呪術部屋のペット
(3)

 柚巴たちは緋鷹に連れられ、彼の家へとやって来た。
 そこでいちばん最初に目にしたものは、広大な庭。
 ……いや。これはもう、庭とはいえないかもしれない。
 辺り一面、草花が密生しているのだから。
 簡単に片づけてしまうと、野原。
 そんな言葉が似合うかもしれない。
 そのような野原の中に、ぽつんと一軒、小さな小屋のような建物がある。
 恐らくそれが、緋鷹の家なのだろう。
 「つきました。ここがわたしの家です」と、この野原に足を踏み入れると同時に、緋鷹がそう言っていたから。
「すごい……」
 柚巴は、この圧倒されるような景色を見て、ぽつりとそうつぶやいていた。
 本当に、柚巴ではないが、それはすごいという言葉が似合う。
 見渡す限りの野原。
 そこに生い茂る草花。
 こんな広い敷地いっぱいから、春の香りが漂ってきそう。
 今は、秋であるけれど。
 そうやって、野原いっぱいを見渡している時だった。
 生い茂る草花の中から、ぴょこんと一人の人物が顔を出した。
 それは、柚巴もよく見知った人物だった。
「あれ……。柚巴さま?」
 顔を出し、そしてその瞬間、柚巴の姿をその目にとらえ、その人物は首をかしげ、そうつぶやいた。
「芽里さん?」
 それに答えるように、柚巴もぽつりとつぶやく。
 草花の中からぴょこんと顔を出したのは、芽里だった。
 柚巴のつぶやきに、見間違いではないと確信したのか、芽里はひょいっと草花の中から飛び出て、柚巴のもとへと駆け寄ってくる。
 そして、柚巴の前までくると、ぺこりと頭をさげ、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「こんにちは〜。お久しぶりです。お元気でした?」
「うん。芽里さんも元気そうですね」
 柚巴はにっこりと目の前の芽里に微笑みかける。
「はい〜」
 すぐに芽里のそのような返事がきて、柚巴と二人、何がそんなに楽しいのか、くすくすと笑いはじめてしまった。
 それを見せつけられ、おもしろくないのが、この方々。
 紗霧羅姐さんに、華久夜嬢。
 どこかぶすうっとふくれっつらで、くすくすと笑い合う柚巴と芽里を見ている。
 さまか、自分たち以外に、柚巴がこんなに親しくする限夢人の少女がいたなんて……と、少し悔しい思いがする。
 柚巴と仲よくできる女性は、自分たちだけで十分なのに。
 当然、芽里のことは、ちらっと柚巴から聞いたことがあった。
 また、数週間前、柚巴とともに天空楼へ行ったことも知っている。
 だけど、たかだか術師見習い如きが、柚巴とこんなに仲良くするなんて……と、どこか悔しい思いでいっぱいだった。
 この紗霧羅姐さんも、華久夜嬢も、それぞれに柚巴を独り占めしたいと思っている方々だから。
 本当にもう、柚巴は、おかしな人たちにばかり好かれるようである。
 どこかの俺様王子様を筆頭に。
「あの……。ところで、ここで何をしていたのですか?」
 くすくすとまだ笑いながら、柚巴はそう問いかけた。
 すると芽里もやはり、まだ少し笑いながら、心よく柚巴の問いかけに答える。
「緋鷹ちゃんは薬草を育てるのがお仕事なので、今日は薬草をわけてもらいに来ていたのです」
 へへっと嬉しそうに芽里は微笑んだ。
「そうなの……」
 芽里のその微笑みに、どこか感心したように、そして不思議な感覚を覚えてしまった。
 いつにもまして、嬉しそうに微笑む芽里のその顔を見て。
 そして、もしかして……などといった、邪推までしてしまう。
 そうやって、今、ふと浮かんだある想像に、自らで苦笑していると、いきなりふてぶてしい声が草花の中から聞こえてきた。
「俺様もいるぞ」
 そう言って、草花の中からぴょんと飛び出し、がしっと柚巴の胸にしがみつく。鬼栖が。
「あ……。鬼栖ちゃんもいたのね?」
 見ないと思えば、こんなところにいたのか……などと、柚巴は妙に納得してしまった。
 いつもちょろちょろとまわりをうろつく鬼栖が、ここ数週間そばにいなかったので、すっかりそれが日常だと思っていて、鬼栖のことなど、きれいさっぱり忘れていたようである。
 人間界へ連れて行けない鬼栖は、柚巴が人間界に帰っている間は、呪術部屋で預かってもらっている。
 今回、限夢界にやって来ても、鬼栖をむかえに行くことを忘れていたから……。
「ああ。芽里に手伝ってくれと言われたからな」
 ぎゅうと柚巴の胸に幸せそうに抱きつき、鬼栖はそこから得意げにそう語る。
「そうなのですよ。鬼栖は普段することがないのでぶらぶらしているから、お手伝いさせてあげているのですよ」
 鬼栖の言葉に続けて、芽里が楽しそうにそう言ってくる。
 当然のことながら、そんなことを言われて黙っているような鬼栖ではない。
 性懲りもなく、柚巴の胸に抱きついたまま、そこからぎゃんぎゃんとわめきはじめる。
「違うだろう! お前たちが脅すからだろう。暇なら手伝え。手伝わないのならまた封印するぞと!」
 そうやって、ぷんぷんと湯気まで立ち上らせはじめてしまった。
 どうやら、かなりご立腹のようである。
 まあ、鬼栖が怒ったところで、誰も恐れなどしないのだけれど。
 むしろ、うるさく、うっとうしいだけ。
「鬼栖ちゃん、これからも手伝ってあげてね」
 そうやって憤る鬼栖に、柚巴がくすくすと笑いながらにっこりと微笑みかける。
 その微笑みに、どこか裏がありそうなのは、この際おいておいて。
 すると、鬼栖のわめきはぴたりととまり、するり柚巴の胸から飛び降りて、どこか照れくさそうにこそこそと草の間に姿を隠していった。
 そして、一本の大きな草の陰からちょこっと片目だけをのぞかせ、ぽつりとつぶやく。
「……柚巴がそう言うなら、やってやらないこともない」
 そんな素直じゃないことを。
 それを見ていた、紗霧羅も華久夜も、そして芽里と緋鷹も、くすくすと笑い出してしまった。
 本当は、柚巴にお願いされて、すごく嬉しいはずなのに、意地をはって鬼栖らしく偉そうに言うそのことに。
 草の陰にこそこそ姿を隠して、照れくさそうに言うその姿が、何よりも使い魔たちの笑いを誘っていた。
 まるで、どこかの誰かさんのようで。
 どこかの誰かさんの子供の頃は、恐らくこのような感じだったのだろうな〜と、ぼんやりと想像して。
 きっと今頃は、そのどこかの誰かさんは、くしゅんとくしゃみをしていることだろう。
「やっぱり鬼栖は、人間界には連れて行けないものね。だから、柚巴がこちらにいない間は暇をもてあますのね」
 草の陰に隠れて、笑われたことにぶすうと頬をふくらませる鬼栖に、華久夜が追いうちをかけるようにそう言った。
 もちろん、瞬間、鬼栖がぼんと爆発したことは言うまでもない。
 本当に、鬼栖は、彼らのいいおもちゃとしての立場を確立しつつあるようである。
 いや。はじめから、いいおもちゃ?


