追いかけっこ
(3)

「……説明しなくても、察しはついているのだろう?」
「ええ。だから、邪魔したの」
 世凪のその言葉に、柚巴はにっこりと微笑む。
 当然、世凪にあてつけるように。
「……だから、柚巴は嫌いだ」
 世凪は、どこかすねたようにそう言うと、ぷいっと柚巴から顔をそむけた。
「あら、ありがとう」
 そんな世凪を前に、柚巴は楽しそうにくすくすと笑う。
 そして、そむけた世凪の顔を、ひょいっとのぞき込む。
「しかし……柚巴、お前も甘いな」
 瞬間、目が合った世凪が、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
 笑みを浮かべた世凪には、もうすでにすねたような様子はなかった。
 むしろ、この状況を楽しんでいるようである。
 そんな世凪を、柚巴は訝しげに見つめる。
「え?」
 そうつぶやいたと同時に、柚巴の両腕もがしっとつかまれてしまっていた。
 世凪同様、重臣によって、捕獲されてしまったのである。
 ただし、世凪の場合は、力任せにつかまれているが、柚巴の場合は、やんわりと労わるように。
「え!? な、何!?」
 しかし、たとえ優しくつかまれているとしても、その状況を納得できるわけがない。
 身に覚えのない拘束を受けているのだから。
 柚巴は目を白黒させ、驚きをあらわにする。
「柚巴さまですね。あなたにも来ていただきます」
 そんな柚巴に、追い討ちをかけるように、そのような言葉がもたらされた。
 それはまさしく、柚巴にとっては、死刑宣告そのものだったかもしれない。
「って、わたしも〜!?」
 柚巴の悲痛な叫びが限夢宮にこだまする。
 そんな柚巴の前には、ざまあみろと微笑む意地の悪い世凪の顔があった。
 どうやら、世凪は、柚巴が先ほどしかけた目隠しを、相当根にもっているらしい。
 何故、世凪が柚巴相手にそこまで根に持つのかは……このあとすぐにわかること。


「恨んでやる。恨んでやるんだから、世凪のこと」
 目をこれでもかというほどすわらせた柚巴が、ぶつぶつとそんなことをつぶやいている。
 たしか根に持っているのは世凪の方で、柚巴が世凪を恨む理由などなかったはずなのだけれど……?
 一歩前を行く世凪の悪趣味な黒マントの腰の辺りをちょんとつまみ、柚巴はぶうとふくれっつらで世凪についていく。
 世凪は、柚巴の歩調に合わせるように、ゆっくりと歩くことは忘れていない。
 いくら、ふくれっつらでかわいくない顔をしている柚巴といえども、世凪の中ではそんな表情ですらかわいくなってしまう。
「あの一件で、世凪が王子だってばれちゃっていたのね。やっぱり……」
 ちくちくと、世凪の背に柚巴の厳しい視線がつきささる。
 その視線に世凪はとうとう我慢できなくなったのか、ぴたっと足をとめ、柚巴へと振り返った。
 柚巴が世凪のマントをつまんでいるものだから、マントが二人の間を分かつ。
 そうやって、視線より少し下でひらひら揺れるマントに手をかけ、それをくいっと引き寄せた。
 同時に、柚巴の体も世凪へと倒れてくる。
 それをすかさず抱きとめ、その腕の中にぎゅっと柚巴を包み込む。
 まったくもって、この王子様は、抜かりない。抜け目ない。
 このようなところにだけ。
 そして、世凪があれほど根に持っていたわけは……今の柚巴の発言に関係があるようである。
 よりにもよって、世凪の正体がばれてしまっているなどとは……。
 数週間、限夢界に来なかった間に、事態はとんでもない方向へ進んでいるようである。
 とんでもない。
 そう思うのは、恐らく柚巴だけだろうけれど。
「……柚巴。だから、俺は逃げると言ったのだ」
 きゅっと柚巴を抱きしめ、言葉とは裏腹に、世凪は優しく見つめる。
「だから、本気で逃げるなら瞬間移動をしなさいよ。そうしたら、世凪なら簡単に逃げられるでしょ!?」
 しかし、柚巴は世凪のそんな熱い眼差しに誤魔化されることなく、きっとにらみ返す。
 責めるように見つめてくる柚巴に、世凪はほとほと困り果ててしまったよう。
 所作なげに、肩を小さくすくめる。
「……」
 普段の不遜な態度はどこへやら、申し訳なさそうに柚巴をちらっと見つめる世凪がいる。
 まるで母親に叱られた子供のような世凪のその様は、かわいらしくも見えてしまう。
 こんな世凪を使い魔たちが見れば、とりわけ莱牙辺りが目にしたならば、ここぞとばかりに馬鹿笑いをすることだろう。
 それくらい、今の世凪からは、いつものふてぶてしさがうかがえない。
 しかし、それでもやはり、柚巴を抱きしめるその腕だけはそのままだから……。
 そのしゅんと肩をすくめる態度も、どこか胡散臭く感じてしまう。
「……くす。まあ、仕方ないか。世凪は本気で逃げようだなんて、これっぽっちも思っていなかったわけだし? 今回だけは、わたしもつき合ってあげるわよ」
 柚巴は、世凪の腕の中、どこか楽しそうにくすくすと笑い出してしまった。
 そのような柚巴の様子に、世凪もようやく安心できたのか、次第にいつもの不遜な表情へと戻っていく。
 それでこそ、俺様王子様である。
 抱く世凪の腕にそっと触れ、柚巴はにっこりと世凪を見上げた。
 すると、世凪もそれに合わせるように柚巴に視線を映し、くすりと肩をすくめる。
 柚巴には、何だか全てを見透かされているように思えてならないと。
 柚巴こそが、普段、世凪には全てを見透かされているように思えているというのに……。
 まったく、この二人は、変なところですれ違っているらしい。
 互いが互いを理解しているにもかかわらず、それにどちらも気づいていない。
 これでは、柚巴だけを鈍いなどといえないではないか。
 世凪だって、相当鈍いのかもしれない。
 そして、そうそう柚巴をみくびってはいられない……ということを、そろそろ理解した方がいいかもしれない。
「ちゃんとわかっているよ。世凪は、王子様の役目をまっとうしようとしているのよね」
 柚巴はそう言って、やはり楽しそうにくすくすと笑う。
 世凪の腕の中。幸せそうに。
 そのような柚巴を促すように、世凪が一歩足を踏み出した。
 優しく柚巴を包み込み、愛しく柚巴を見つめ。
 柚巴たちは光が差し込んでくるすぐ前のバルコニーへと、一歩一歩歩いていく。
 二人、寄り添うように。仲睦まじく。
 そうやって、柚巴と世凪が、バルコニーにその姿を現すと、同時に、大歓声が巻き起こった。
 地を引き裂くような、ひっくり返すような、そのような大歓声。
 人々の歓喜の声が、とどろく。
 それに圧倒され、ぽてっと世凪の体に体重をあずけてしまった。
 そんな柚巴を、世凪は優しく抱きとめる。
 そして、柚巴に、観衆にこたえるように促す。
 柚巴はじっと世凪を見つめ、こくんとうなずいた。
 そして、ためらいがちに、バルコニーの下の広場に集まっている観衆に手を振る。
 すると、歓声がいっそう大きくなったような気がした。
 それに驚き、すぐ横の世凪の顔を見上げると……そこにはもう、すっかり王族の顔をした少年が立っていた。
 柚巴の知らない、王子様の顔をした、世凪。
 はじめて見た、王子様の世凪。
 世凪に優しく肩を抱かれたまま、柚巴はしばらく手を振り続けていた。


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update:04/07/06