呪術部屋のペット
(2)

「だから、余計なことは言うなって言ったのに……」
 地面からはえ、ぴくぴくと動く嚇鳴の足をちょいちょいとつつきながら、紗霧羅は呆れ顔でそうつぶやいた。
 そして、よいしょっと嚇鳴を地面から引き抜く。
 三銃士や、その他の使い魔たちはというと、当たり前だけれど、知らん顔。
「なんでだよ!? なんで俺だけこんな仕打ちなんだ!? 姐さんたちも同じようなことを言っているじゃねーか!」
 紗霧羅に引き抜かれ、ぷはあと大きな息を吐くとともに、嚇鳴はそう叫び散らしていた。
「それは、格が違うからよ」
 嚇鳴、撃沈。
 さらりと当たり前のように言われた華久夜のその一言によって。
「華久夜さま、グレードアップだね」
 今、嚇鳴を助けたばかりの紗霧羅のはずが、すでにそうやってくすくすと楽しそうに笑っている。
 嚇鳴の不幸を。
 本当に、この使い魔たちには、血も涙もないのだろうか?
 と、柚巴はどことなく遠い目をしていた。
「それで、世凪はこれからどうするつもりなの?」
 気を取り直し、柚巴は世凪を見つめ、そう聞く。
 すると世凪は、すぐさま柚巴に視線を落とし、あっけらかんと答える。
 それはもう、本当に、俺様王子様らしく。
「は? どうするも何も、今までと何もかわらないよ」
 今さら何を言っている? 柚巴は……と、言わんばかりの口ぶりである。
 しかもその内容、この上なく問題あり。
「……ということは、相変わらず暴れまわるのね?」
 当然のことながら、柚巴は再び、脱力感に襲われてしまった。
 世凪の腕の中、はあと盛大にため息をもらす。
「まあ、そうだな〜。ひとまずは、この騒ぎがおさまるまではおとなしくしているが……。――これからは、何でもし放題だ!」
「今までも、したい放題していたじゃない」
 楽しげに笑う世凪に、柚巴がすかさずそうつっこみを入れる。
 こんなことを、世凪相手に平気で言えるのは、やはり柚巴だけだろう。
 柚巴以外がそんなことを言えば……間違いなく、その瞬間、のされている。
 そのはずなのだが、それを承知しているはずなのだが、どうやらこの人たちにとっては、それはどうでもいいことらしい。
「たしかに!」
 そう言って、莱牙、紗霧羅、華久夜の三人は、けらけらと笑いだしてしまった。
 この三人にとっては、もうすでに、世凪など、恐るるに足りぬ存在となりつつあるようである。
 いや、もうすでにそうなのかもしれない。
 柚巴がそこにいるだけで、世凪は誰に対しても、手も足も出せないのかもしれない。
 一部、例外を除き。
 ぶすうとふくれっつらで、椅子にふんぞり返っている。
 当然のことながら、柚巴をその腕からはなすことなく。
 こんな状況にもかかわらず、そんな世凪にびくびくと恐れを抱いているのは……今ここでは、嚇鳴だけだった。
 本当に、嚇鳴には、どこか同情を禁じえないものがある……かもしれない。


