盛られた毒
(1)

 あれから、何事もなく数日が過ぎた。
 そして、柚巴はまた、変わらず、限夢界へとやってきている。
 もちろん、第一の目的は、世凪に会うため。
 期末テストまでのしばらくの間は、問題なくこちらへやって来ることができるだろう。
 柚巴は、そよそよとさわやかな……というよりは、もうかなり冷たくなった風を感じながら、お気に入りの中庭に面したテラスで、浅い眠りについていた。
 世凪が王にいたぶられ……もとい、いろいろとたたき込まれている間は、柚巴は何もすることがないので、たいていはこうやって、ようやく王から解放された世凪がやってくるのを待っている。
 そうしているうちに、ついうとうととして、このように眠りに落ちることも珍しくはない。
 春から初秋にかけてはそれでもよいけれど……さすがに晩秋の今では、風邪をひきやしないかと、少しばかり気にかかる。
 そんな晩秋の風吹くテラスに、ようやく王子様がやって来た。
 そして、椅子で気持ち良さそうに寝息をたてている柚巴を見つけ、はあと盛大にため息をもらす。
「また柚巴は……。この間、由岐耶にも気をつけろと言われたばかりだというのに……」
 ぶつぶつとそうひとりごちながら、あいた隙間にすっと腰をおろす。
 そして、ふわりと眠る柚巴の頬をなでる。
 すると、いつもあたたかな柚巴の頬が、ひんやりとした冷たさを世凪の手に運んできた。
 気温とか温度とかの概念がない限夢人でも、人のぬくもりくらいは感じる。
 それはきっと……心が直接触れているからかもしれない。
 肌ではなく、その心で直接感じる……。
 無防備に眠る柚巴に、世凪は苦笑いをおさえることができなかった。
 はおっていたマントをするりと脱ぎ、それを眠る柚巴にふわりと優しくかける。
 そうしてまた、柚巴の頬に触れる。
 さらっと、頬にかかる髪をすく。
 とても、よい感触がした。
 こうやって、柚巴に触れているだけで、見ているだけで……こんなにも幸福に満たされるなんて……。
 世凪は、つかの間の至福の時を味わう。
 眠る柚巴をマントごと抱き寄せ、自らの胸にもたれかからせるように抱く。
 そして、中庭へ目を移した。
 中庭では、変わらず、色とりどりの花が咲いている。
 秋だというのに。
 年中、暑さ寒さに負けることなく、途絶えることなく咲くのは、限夢界の花の特徴。
 静かな時が、二人の間に流れる。

