一筋の光
(3)

「……でも、それしか方法がないのなら、それを待つしかないかもしれないよ?」
 一向に馬鹿げた争いをやめようとしない世凪に、柚巴は半ば呆れ気味にそう言った。
 すると世凪は、さっさと鬼栖いじめを放り出し、険しい顔で柚巴を見つめる。
 もうそこには、先ほどまで、鬼栖で遊んでいた世凪の顔はなかった。
 ここに、この天空楼に自分がいくと言った時と同じように、責任に満ちたような顔がある。
「だから、そんなことをしている間に、向こうでは死人がどんどん増えていくのだぞ!?」
 柚巴は、世凪のそんな姿を驚いたように見つめ、そしてふいっと顔をそらした。
 このような時の世凪はたのもしいと思うけれど、だけど……それは、少しの淋しさも感じさせる。
 柚巴が好きになったのは、王子様をしている世凪ではなく、自分勝手に暴れる、限夢界の暴れん坊世凪だから。
 そのくせ、人一倍淋しがりやな世凪だから……。
 王子の自覚を持ちはじめたことはいいことだけれど、逆に、柚巴との間に壁をつくっていくような気がしてならなかった。
 それは、自分のわがままだとわかっているから、決して口にすることはできないけれど……。
 できるならば、柚巴だけを見て、気にかけてくれる世凪でいて欲しい。
 柚巴は、そんな思いを抱きはじめていた。
 それは、世凪のことを好きになればなるほど強まっていくようで……。
 自分のそんな浅ましい思いが嫌になる。
 柚巴はうつむき、泣き出しそうな顔で、世凪の肩にかかるマントをぎゅっと握り締めた。
「世凪、落ち着いてください。落ち着いて考えれば、他に方法がみつかるかもしれませんから」
 さすがに見かねたのか、虎紅がそう言ってきた。
 しかし、一度火のついた世凪をとめられる者などいない。
 そう。柚巴以外は。
 その柚巴がさっさと戦線離脱してしまっているので、もう誰も世凪をとめられる者などいないだろう。
 世凪のいらだちは、さらに増していく。
「他に方法だと……!? 強行突破でもしろというのか?」
 世凪は乱暴にそう叫ぶと、ぎろりと虎紅をにらみつける。
「それです……!」
 世凪の叫びに続け、芽里が叫んだ。
 そして、鬼の首でもとったかのように得意げに続きを叫ぶ。
「光が差すのを待っている暇がなければ、こっちから行けばいいのですよね!?」
 瞬間、あれだけ熱くなっていた世凪の熱が、さあと音を立ててひいていった。
 そして、思い切り呆れた顔で、じろりと虎紅に視線を流す。
「……おい、虎紅。こいつは阿呆(あほう)か?」
 そんな言葉を添えて。
 虎紅がそれに、脱力したように力なく答える。
「はあ……。それなりに……」
 当然、莱牙も絶句したように芽里を見ていた。
 地面に埋められた鬼栖でさえも、そこから、ぽかんと芽里を見上げている始末。
 柚巴も柚巴で、こてっと世凪の胸に頭をあずけ、そこからぼんやりと芽里を見ていた。
 芽里のその発言で、先ほどまでの胸の内での葛藤も、さらっと蹴散らされてしまったかのように。
 ただ芽里だけが、きょとんと、そしてきょろきょろと、全員の顔を見まわしている。
「え? 何かおかしなことを言いました?」
 さすがにその発言にはたまりかねたのか、柚巴がため息まじりにぽつりとつぶやく。
「あのね……強行突破なんてしたら、それこそ実を持ち帰れないじゃない」
 そして、ちらりと芽里を見る。
 すると、ようやくわかったのか、芽里は、目からうろことばかりにぽんと手を打った。
 当然、全員の体から、だあと力が抜け落ちる。
 ――その時だった。
 いきなり、パルバラの木めがけて、一筋の光がさしてきた。
 いや。パルバラの木というよりは、柚巴に向けてだろう。
 その光は、ふんわりと柚巴を包み込んでいるから。
 それは、七色に輝く、不思議な光。
 どこか、清浄なものを感じる。
 その光に、当然のことながら、誰しも驚きをあらわにする。
 その不思議な光に包まれている柚巴は、ぽけっと世凪の腕の中で呆けている。
 次の瞬間、はっと何かに気づいた。
 そして、光の差してくる空をばっと見上げる。
