生き返る街
(2)

 限夢宮。
 城下を一望できるバルコニーに、王がいた。
 王は、静けさを取り戻しつつある城下を眺めている。
 柚巴たちが持ち帰ったパルバラの実によって、限夢界は、いつもの平和を取り戻しつつある。
 しばらくは、パルバラ病の脅威にさらされることはない。
 城下を見下ろす王の背後に、一人の少女の影がすっと現れた。
「城下は、どうやら落ち着きはじめているようだな」
 王は振り返ることなく、そうつぶやくように言う。
 それは、独り言のように思えるが、今現れた人影に語りかけるものだろう。
 振り返らずとも、背後に立つ者が誰であるか、王には十分すぎるほどわかっている。
 たしかに、人の気配をよむ限夢人、その中でも王の位に就けるほどなのだから、その力は相当なものだろう。
 振り返らずとも、そこに立つ者が誰であるかわかって当然である。
「そうですね……。みなさん、協力して薬を配りまわっていましたから……」
 王の背後にあった人影は、ゆっくりと王の隣へと移動してきた。
 そして、王の隣に来ると、(なら)うように城下を見渡す。
 さわさわと、優しい風が頬をなでていく。
 かなり冷たくなった、晩秋の風。
 限夢界の季節の移り変わりも、人間界のそれとさほどかわりない。
 ほぼ同時に、季節は巡る。
 時の流れも同じ。
 限夢界にも、そろそろ冬が訪れようとしている。
 優しいけれど、冷たい風を受け、人影……柚巴は、ぶるっと身震いした。
 すると、間髪いれず、柚巴の体はあたたかく柔らかい衣で覆われていた。
「そうか……。そうだな。――わたしが床にふしている間、皆よくやってくれた」
「そうですね……」
 それは、柚巴の肩にかけられた、王のマントだった。
 深紅に濡れる、マント。
 少し抱き寄せられるようにして、柚巴の体は王のマントの中にあった。
 当然のことだけれど、王のその行動に、柚巴は驚いたように王を見つめる。
 すると王は、すっと柚巴に視線を落とし、「嫌か?」と目で問うてきた。
 柚巴は、肩をすくめ、それに答える。
 「いいえ。あたたかいです」と。
 柚巴のその答えに、王は優しく微笑みかけ、そして柚巴を見つめる。
「お前のことも聞いた。……やはり、お前は選ばれた者なのだろう……」
 柚巴は、王のその言葉にじっと王を見つめ、そしてすぐにふるふると首を横に振った。
「そのようなことはありません」
 そして、王からすっと視線をそらし、また城下を眺める。
 柚巴の視線の先には、平和を取り戻しつつある限夢界の城下が広がっている。
 つい先日、目にしたあの悲惨な現実が嘘のように、静まりを見せている。落ち着きを見せている。
 もう、パルバラ病に苦しむ人はいない。
「まあ、そういうことにしておこう。……しかし、世凪は最後の最後になって……」
 その話はもうしたくないとばかりに城下を見下ろす柚巴に、王はそうやって話を終わりにする。
 そして、話題の転換を忘れることがない辺りは、さすがと言えよう。
「日ごろの行いが悪いからでしょうね。きっと」
 王の言葉に、柚巴はそう即答していた。
 くすくすと楽しそうに笑いながら。
 王が与えてくれたこの機会を、柚巴は無駄にすることはない。
 そのような柚巴を、王はやはり微笑ましそうに見つめていた。
 それは、父親の光をたたえた、優しい眼差し。
「それで、世凪はどうなのだ?」
 その眼差しは、すぐにおどけるようなものに変わっていた。
 そんな言葉とともに。
 そしてまた、声も心なしか、楽しそうでもあった。
 それを感じ取った柚巴は、やはりくすくすと楽しそうに笑う。
「今はだいぶよくなったようですよ。さすがは、その名を限夢界に轟かせる暴れん坊。回復もはやいようです」
 明らかに、楽しんでいる。世凪の不幸を。
 そのような少し意地の悪い柚巴を、王は楽しそうに見ていた。
 そしてすぐに、眉尻を下げる。
「そうか……。それはよかった。――お前には、今回、すまないことをした。もう何日も人間界へ戻ってはいないのだろう? お前には、あちらでの生活もあるというのに……」
 突然の王のあらたまったそのような言葉に、柚巴は苦笑いを浮かべる。
「それは仕方のないことです。あの状況を放って、わたしだけ人間界へ帰るなんてできませんでしたから……」
 柚巴はそう言うと、王のマントの中からするりと抜け出した。
 そして、そのままバルコニーを後にしていく。
 王の返事も待たず。
 しかし、王にもそれは当然のことと思えたのだろう。
 何も言わず、穏やかな顔で柚巴を見送っていた。
「もしかすると……本当にあの娘は……。いや、それ以上かもしれぬ……」
 そうつぶやき、よく晴れ渡った限夢界の空を見上げる。
 すうと、冷たい風が、通り過ぎていく。


