呪術部屋のペット
(4)

「しかし……信じられませんね。あの鬼栖が、そんなにあっさりと、人の言うことに従うなど」
 いちゃつく柚巴と世凪を前に、由岐耶はさらりとそう言い捨てる。
 多少目をすわらせ、世凪にきっとしたにらみを入れながら。
 パルバラ病の事後処理の件で世凪の執務室を訪れた由岐耶は、不運なことに、こんな見たくもない場面に遭遇してしまった。
 さらには、その場面に引きとどめられてしまった……。
 という、由岐耶にとっては、残酷極まりない状況が今つくられている。
 しかし、それでもそんな思いを悟られまいと、由岐耶は平静を装い、柚巴と世凪の会話に参加する。
 そうしなければ、抱く気持ちに気づかれそうな気がして……。
 最近、やけに演技が上手くなったものだ……と、由岐耶は胸の内で自嘲していた。
 本当に、柚巴に抱く気持ちに気づき、そして柚巴と世凪が婚約してからというもの、真面目な使い魔を演じる回数が多くなってきたと思う。
 以前は、意識せずともできていたことなのに……。
 最近では、少しでも気を抜くと、すぐに世凪をにらみつけている。
 そして、柚巴を見つめている。
 愛しそうに。物欲しそうに。
 そんな醜い自分に気づいているから、そんな醜い自分に気づかれたくないから、だから演技は上達するばかり。
 皮肉なことに。
「あの鬼栖? みんなそういうけれど、一体、鬼栖ちゃんってどういうものなの?」
 由岐耶の言葉に、柚巴は首をかしげた。
 それは、ずっと気になっていたことだけれど、たいして必要なことでもなかったから、今まで聞かずにおいたけれど。
 鬼栖とは、「あの鬼栖」と言われるようなそんな存在なのだろうか?
 首をかしげる柚巴に、由岐耶は少し困ったような優しい眼差しを向ける。
 本当に、姫さまは、何も知らずに、鬼栖を従魔にしてしまったのか……と。
 由岐耶の愛しい少女は、意識せずに、その力を見せつけてくれる。
「それは……もともと、小悪魔自体、たちの悪いものなのですが、鬼栖は特にどうしようもないのですよ。小悪魔の中でも位の高い方のようで、人に従うなど考えられないことだったのです。……それが、あそこまで丸くなるとは……。――世凪といい、姫さまにかかると、どんな者でもいいこになってしまうのですね?」
 本当は、ペット≠ニ言いたいところだけれど。
 と、由岐耶には似合わない皮肉を胸の内でそっとはく。
「それは、俺に対する嫌味か?」
 どうやら、言葉にさりげなく隠されていたその皮肉に、世凪はぴんと気づいてしまったらしい。
 それは、もちろん言葉の裏をかいて……などといった高度なものではなく、野生の勘で。
 世凪には、動物的勘の方がお似合いである。
 肩をすくめる由岐耶を、世凪はぎろりとにらみつける。
「そうとっていただけると、ありがたいですね」
 肩をすくめていたかと思うと、ふんと鼻で笑うように由岐耶がそう言った。
 しかも、さらっと。
「ふん」
 そんな由岐耶らしからぬ返答に、世凪はますます機嫌を損ねていく。
 おもしろくなさそうに、革張りの椅子にさらに身を沈める。
 当然、柚巴を抱いたまま。
 こんな光景はいつものことなので、いちいち反応する必要はないはずだけれど……。
 やはり、なんだかとてつもなくおもしろくない。
 由岐耶は、変わらず、世凪を軽んじるように見ていた。
 むしろ、二人の間で、静かな戦いが繰り広げられている……といった方がいいかもしれない。
 本当に、この二人は仲が悪い……悪すぎるのだから。
「それで? お前は一体、何しに来た? まだ何かあるからここにいるのだろう?」
 今さらながらに、世凪は由岐耶にそう言う。
 たしかに、パルバラ病に関しての事後処理の報告はすんだはずである。
 ならば、お邪魔虫はさっさといなくなって欲しい、はず。
 そんなご機嫌がすこぶる悪い俺様王子様を前に、由岐耶はひるむことなく、やはりさらっと言う。
「ああ、それは……。今、城下では、王子とそのお妃の話題でもちきりなのですが……」
 少し言いにくそうに、そう語尾を切ってしまった。
 ちろっと、柚巴を盗み見るようにして。