「くすくす。お困りのようだね、柚巴ちゃん」
 すると、すぐに、そんな楽しそうな声が、遠い空の上から聞こえてきた。
 その声は、聞き覚えのある、とても懐かしい声。
 あの時から、ずっともう一度聞きたいと思っていた声。
「そ、その声は、やっぱり多紀くん!?」
 柚巴は、声にこたえるようにそう叫んでいた。
 その顔は驚きに満ち、空を仰いでいる。
「その通り」
 柚巴が仰ぎ見る空のはるか上の方に、その言葉とともにぼんやりと人影のようなものが現れた。
 しかし、それは、この差し込む光に邪魔され、はっきりと見ることができない。
 目がくらみそうになるのを必死でこらえ、柚巴は空を見上げる。
 そして、ふるふると小刻みに震えだした。
 じんわりと、目頭に熱さを覚える。
 だけど、それは懸命にこらえ。
 唇をかみしめ、今にもあふれ出てきそうなその思いを必死にこらえ。
 会いたかった。
 ずっと会いたかった。
 それが、今再び会えた。
 まさか、また会うことができるなんて思っていなかった。
 嬉しくて、嬉しすぎて……。
 この思い、どうやって空の上のあなたに伝えようか……。
 柚巴は、ぼんやりとしはじめた視界で、やはりまぶしそうにそこを見つめる。
 光の中に、かげろうのように浮かぶ人影を。
「俺が導いてあげる。ほら、その光にのって上がっておいで」
 そのような柚巴に向かい、空の光の中心から、そう声がかかってきた。
 それに答えるように、柚巴は体全部にぐっと力をこめ、力強く叫ぶ。
「う、うん! 行こう、世凪!!」
「ああ!」
 それまでぼんやりと光を見上げていた世凪も、柚巴の声にはっと我に返り、得意げに答えた。
 そして、柚巴に向けてさしてくるその光の中へ、ひょいっと身を投じる。
 光の中で、優雅に舞っている。
 それに続いて、どこかおもしろくなさそうな表情を浮かべる莱牙も、光の中に入ってきた。
 しかし、虎紅と芽里は、まだ呆けたようにぼんやりとそこに立っている。
 それに気づいた柚巴が、不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの? 帰るよ、二人とも」
「あ……! そうですね……。しかし、これは……!?」
 柚巴の呼びかけに、はっと我に返り、虎紅は不思議そうに柚巴を見つめた。
 それに、柚巴はやはりきょとんと首をかしげ、当たり前のように答える。
「智神・タキーシャ。彼が力をかしてくれるって」
「へ!?」
 瞬間、虎紅の思考は、またしてもぶっ飛んでしまった。
 何しろ、今柚巴の口からでたそれは、とうてい信じられるようなものではなかったから。
 まさか、そこで神の名がでてきて、しかも力を貸してくれるなどとは……。
 それ以前に、当たり前のように神の名を呼ぶ柚巴に驚き……。
 額から、たらりと一筋の冷や汗が流れ落ちる。
「柚巴は、智神・タキーシャから加護を与えられている。いいから早く来い!」
 どうにもらちがあかないと思ったのか、世凪は多少いらだち気味に、まだ下にいる虎紅と芽里に声をかける。
「……はい!」
 世凪の声で、再び正気に戻った虎紅は、そう答え、慌てて宙に舞い上がった。
 そして、光の中に入ってくる。
「どうした、芽里。お前もさっさと来い!」
 そんな光景を、相変わらずぽけっと見ていた芽里を、急かすように世凪が叫んだ。
 そこでようやく芽里も、はっと我に返る。
 ぶるぶると首を激しく横に振った。
「はい。行こう、鬼栖」
 そして、地面に埋まった鬼栖を、大きなかぶのようによいしょっと抜き取り、ふわりと飛び上がる。
 そして、光を伝い、柚巴たちが待つそこまで一気に上っていく。
 それを確認し、柚巴は、眼下でさわさわと葉をゆらすパルバラの木に微笑みかけた。
「ばいばい。パルバドールさん」
 柚巴がそう言った瞬間、柚巴たちの姿は、もうそこにはなかった。
 さわさわと、葉をゆらすパルバラの木だけ。
 ばいばいと――


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update:04/05/22