大きな湖。
 一見、虹色にも見えるそれだが、不気味に感じずにはいられない。
 動物はなく、辺り一帯の植物は奇妙にゆがんでいる。
 そこが天空楼。
 限夢界のある一定の場所から浸入することのできる場所。
 行きは容易だが、帰りが……帰り道がない。
 片道切符しか用意されていない場所。
 そこに足を踏み入れるそれは、すなわち、死を意味すると言っても過言ではないだろう。
 そんな危険をおかし、柚巴たちはあえてその道を選んだ。

「ここが、天空楼というところなの?」
 その不気味な景色に、ぞっとして、ぎゅっと抱きしめる鬼栖に、柚巴がたずねる。
 はじめて会った時、とびかかる鬼栖にきょとんとかまえていた柚巴だが、さすがにこの景色は恐ろしいのか、おぞましいのかと、鬼栖は心配そうに柚巴を見つめる。
 抱きしめられた柚巴の腕から、その力を感じ。
 毛むくじゃらの真丸い物体では、そこから表情を読み取ることはできないが、鬼栖のその目の光からそれを感じることができる。
 鬼栖は、何かを言おうと口を開きかけたが、すぐさまそれを閉じてしまった。
 そして、一呼吸おいた後、いつもの生意気な声色で柚巴に返事をする。
 きゅっと、抱きしめる柚巴の腕に触れる自らの手に力をこめて。
「ああ、そうだ。俺様もはじめて来た時は驚いた。こんな気がおかしくなりそうな奇妙な世界……」
 そうやって、ちらりと柚巴に視線を送り、苦笑いを浮かべる。
 さすがに、いつも自由奔放に暴れまわっている鬼栖でも、この空間に身をおくのは、あまりいい気がしないらしい。
 鬼栖の言う通り、このちぐはぐな世界は、そう長くはいられないような気がする。
 気を抜けば、気が狂いそうになる。
 めまいを覚える。
「それで、鬼栖。パルバラの木はどこだ?」
 いつまでたっても柚巴からはなれようとしない鬼栖に、世凪がむすっとしてそう言ってきた。
 もちろん、鬼栖をつまみ上げ、憎らしげににらみつけて。
 顔の前で、ぶら〜んぶら〜んと鬼栖をゆすってもてあそぶ。
 いつもならここで、鬼栖はぎゃあぎゃあと騒ぐところなのだが、どうやらこのおかしな景色にすでにやられてしまったのか、騒ぐことなく素直に世凪に答えていた。
「パルバラの木は、このずっと奥だ。このまままっすぐ行けば、小高い丘がある。そこの頂上に、パルバラの木がある」
 そして、ぶら〜んぶら〜んと揺れるそこから、すっともやしのような腕を突き出す。
 鬼栖が指し示したそこには、言葉通り小高い丘が見える。
 ずうっとずうっと先、ピンク色のもやがかかった向こうに。
「そうか。では行こう」
 世凪はそう言って、ぽいっと鬼栖を水色の地面に放り投げた。
 そして、いつも通り、ぷちっと踏みつぶす。
 同時に、あまりよいとはいえない顔色をして横に立っていた柚巴を、ひょいっと抱き上げた。
 もちろん、お姫さまだっこ。
 そして、無言で、その目で、自分の首にその腕をからめるようにと促す。
 柚巴は、ぽかんと世凪を見つめたが、すぐにくすっと肩をすくめ、言われるままに世凪の首に両腕をからませた。
 もちろん、その瞬間、世凪の顔がゆるんだことは言うまでもない。
 そして、柚巴と世凪のすぐ後ろでは、呆れたように頭を抱える、莱牙、虎紅、芽里の姿があった。
 鬼栖は、相変わらず、地面でぺちょっとつぶれたままである。
 そんな三人と一匹にはかまわず、世凪はすたすたと歩き出した。
 それに、慌てて三人もついていく。
 もちろん、地面でつぶれていた鬼栖も、奇跡の回復を経て、だだっと世凪に駆け寄り、その腕に抱かれる柚巴へと抱きついた。
 鬼栖は、柚巴の胸の上で、ご満悦顔で、歩調に合わせゆらゆらとゆれるゆれに身をまかせはじめる。
 もちろん、ぎろりと世凪のにらみが入ったことは言うまでもない。
 しかし、柚巴を抱く世凪が、今何かをできるはずもないと思ったのか、鬼栖はふふんと得意げに笑っていた。
 柚巴のぬくもりを堪能しながら。
「おい。何故、瞬間移動しないのだ?」
 そして、柚巴の胸の上から、鬼栖は不思議そうに世凪に問いかける。
 世凪は、じろりと鬼栖をにらみつけ、面倒くさそうにため息まじりに答えた。
「余計な力は使えん。いつ何が起こるかわからないからな」
「そういうことだ」
 世凪のその言葉に続け、すっと横に現れた莱牙も、ぎろりと鬼栖ににらみをいれて相槌をうつ。
 そして、当然のようにがしっと鬼栖をつかみ上げ、ぽいっと後ろを歩く芽里へと放り投げた。
 突然飛んできた鬼栖を、芽里は慌てて受け取る。
 それから、やれやれと、虎紅と苦笑いを浮かべあっていた。
 もちろん、鬼栖は、やわらかく気持ちのいい柚巴の胸から、突然芽里の腕の中に放り込まれ、むすっとふくれっつらをしている。
 ――やはり、そういう気がするだけだけれど。
 芽里の胸の中もそれなりには気持ちいいけれど、やはり柚巴のそれとはくらべものにならない。
 自らで主と決めたのだから、鬼栖はそれほど柚巴を憎くは思っていない。
 いや、むしろ、好意を抱いている。
 だから、芽里とはその心地よさが違う。
 あくまで、気持ち的に、ではあるけれど。
 目の前には、一人の少女に好意を寄せる王族が二人。
 ふくれっつらの小悪魔一匹を抱え、芽里はその光景を困ったように見ていた。
 虎紅も虎紅で、どうしたものかと、この時間にはそぐわない思いにとらわれていた。
 今この時は、パルバラの実のことを考えなければならないはずなのに……。
 こんな時でも、前を行く三人は、平和に見えて仕方がない。


