一筋の光
(2)

「柚巴!!」
「柚巴殿!!」
「柚巴さま!!」
 柚巴のその行動を見て、四人と一匹は、真っ青な顔をして叫ぶ。
 そして、あの世凪ですらも、呆然とそこに立ちつくしていた。
 柚巴が今とった行動を、まだ理解できていないようである。
 危ないと言われているそのすぐ横で、まさかパルバラの木に歩み寄るなど……しかも触れてしまうなど、自殺行為もいいところである。
 しかし、いつまでたってもパルバラの木は何の反応も示さなかった。
 それはまさしく、ただの木のように、そこに静かにたっているだけ。
 人を食べる様子など、みじんも見せない。
「……え? もしかして……本当に……!?」
 それに、かなり驚いた様子の芽里が、怖がりつつも、不思議そうに柚巴へと歩みよって行こうとする。
「来ちゃだめ」
 それに気づいた柚巴が、声を荒げてそう叫んだ。
「え!?」
 柚巴の叫びに、芽里はもつれそうになりながら、足をとめた。
 そして、まったく訳がわからないと、困惑気味に柚巴を見つめる。
 今目の前で、たしかに柚巴は無事であるのだから、ならば芽里が近づいても大丈夫ではないのか……?
 芽里の戸惑った眼差しが、そういっている。
 そのような芽里に、そして芽里同様に驚く世凪たちに、柚巴はふっと困ったように微笑みを浮かべる。
「起きているよ。この木……」
 ぽんとその幹に頭をもたれかけながら、柚巴は静かにそう言った。
 瞬間、世凪たちの顔から色がひき、かたまってしまったことは言うまでもない。
 今柚巴の口からもたらされた言葉は、それほどに衝撃的だった。
 人を食べる木が起きているというのに、柚巴は平然とそこにいる。
 しかも、その木に触れている。
 木は何の反応も示そうとしない。
 しかし、柚巴以外の者は近づけようとしない。
 柚巴の言葉から察すると……他の者は近づけば食べられてしまう……と、そういうことなのだろうか。
 まったく、訳がわからない。
 明らかに困惑の色を見せる世凪たちを気にとめることなく、柚巴はそっと耳を幹に押し当てた。
 そして、すっと目をつむる。
 それから、一体どれだけ時間がたっただろう。
 いや。正確には、数秒ほどだったかもしれない。
 しかし、世凪たちには、とんでもなく長い時間のように感じていた。
 柚巴が、再び目を開くこの時まで。
 目をうっすらと開けると、まるで誰かと会話をするように、ぽつりぽつりと言葉をもらしはじめる。
「……うん。うん、うん。わかった。ありがとう」
 柚巴がそうつぶやいたかと思うと、生い茂る葉の間から、ポトンポトンポトンと、三つの実が落ちてきた。
 七色に輝く真丸い実が三つ。
 それは、鬼栖と同じくらいの大きさをしていた。
 その実の一つを拾い上げながら、柚巴はすいっと視線を世凪たちに向ける。
「……これが、パルバラの実。くれるのだって」
 よいしょっと重そうに持ち上げ、その実を世凪に差し出した。
「え……?」
 世凪は目を見開き、柚巴を見つめる。
 その横から、すっと虎紅が寄ってきて、柚巴の腕から重そうに抱く実を受け取った。
 しかし、虎紅もまた、動揺の色を隠せないようである。
「……じゃなくて、今一体どこから……? よく見ると、こんな実なんてついていないし……」
 虎紅の後ろから、ひょいっと芽里も現れ、目を見開き柚巴を見つめている。
 そのような世凪たちに、柚巴はくすりと肩をすくめる。
「目に見えている実はまやかしで、これが本当の実なのだって。……わかるよね? だって、こんなにも綺麗な実だもの」
 そう言いながら、残り二つの実も一つずつ拾い上げ、虎紅に一つ、莱牙に一つ手渡した。
 二人ともそうであるが、世凪と芽里も、まだ動揺を隠せないでいる。
 鬼栖などは、芽里の足にぎゅっと抱きつき、ただぽかんと柚巴たちのやり取りを見上げていた。
「これで十分足りると言っているけれど……大丈夫だよね?」
 そんな四人と一匹に、柚巴はやはり困ったように微笑む。
 そして、ちらっと虎紅に視線を送った。
 それは、虎紅の答えを望むように。
「だ、大丈夫です。それどころか十分すぎます! パルバラの実一つで、数百万とも数千万ともいう人数分の薬をつくれると聞きますし……。これならば、五、六回先までの薬がつくれます」
 ようやく、はっと我に返った虎紅が、慌てて柚巴にそう答える。
 すると柚巴は、ほっと安心したように、柔らかく微笑みかえした。
「そっか……。よかった……」
 そうつぶやくと、世凪たちに背を向け、再びパルバラの木へと歩み寄っていく。
 そして、きゅっとその幹に抱きついた。
「ありがとう。パルバドールさん」
 パルバラの木が、ざわざわと木の葉をざわつかせる。
 それはまるで、柚巴の言葉に答えるようだった。
 世凪たちはやはり、そんな柚巴とパルバラの木を、生気を抜かれたように呆然と眺めていた。
 どうやら、この一連のできごとは、世凪の常識ですらこえるものなのだろう。
 呆然としつつも、そこからは、明らかな驚きが見てとれる。
「ね、ねえ。柚巴さま。パルバドールって……?」
 驚く四人の中から、おずおずと芽里が柚巴にそう尋ねてきた。