「そうか。鬼栖はもうすっかり、呪術部屋のペットに成り下がっているのか」
 くすくすと、楽しそうな世凪の笑い声が、王宮の一角に響く。
 もちろんそれは、せせら笑って、楽しんでいる。
 本当に、この王子様は、とことんよい性格の持ち主である。
 どうやら、人をおちょくったり馬鹿にしたりすることに悦びを覚えて……はいないが、そう間違われてもおかしくはない程度に、とても素晴らしい性格の持ち主だろう。
 世凪が笑い声をあげるここは、世凪の執務室。
 ……といっても、これといって何をしているわけでもない。
 あの世凪のことだから、それは当然といえよう。
 黒い革張りの椅子にぼすっと身を沈め、その膝の上に柚巴を座らせている。
 その手はもちろん、気持ち良さそうに、そして優しく柚巴をなでている。
 髪や、頬や、首や……と、その手が次第にあぶない方向へ動きつつあることは、この際無視しておかなければならないだろう。
 自分の膝の上に柚巴を座らせ、とにかく柚巴の感触を楽しんでいることだけは間違いない。
 執務室にいるにもかかわらず。
 執務室とは名ばかりで、ここは世凪のしたい放題部屋というところだろうか。
 まあ、ここに限らず、普段から、所かまわずしたい放題、好き放題しているけれど。
「そうなの。……まあ、わたしも、向こうにいる間は、鬼栖ちゃんの相手をしてあげられないし、ちょうどいいかと思って。それに、何やかやと言っても、鬼栖ちゃんも楽しそうだし」
 柚巴は、そう言って肩をすくめてみせる。
 その手は何故だか、世凪の首にからませて。
 どうやら、柚巴においても、ここが執務室であるということを、ころっと忘れているようである。
 まったく……この二人は。


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update:04/07/30