「これが、パルバラの木か……」
 目の前にそびえたつ大きな木を見上げ、世凪がぽつりとつぶやいた。
 あの俺様王子様の世凪が、圧倒されたようにその木を見上げている。
 まっすぐと横に放射状に広がり、大きなきのこのような枝。
 その枝に、ところせましと生い茂る葉。
 葉の間には、黄色い真丸い小さな実がたくさんなっている。
 それが、あのパルバラの実というものだろう。
 このいかれた様相を見せる天空楼において、この木だけがまとものように見える。
 その大きさこそ異常だけれど、姿かたち、そして、とりわけその色は、普通に普段目にするものだった。
 青々とした葉に、焦げたような茶の幹。
 一体いつからここにたっているのか、根元から上へとからまるつたのような植物。
 紫色をしたその植物が、このパルバラの木には不釣り合いに見えてならない。
 そしてそのつたが、やはりここは天空楼なのだとあらためて気づかせる。
 世凪の腕の中にいる柚巴は、つんつんと世凪の頬をつつき、下ろすようにと促す。
 それに気づいた世凪は、渋々といった様子で、柚巴をその場に下ろした。
 柚巴も世凪同様に、世凪に寄り添うようにして、パルバラの木を見上げる。
 圧倒。
 そのような言葉が似合うと、柚巴はぼんやりと思っていた。
 そんな柚巴の耳に、虎紅の言葉が飛び込んできた。
「世凪。軽々しく触ってはいけません。その木はとても危険なのです」
 世凪に向けられたその言葉に、柚巴はきょとんと虎紅を見る。
 柚巴の横では、パルバラの木へと一歩踏み出した世凪がいた。
「は?」
 世凪は一歩踏み出したそこでぴたっと足をとめ、訝しそうに虎紅をにらみつけるように見る。
 虎紅は、世凪のそんな視線をさらりとかわし、落ち着いた様子で言葉を続ける。
「その木は、人を食べるといわれているのですよ」
 当然のことながら、虎紅のその言葉に、世凪の顔はさらに訝しくゆがんでいく。
 柚巴は、そんな世凪を心配そうに見上げていた。
 そして、その少し後ろでは、莱牙がおもしろくなさそうに、世凪を見上げる柚巴を見ていた。
「だけど、夜になると眠るといいます。だから、夜になるまで待てばいいのですけれど……。これじゃあ、一体、昼なのだか夜なのだか……」
 そんな微妙な装いを見せる三人に今にも飛びかかりそうな鬼栖をおさえつけ、芽里はうなるようにそう言った。
 当然、世凪の視線も莱牙の視線も、瞬時に芽里に注がれた。
 それが本当だとしても、まさしくその通りで、昼なのか夜なのかわからないこの空では、それも意味をなさない。
 ということはすなわち、手も足も出ないということになるだろう。
 まさか、人を食べる木などとは。
 しかし、柚巴だけはどこか少し違っていた。
 芽里に視線を注ぐ世凪の横で、ぼんやりとパルバラの木を眺めている。
 そして、ぽつりとつぶやいた。
「……大丈夫」
 そんなことを。
 当然、柚巴のつぶやきに、そこにいた誰もが驚いたように柚巴を見つめる。
 すると、次の瞬間には、柚巴はパルバラの木へと向かい歩きだしていた。
 全員、目を見張った。
 そして、とめようとのばされた世凪の手すらもするりとかわし、柚巴はパルバラの木に触れていた。


* TOP * HOME *
update:04/05/11