「不覚! 不覚だわ!!」
 あたたかな秋の陽が差し込む限夢宮の回廊に、そんな叫びが響いている。
 ずかずかと、おもしろくなさそうに歩みを進める華久夜とともに。
 ちょろちょろと、先ほどから、行くあてもないかのように歩きまわっている。
「何が不覚ですって!? こんなにも長い間、寝込んでしまったことだわ!!」
 華久夜の悔しそうな叫びは、なおも続く。
 次第に、ぎゃあぎゃあとどこかの毛むくじゃらの黒い物体を思い起こさせるような、そんなわめきにかわっていっているように思えるのは、恐らく気のせいではないだろう。
「ああ! なんたる事! わたしも柚巴に協力したかったというのに〜!」
 仕舞いには、その場に立ち止まり、じだんだを踏みはじめる始末。
 どうやら華久夜は、今回、病に倒れてしまい、しかもそれだけではなく、柚巴と一緒に楽しいことをできなかったことが、悔しくってたまらないようである。
 ……天空楼に行くことを、楽しいこと……と分類する辺りは、いささか問題があると思われるけれど。
「大声で独り言を言って歩きまわっていると、本当に危ない奴だぞ」
 ぎゃあぎゃあわめく華久夜に、どこからともなく、そんな馬鹿にしたような声が降ってきた。
 当然だけれど、その声に、華久夜は即座に反応する。
「なんですって〜っ!!」
 そして、またしても、その場で悔しそうにじだんだを踏む。
 華久夜には、その声の主がわかりすぎるほどわかっているので、じだんだを踏まずにはいられないらしい。
 何しろ、今、華久夜を馬鹿にしたその相手は――
「世凪!! あなたは、いつもいつもいつもいつも……!」
 ぐるんと振り返り、ぎろりと鋭い眼差しで、華久夜は変わらずわめき散らす。
 華久夜が振り返ったそこでは、うるさそうに耳をおさえる世凪が、いつものどこかムカつく態度で立っていた。
「ああ。うるさい」
 その顔は、思いっきりうっとうしそうな表情を浮かべている。
 華久夜に、かかわりたくないとばかりに。
 かかわりたくないのならば、はなから声をかけなければよいのに……と思うが、そこは世凪。
 かかわりたくはないが、からかいたくないわけではないので、少しおちょくってやろうと声をかけたのである。
「だったら、最初から話しかけないでちょうだい!」
 華久夜にも、世凪のそのような思惑など、百も承知なのだろう。
 そう怒鳴りつけ、ぷいっとそっぽを向く。
 しかし、それは数秒ほどしかもたなかった。
「ねえ、ところで世凪。あなた、うろちょろとしていて大丈夫なの? ……まあ、病気の方は心配していないけれど。だってあなた、殺しても死なないし?」
 顔をそらしたそのままで、華久夜は何やら楽しそうにそう言って、くすりと笑う。
 華久夜のその言葉に、世凪もにやっと楽しそうに笑みを浮かべる。
「……大丈夫ではなさそうだな〜……。柚巴が戻ってきたら、さぞ驚くだろう」
 あの世凪が、柚巴以外の者に同意するなど……。
 さらには、柚巴をからかうようなそんな言葉がもらされるなど……。
 誰しも、それには驚かずにはいられないだろう。
 しかし、華久夜は違った。
「やっぱり?」
 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、振り向き、世凪とともに、楽しそうにくすくすと笑い出してしまった。
 何やら、現在の二人には、通じるものがあるらしい。
 しかも、どうやらそれは、柚巴にかかわることのようでもある。
 世凪と華久夜のその口ぶりからすると。


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update:04/06/10