 世凪に対してはさらりと言い捨ててしまえるけれど、だけど、それが柚巴にかかわることになると、話はまた別で……。
 だから、由岐耶は言葉をにごす。
「あ、それはわたしも気づいたわ。さっき、紗霧羅ちゃんと華久夜ちゃんと遊びに行って驚いたもの」
 しかし、当の本人、柚巴にしては、そんななんとも軽い反応である。
 由岐耶ほど、これから彼が言おうとしていることを、重大なことだとは受けとめていないらしい。
 柚巴のこの言葉から、柚巴は当然、それを知っていると思って間違いないにもかかわらず。
 本当に、このお姫さまは、無邪気というか、危機感がないというか……。
 肝心なところで、何か抜けているような気がする。
 まあ、そこが愛しいのだけれど。
 そして、守ってあげたいと思うのだけれど。
「あ、遊びに行ったのですか!?」
 当然のことながら、けろりと告げられたその事実に、由岐耶は驚きの色を見せる。
 こんな時に城下に遊びに出るなんて……自殺行為もいいところである。
 由岐耶の目は、そういって柚巴を見つめている。
 王子のお妃……婚約者が決まった今、その婚約者が城下をうろつくなどとは……。
 怖いもの知らずというか、何というか……。
 やはり、危機感が欠落しているのだろうか? 柚巴というこの少女には。
「うん。でも、誰もわたしの顔なんて知らないから、大丈夫だったよ?」
 驚く由岐耶に、柚巴はやはりそうやってけろりと答える。
 事の重大さを理解していないにもほどがあるといえよう。これでは。
 ……まったく。本当に、仕様がないお姫さま。
「まあ、そうですね……。――つまりは、そういうことですので、姫さまの今回のご活躍もありまして、ほとんどの者たちにはお妃として認められていますが、中にはまだ反感を持つ者が存在することもたしかなのです。ですから、くれぐれもこちらにいる時は、気を抜かないようにしていただきたいと……」
 危機感の欠片すらない柚巴に、由岐耶はあえてそう真面目ぶって言ってみせる。
 それくらいしないと、このお姫さまは、本当に理解してくれないような気がして……。
 自分の身の危険に無頓着なのにもほどがある。
 それに気をもむ、ひやひやするこちらの身にもなってもらいたい……。
 由岐耶は困ったように、だけど愛しそうに柚巴を優しく見つめる。
「うん、わかった。ありがとう。由岐耶さん」
 しかし、それでもわかっていないのが、この柚巴だろう。
 あっけらかんとそう答える。
 しまいには、にっこりと微笑む始末である。
 嗚呼、本当にもう。ちゃんとわかっているのだろうか!?
「いえ……」
 由岐耶は、ため息まじりにそう答えるしかなかった。
 そして、あまり納得できていないように少し首をひねりながら、ゆっくりと執務室を出て行った。
 まあ、それは、由岐耶の思い過ごしでないことはたしかだろう。
 柚巴は恐らく、まったくその危険を理解していない。
「あいつ……。今日はやけにあっさりと帰って行ったな?」
 由岐耶が執務室から出て、ぱたんと扉が閉められると、世凪はおもしろくなさそうにそうつぶやいていた。
 当然、柚巴と由岐耶が会話をしていた時も、おもしろくなさそうにむっつりと椅子に身をしずめていたけれど。
 そしてやっぱり、その腕には、しっかりと柚巴を抱きしめて。
 それにしても……本当に、今回の由岐耶は、やけにあっさりとひいていったのではないだろうか。
 何やかやと言って、極力、柚巴と世凪が二人きりにならないようにと、さりげなく動いていたはずなのに……。
 その由岐耶が、今回はあっさりとひいていってしまった。
 世凪ではないが、これは首をかしげずにはいられない。
「世凪……? どうしたの?」
 訝しがる世凪を、その膝の上に座る柚巴が、不思議そうに見つめている。
 しかし、世凪は何か考え事でもしているのか、どこか上の空である。
 いつもなら、すかさず、柚巴の視線に気づき、あまい視線を向け返しているところなのに……。


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update:04/08/03