 柚巴は、紗霧羅と華久夜に連れられ、城下を散策していた。
 華久夜の「柚巴と一緒に、城下で遊びたい!」という希望で、半ば強引に連れてこられた……と言っても過言ではないけれど。
 しかし、こうやって紗霧羅と華久夜とともに、女三人で城下を散策するのも悪くはない。
 だから、強引ではあるけれど、柚巴の心は少しうかれていた。
 紗霧羅と華久夜と過ごすこの時は、嫌いじゃない。むしろ好きだから。
 王子の婚約者となった柚巴が、こうやって城下をうろつけるものか……と思えるが、それはたいした問題ではなかった。
 まだ、柚巴の顔は、こちらではあまり知られていない。
 ただ、御使威家の令嬢が、王子の婚約者となった……。
 その事実だけが先行し広がっていて、その少女の顔など城下の者が知るはずがなかった。
 柚巴の顔を知る者は、この限夢界でもごくわずか。
 あの世凪が、柚巴と片時もはなれたくないであろう世凪が、何故この場にいないのか……。
 そのような疑問もわいてくるが、それは至極簡単なことだった。
 世凪は、知られすぎている。
 この城下では。
 そしてまた、あの暴れん坊世凪が、実は王子その人だった……。
 そのような事実も、城下では急速に広がっていた。
 したがって、世凪が以前のように大腕を振って城下を歩きまわることは……極めて難しい。
 だから、柚巴に「世凪はついてこないでね?」とにっこりとお願いされ、渋々、ふてくされ気味で王宮でお留守番をすることになってしまった。
 恐らく、今頃は……呪術部屋にでも乱入して、そこで飼われている小悪魔のペット鬼栖でもいたぶって、うさばらしでもしていることだろう。
 あまり、うさがはれそうにも思えないが。
 そうやって、柚巴は、紗霧羅と華久夜とともに、世凪のことなどそっちのけで、城下の散策を楽しんでいる。
 そんな時だった。
「柚巴さまですね?」
 前方から、一人の青年がそう声をかけ、朗らかに微笑み、歩み寄ってきた。
「え……?」
 いきなり声をかけられたばかりか、ぴしゃりと名を言い当てられ、柚巴は驚いたようにじっとその青年を見つめる。
 青年は、柚巴のその様子に何やら確信したらしく、にこっと微笑みかけてきた。
「やはりそうですね。こちらで、人間といえば、限られていますから」
 さらりとそう言ってのけ、やはりにこにこと微笑む。
 そのような青年を、柚巴は次第に怪訝に顔をゆがめながら見ていた。
 あからさまに疑ったように見つめる柚巴に、青年ははっと何かに気づいたように手を打つ。
 そしてやはり、にこやかに微笑む。
「……あ、失礼しました。わたしは虎紅の弟で、緋鷹(ひたか)と申します。兄から、お話はうかがっております」
「虎紅さんの……?」
 緋鷹と名乗るその青年に、柚巴は首をかしげる。
 どうやら、急な緋鷹の出現に、柚巴はまだ現状を把握できていないようである。
 そしてまた、この青年が本当に虎紅の弟なのか……と、疑っているようでもあった。
 城下に出ると言った時、世凪は口がすっぱくなるほど、「城下の者は信じるな。あいつらは平気で人を騙す」なんて、そんな危険な発言を繰り返し、柚巴に脅しをかけていた。
 それは、あながちはずれてはいないが……やはり多少度が過ぎると思いつつ、紗霧羅は次第にエスカレートしていく世凪を黙認していた。
 それは、柚巴を思う世凪の心のあらわれだろうと思い。
 そしてまた、柚巴はどこかしら人を心配させる傾向がある。
 目の前にキャンディーでも出されたら、ほいほいついていきそうなくらい。
 それくらい、柚巴は人を疑うことを知らないから。
 そのようなことがあり、柚巴は多少、疑り深くなっていた。
 それは、世凪のうけうり……いやいや、すり込みのように思えてならないが。
「はい」
 まだどこか信じきれていない様子の柚巴に、緋鷹は気を悪くすることなく、やはりにこにこと微笑む。
 その微笑みが、本当に柔らかく、そして優しいものだから、柚巴の警戒心も、すぐにやわらいできてしまった。
 まるで、微笑みにつられるように。
 すっと肩の力を抜いたことを見てとって、緋鷹はやはりにこにこと微笑みながら、こう言ってきた。
「もし、お暇でしたら、是非、我が家へお招きしたいのですが?」
 突然の誘いに、柚巴は思わずあんぐりと口を大きくあけてしまった。
 そして、次の瞬間には、紗霧羅と華久夜に視線を移し、意見を求める。
 行ってもいいの? 大丈夫?と。
 柚巴のいつにもましてのその警戒ぶりに、紗霧羅は肩をすくめる。
 まったく、あの王子様は余計なことをしてくれて……と言わんばかりに。
 実際、世凪は柚巴を脅しすぎだった。
 華久夜も華久夜で、紗霧羅の横で、呆れたようにはあとため息をもらしている。
 柚巴は、単純すぎるのよ、とつぶやきながら。
「いいのじゃない? たしかに、そいつは虎紅の弟だよ」
 紗霧羅がぶっきらぼうにそう答えた。
 どうやら、紗霧羅には、最初から、緋鷹を疑う余地すらなかったらしい。
 何しろ、その存在をすでに承知していたのだから。
 ある意味、紗霧羅も人が悪い。


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update:04/07/26