 すると柚巴は、すっとパルバラの木からはなれ、にこっと微笑む。
「ああ、それはね、このパルバラの木の本当の名前。本当はパルバラではなく、パルバドールというのだって。きっと、長い間伝えられているうちに、名前が変わっちゃったのね?」
 そうやって、くすくすと笑いながら肩をすくめる。
 やはり、そんな柚巴とパルバラの木を、ぽけっと見つめることしか四人と一匹はできない。
「そう……なのですか」
 どこか気が抜けたように、芽里はぽつりとつぶやく。
 そして、じいとパルバラの木を見つめる。
「ありがとうございます。パルバドールさん。あなたのおかげで、たくさんの命が救われます」
 くすっと肩をゆらし笑い、芽里はぺこっとパルバラの木に向かいおじぎをした。
 しかし、パルバラの木は、何の反応も示そうとしなかった。
 ただ、そこに静かにたっているだけ。
 時折、風にゆられたような葉ずれの音が、さわさわとするだけ。
「パルバドールさん、照れているよ?」
 そんなパルバラの木の様子を見て、柚巴がおかしそうにくすくすと笑った。
 するとパルバラの木も、柚巴の笑いに合わせるように、葉ずれの音を少し大きくさせる。
 そのような柚巴を、やはり呆然と見るしか、四人と一匹にはできない。
 柚巴のあまりにも人知をはずれたこの行動……いや、力か? 力に圧倒されたようで、もう何も言えないでいる。
 いや……。何も言えないでいるのは、虎紅と芽里。そして鬼栖だけだった。この時には。
 世凪と莱牙は、正気に返ったのか、どうにか納得したのか、普段通りに不遜な態度でそこに立っていた。
 この二人にとっては、柚巴が起こしたこの不思議なできごとも、妙に納得してしまえるのだろう。
 今までにも、十分なくらい、柚巴のその力を目にしてきたから。
 そして、世凪にいたっては、それを身をもって知っている。
 あっさりと、世凪の腕を振りほどいたあの時……。
 いつでもその胸に柚巴を迎え入れる準備をして、世凪は柚巴に微笑みを向けていた。
 それに気づいた柚巴は、何のためらいもなく、嬉しそうにその腕の中へ飛び込んでいく。
「助かった。パルバドール」
 胸に飛び込んできた柚巴を愛しそうにぎゅっと抱きしめ、世凪はパルバラの木にちらりと視線をやり、そう言った。
 そのすぐ後に、やっぱりいつもの俺様な表情を浮かべる。
 そして、おもしろくなさそうに、いまだ芽里の足にしがみつく鬼栖をげしっと蹴り飛ばす。
「それで、鬼栖。ここからどうやって帰るんだ!?」
 そんな言葉を添えて。
 世凪に蹴飛ばされ、ころんと転がった鬼栖は、それでようやく我に返れたらしい。
 むんと起き上がり、どこがそれなのかわからない首を、数度ぶんぶんと振った。
「はっ……! そうだった。時々、このパルバラの木めがけて、一筋の光が天から差し込むのだ。その光に沿って空へ上っていけばいい。ほんの一瞬しか差し込まないが、タイミングさえ逃さなければ、この天空楼から出られる」
 そして、得意げにそう語った。
 しかし、鬼栖のその言葉を聞いた世凪たちの反応は、いまいちよくない。
 じとーりと鬼栖をにらみつけている。
「……ってお前、そんなあてもないことを頼りにできるか!」
 そしてまた、げしげしと世凪にふみつぶされるはめになった。
 当然のことながら、それを誰も止めようとも、助けようともしない。
 むしろ、もっとやってやれとばかりに、鬼栖に冷たい視線を注いでいた。
「で、でも、それしか方法がないのだから仕方ないだろ!」
 執拗に踏みつけてくる世凪の攻撃に抗いながら、きゃんきゃんとうるさく吠える。
「ああ、もう。わかった。うるさい! ……普段ならそんな悠長なことも言っていられるが、今はそんな暇はない!」
 世凪は、そう声を荒げて言うと、とどめとばかりに、ぐにいと鬼栖を踏みつけた。
 しかし、踏まれなれた、虐げられなれた鬼栖には、そんなものはもうあまりきかなくなっている。
 変わらず、世凪の足の下から、反抗的な言葉を叫び散らす。
「そんなこと、俺様に言われても知るかよ!」
 珍しく、鬼栖にしては、もっともな言葉で反論してきた。
 それが、命取りになるとは知らず。
 その奇跡的に的を射た鬼栖の言葉は、余計に世凪の怒りをかってしまう。
 鬼栖を踏みつける足にさらに力をこめ、地面に埋め込んでいく。
 その光景を、柚巴たちはやはり、呆れたように見ていた。
 この一人と一匹には、何を言っても無駄だと。
 たしかに、世凪ではないが、鬼栖が言ったそんな途方もなくあてもないことを頼りに、じっとおとなしく待っていられるわけがない。
 事は、急を要するのだから。
 今すぐにでも、この三つのパルバラの実を持って、帰らなければならない。
 まったく……。鬼栖の言葉を信じてつれてくるのじゃなかったと、今さらながらに後悔していたかもしれない。
 それが唯一帰れる手段というのならば……やはり、鬼栖は邪魔者以外何ものでもないだろう。
 ころんころんと真丸く、たいして役にも立たない、口だけ達者な鬼栖だから。


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update:04/05/18