盛られた毒
(2)

「まだ先のことを、今から言っても何もはじまらなかったね……」
 柚巴はそう言って、世凪の胸に顔をうずめる。
 小刻みに、柚巴の肩が震えていることは、恐らく、気のせいなどではないだろう。
 世凪は、頼りなげなその肩をそっと抱き、やはり強く強く抱きしめる。
 狂おしく、柚巴を感じる。
 どうして、こんな簡単なこと、わかりきっていたのに……それでも惹かれてしまったのだろうか。
 あたたかな春の日差しの中、見つけた、その小さな少女に。
 幸せそうに微笑むその少女に、心惹かれた幼い日。
 それは、今でも変わることなく続いている。
 いや。変わった。
 それは、自分でもどうしようもないくらい、大きくふくれあがっている。
 いっぱいいっぱいになりすぎて、もうあふれ出してしまっている。
 言葉でたとえることができないくらい、どうしようもなく、狂おしいほどに愛しい。
 寿命……。
 それは、今にはじまった問題ではない。
 しかし、さけては通れない問題。
 それでも、気づかずに、目をつむっていたかった。耳をふさいでおきたかった。
 触れたくなどなかった。
 ずっと、知らないふりをしていたい。
 恐らく、もうしばらくは、知らないふりをし続けられるだろう。
 しかし、それは、一体、いつまで……?
 世界の壁をこえたこの恋人たちに、今に襲い来る大きな障害は、恐らくこれだろう。
 決して、さけて通ることができない、二人だけの問題。
 その時がやってきた時、二人、この壁を、一体、どうやって乗りこえていくのだろうか。
「世凪さま……。お邪魔します。もうそろそろ夕食のお時間です」
 そうやって、互いに求めるように抱き合う二人に、邪魔が入った。
 梓海道が二人の前に、すっと現れ、控えめにそう告げてきた。
 やはり、この二人には、邪魔者抜きで、互いを感じ合うことなどなかなか無理だろう。
 あちらこちらから、いつも邪魔が入る。
 いつもなら腹立たしいそれも、今回に限り、皮肉にも救いに感じてしまった。
 自然、苦い笑みがもれる。
「ああ、もうそのような時間か。柚巴、大丈夫か? 行けるか?」
 先ほどまでの甘く切なく、苦しい時間が嘘のように、世凪はけろりとそう言った。
 そして、心配そうに、自分の胸にうずめる柚巴の顔をのぞきこむ。
 もちろん、その目は優しい光をともしている。
「うん。大丈夫だよ」
 すっと顔を上げ、柚巴もまた、何事もなかったようにそう微笑んだ。
 胸につかえる苦い思いは、変わらずそこにあるけれど……。
「たしか、莱牙さまと華久夜ちゃんも来ているのよね?」
「迷惑な話だがな」
 柚巴が嬉しそうにそう言うと、世凪はぶすっとふくれっつらで、そうはき捨てた。