「ん……」
 柚巴を抱き、中庭を眺めて、しばらくすると、そうやって小さな声をもらし、柚巴が目をゆっくりと開けた。
 それに、当然のことながら、世凪はすかさず気づき、優しい微笑みを落とす。
 寝起きの目をこすりながら、不思議そうに柚巴の目が世凪の姿をとらえはじめる。
 もうすでに、日は西の空に沈みはじめていた。
「え? 世凪!? ……もしかして、わたし……?」
 世凪の姿をその目に完全に映すと、柚巴は少し動揺したように、世凪を見つめる。
 少し申し訳なさそうな表情もたたえられている。
「しっかり眠っていました」
 そんな柚巴に、世凪はぶすっとふてくされたように、ぶっきらぼうに答えた。
 もちろん、柚巴はそれに慌てはじめる。
「ご、ごめん! 気づかなかった……」
 顔を真っ赤に染め、困ったように世凪をじっと見つめる。
 怒っている? 怒っているよね? いつもいつも、わたし……。
 そうやって、少し落ち込んでいるようでもあった。
 そのような柚巴を見て、世凪はころっとご機嫌を回復してしまった。
 優しい光を秘めた眼差しで、ふわっと微笑む。
 とても愛しそうに。
「仕方がない。疲れていたのだろう?」
 そうやって、胸に全てを預ける柚巴の髪を、ふわりとなでる。
「でも……それは世凪も同じでしょう?」
 それでも、申し訳なさそうに世凪を見つめる柚巴の目は変わることはない。
 どうやら、相当気にしているらしい。
 二人の口ぶりから、そして前例から……これはもう本当に、いつものことのようで……。
 いつもいつも、世凪を待つ間に、退屈して寝てしまうようである。
 もちろん、世凪のベッドであろうがどこであろうが、ところかまわず。
 そこが、少し問題かもしれないけれど。
「まあ、それはそうだが、基本的に俺たち限夢人と、お前たち人間の体力は違うからな」
 世凪はそう言って、柚巴の頬を優しく包み込む。
 そして、そのままくいっと抱き寄せ、自らの胸にもたれかからせる。
 柚巴も、素直にそれに従う。
 幸せそうに目を細め、世凪の胸で、世凪のぬくもりと鼓動を感じる。
「……あのね。それでずっと気になっていたの。人間と限夢人、いろいろ違うところはあるけれど、決定的に異なるのは寿命でしょう? ……わたしは、世凪よりも何倍も何十倍もはやく年をとり、死んでいく……。それでも世凪は……?」
 世凪の胸で、伏目がちに柚巴の口からそのような言葉がもたらされた。
 どことなく、淋しそうでもある。
 きっと、その言葉通り、柚巴はそれをずっと気にしていたのだろう。
 それは恐らく、世凪と結ばれた時から……。
 いや。世凪を好きだと気づいたその時からかもしれない……。
 短いようで長い、そんな時間、柚巴は一人、それを胸に秘めていたのかもしれない。
 これまでは、ただ、触れなかっただけ。
 幸せすぎるこの時間が、ふと、柚巴をそんな不安に導いてしまったのかもしれない。
「かまわない。……たしかに、俺は今は柚巴と同じように年をとっている。しかし、あと少しすれば、俺の時間はもっとゆっくり流れはじめるだろう。むしろ俺は、柚巴の方がそれでもかまわないのかが気になるところだ」
 そう答え、世凪はぎゅっと柚巴を抱きしめた。
 力いっぱい。思い全てをこめて。
 ――愛しい。
 寿命とか、時間の流れとか、そんなつまらないものを気にしている余裕さえないくらい、こんなに愛しい存在。
 そんなものはどうでもいい。
 ただ、柚巴が大切だということ。愛しいということ。
 それだけが、今、世凪を占めるもの。
 そして、世凪にとって最も重要なこと。
 ただ、柚巴さえいれば、それだけでいい。
 他のものなんてどうでもいい。考えたくない。
 もう、柚巴のことだけにしか……思考は働かない。
 この何よりも愛しい存在が、腕の中にいるだけで……。
 他は、何もいらない。
 世凪は、そうやって、力いっぱい柚巴を抱きしめる。
 沈み行く、夕陽のもと。
「……わからない。今は何とも言えないよ。――世凪がわたしと同じ寿命だったら、わたしが世凪と同じ寿命だったら……。そんなことを言っていてもきりがないものね……」
 優しく見つめてくる世凪に、柚巴はそうつぶやいていた。
 果たしてそれは、本心なのか、それとも――
 それは、柚巴にしかわからないことだけれど、今はその言葉を信じていたい。
 寿命なんて、そんなつまらないものは、今は考えたくない。
 ただ、今、この瞬間の幸せを大切にしたいから。
 見えない先のことを考え、思い悩むなんて……。
 遠い未来のことなんて、今は――
 ただ、この時が大切だから。
「そうだな……。だけど、人間の寿命をもう少しのばすことができればいいのにな。そうすれば、もっと柚巴と一緒にいられる」
 世凪は苦笑まじりにそうもらしていた。
 恐らく、それは本音だろう。
 少しでも長い時間、柚巴とともに生きたい。
 それは、抱いて当たり前の願い。
 何もいらない。何も望まない。
 それ以外は。


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update:04/08/07