 王宮の世凪の居住区にあるダイニングへ行くと、もうすでにそこには莱牙と華久夜がいた。
 華久夜などは、首をながーくしすぎるほどして、待っていた。
 もうあと一分でも遅ければ、暴れはじめてしまうという程度に。
 しかし、そんな華久夜を前にしても、莱牙はまったくひやひやしていなかった。
 何しろ、ここは自分の屋敷ではない。さらにいえば、世凪の居住区。
 壊れたって痛くもかゆくもないし、むしろこっぱみじんに吹き飛ばしてやりたいほど。
 そのような莱牙と華久夜が待つダイニングに柚巴と世凪が姿を現すと、目ざとくそれを見つけた華久夜の目が、きらんと輝いた。
 そして、だだだだーと勢いよく、柚巴に駆け寄り飛びつく。
 横に寄り添うようにしていた世凪を、ばんと弾き飛ばし。
 さすがは、華久夜。
 世凪など、恐るるに足りぬ。
「柚巴はわたしの隣ね?」
 ぎゅうと柚巴に抱きつき、華久夜はにこにことそう微笑む。
 そんな華久夜を横目に、弾き飛ばされた世凪はぶすうとふくれ、莱牙はしら〜とすましていた。
 これが、華久夜以外の他の者なら、話はまた別だったかもしれない。
 世凪、莱牙の二人がかりの攻撃が、お見舞いされていたかもしれない。
 相手が華久夜なので、二人とも、もう諦めてしまっているようである。
 何やかやと言って、華久夜には弱いようである。
 まあ、怒らせると、とんでもなく大暴れしてくれる……と、それを知っているから、渋々見逃しているだけかもしれないけれど。
 にこにこと微笑み、華久夜は柚巴の腕を引っ張り、席へと促す。
 柚巴を半ば強引に席につかせると、もちろん自分もその横に、ご機嫌顔ですとんと座る。
 それを確認し、莱牙と世凪は、やれやれと、残り二つの席に、それぞれ腰かけていった。
「……まったく。余計なものが来たものだ」
 当然、そう毒づくことは忘れずに。
 只今の王子様、とてつもなくご機嫌ななめ。
 そうやって、一部にこにこ、一部ぶすっ。一部諦めが入った夕食をはじめようと、徐々に料理が運ばれてくる。
 大きめのテーブルの上に、ところせましと料理が並べられる。
 このようにたくさんの量、とうてい、たった四人では全て食べることなどできない。
 しかし、これが普通なのか、誰一人として表情を崩すことはなかった。
 むしろ、当たり前と、涼しい顔を浮かべている。
 ただほんの少し、柚巴だけが圧倒されているようであるけれど。
 限夢界にいる時は、よく世凪と二人きりで食事をすることがあるけれど、その時は、こんなにたくさんの料理は並ぶことはない。
 世凪にはちょうどよい量で、柚巴には少し多いかな?と思う程度の、二人分よりは少し多めの量である。
 やはりこれは、一応は、多分恐らく、客人である莱牙と華久夜をもてなすための料理なのだろう。
 たとえおしかけであっても、やはり客人は客人のようである。
 それぞれに、皿に料理をとりわけ、フォークとナイフを手にとり、皿の上の料理にナイフを入れようとした時だった。
 何かに気づいたのか、ふいに険しい顔をし、世凪が叫び声を上げた。
「待て! 食べるな!」
 その声に驚き、柚巴は持っていたフォークを、がちゃんと皿の上に落としてしまった。
 華久夜もぴたっと動きをとめ、世凪を憎らしげににらみつけている。
 ただ、莱牙はというと、どこかふてぶてしい涼しい顔をしていた。
「せ、世凪さま?」
 四人が座るテーブルから一歩ひいたところに控えていた梓海道は、世凪の突然の叫びにそう驚きの色を見せる。
 慌てて、世凪の横に駆け寄ってきた。
 そして、世凪の意図を確かめるように、顔色をうかがう。
 その光景を、柚巴たちは、ただ黙ってじっと見ていた。
 一体、何があるのだろうか?と。
「……梓海道。料理を運んできたのは誰だ?」
 そのような柚巴たちを前に、世凪はやはり険しい顔で、そうつぶやく。
 どことなく、いつもと違う、重苦しい空気をまとっているような気がする。あの、いつもふざけた世凪が。
「え? はあ……。いつものメイドですが……」
 梓海道も眉根を寄せ、厳しい顔でそう答えた。
 どうやら、次第に、世凪の言いたいことがわかりはじめてきたようである。
 どこか、世凪の突然の叫びを納得しているようにも見える。
「そうか。では、調理場へ行こう」
 梓海道の言葉を確認すると、世凪はおもむろに席を立った。
 そして、ふわりとマントを翻し、ダイニングの扉へと足を向ける。
 それを見て、莱牙はどこか確信したようにぽつりとつぶやく。
「……やはり、そうか……」
 莱牙もまた、かたんと席を立つ。


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update:04/08/11