盛られた毒
(3)

「一体、何なの?」
 いきなり席を立った世凪と莱牙を、華久夜は怪訝そうに見ている。
 一体、何があるというの?と。
 柚巴は、まったく訳がわからず、ただ一人、おろおろと世凪と莱牙を交互に見ていた。
 しかし、すぐに世凪に従わなければならないのだろうと悟り、柚巴も華久夜も席を立つ。
 まだ、この状況をよく理解できていないが、とにかくそうした方がいいと思ったから。
 柚巴は席を立つと、たたっと世凪に駆け寄った。
 当然、駆け寄ってきた柚巴を、世凪はそのマントの中に包み込む。
 そして、梓海道をあわせた五人で、調理場へ向かおうとダイニングの扉を開けた時だった。
 いきなり、どしんという凄まじい衝撃を受けた。大音響もとどろいた。
 同時に、五人はばんと吹き飛ばされる。
 しかし、世凪だけはそれをさらりとこらえ、しかもちゃっかりとその腕に抱く柚巴も受け止めていた。
 憎らしげな顔で、床との間に数センチの空間をつくり浮いている。
 そして、すとんと床に降り立つ。
 そんな一連の行動を、癪に障るくらい涼しい顔でやってのけていた。
 残りの三人はというと、案の定?、当然?、床にころんと転がっている。
 おもしろくなさそうに目をすわらせ。
「一体、何事だ!?」
 事なきを得た世凪は、床に降り立つと同時に、扉の外に向かい、そう怒声を発した。
 扉の向こうに目をやると、そこでは、虎紅、芽里、緋鷹の三人と、鬼栖の一匹が、ごろんと廊下に転げていた。
 どうやら、先ほどの衝撃と音は、この三人と一匹とぶつかったものによるらしい。
「お前たち……?」
 そんな三人と一匹を見下ろし、世凪は怪訝そうに顔をゆがめる。
「あっ……。世凪! 大変です。毒が……料理に毒が盛られている可能性があります!!」
 廊下に転がったまま、少し上体を起こし、虎紅がそう叫んだ。
 そして、がばっと立ち上がる。
 同時に、芽里、緋鷹の二人も立ち上がっていた。
 ただ、鬼栖だけが、相変わらず、廊下にごろんを続けている。
 その丸い体で、しかも短い手と足では、なかなか起き上がることができないようである。
 起き上がろうと、必死にもがいているのだから、それは間違いではないだろう。
 そのような鬼栖を見て、芽里がやれやれと鬼栖を抱き起こす。
 すると鬼栖は、それがさも当たり前かのように、ふふんと偉そうに笑っていた。
 当然、鬼栖を抱く芽里の手はぱっとはなされ、鬼栖急降下。再び廊下にたたきつけられる。
「やはりな……」
 そんなふざけたやりとりを横目に、世凪が苦々しげにそうつぶやいた。
 もちろん、世凪の横では、鬼栖がぎゃあぎゃあとわめいている。性懲りもなく。
「毒……?」
 柚巴も、今は鬼栖のお遊びにつき合っている場合ではないと気づいているようで、顔をしかめて世凪を見つめる。
 すると、世凪はすっと柚巴に視線を落とし、苦しげに言葉をしぼりだした。
「……ああ。虚空だな。これは」
 その目が、怒りに燃えているような気がした。
 心なしか、金色がかったスミレ色のその瞳が、赤色に変わりつつあるような……。
 世凪のつぶやきに、虎紅は重苦しそうにこくんとうなずく。
 そして、じっと世凪を見つめる。
「幸い、まだ誰も口をつけていない」
 その視線に答えるように、世凪は静かにそう答える。
「そ、そうですか。それはようございました」
 世凪の言葉に、虎紅はそう胸をなで下ろした。
 しかし、またすぐに険しい顔つきに戻っていく。
 そのような虎紅を前に、世凪は再び憎らしげに顔をゆがめる。
 その横では、体勢を立て直した梓海道が、顔を青くしていた。
「しかし……一体、誰がこんなことを?」
 そのつぶやきに答えるように、緋鷹が歩みを進め、世凪の前にやってくる。
「……わかりません。ただ、我が家の薬草園から、虚空が皆摘みとられていましたので、気になって来てみると……このようなことに……」
 苦々しげに、緋鷹がそう答える。
 世凪はその言葉に、ただ無言でうなずく。
 全てを、納得しているように。
 その世凪の腕の中、柚巴がどこか納得がいかないというようにぽつりとつぶやく。
「このようなこと?」
「調理場の調理人たちが、みんな眠らされていたのですよ」
 すかさず、芽里がそう答えた。
 そして、ぎゃあぎゃあわめく鬼栖を抱き上げ、ぷぎゅっとその口をふさぐ。
 鬼栖は芽里の腕の中、ふがふがと相変わらず無駄な抵抗を繰り広げているけれど。
「……そうか。それで、心当たりはないのか?」
 真剣味に欠ける、さらにはうっとうしいだけのその存在の鬼栖に侮蔑の眼差しをちらっと向け、世凪は再び虎紅に視線を戻した。
 すると、世凪の言葉に反応し、三人はびくっと体を強張らせた。
 それで、世凪は瞬時に何かを悟ったのか、憎らしげにはき捨てる。
「……伽魅奈……か?」
 世凪のその言葉がもたらされた瞬間、その場は一瞬にして凍りついていた。
 先ほど弾き飛ばされ、床に転がっていた、莱牙、華久夜もすでに体勢を整え、これまでの世凪たちの会話に静かに耳を傾けていた。
 そのような二人もまた、虎紅たち同様、かたく冷たい空気をまとっている。
 重苦しく、冷たいその空気の中、虎紅がゆっくりとうなずく。
「……恐らく、そうかと思われます。以前、わたしどものもとに、虚空を求めてやって参りましたし……。もちろん、その時はそのままお引き取り願いましたよ」
「それは知っている。報告は受けているからな」
 世凪は即座にそう答え、ちっと舌打ちした。
 これ以上ないというほど、憎らしげな顔をして。
 そのような状況の中、鬼栖はおいておいて、柚巴だけが、やはり事態についていけていなかった。
「ね、ねえ、世凪。虚空って何なの? それに毒って……」
 遠慮がちに、柚巴がそう尋ねる。
 すると世凪は、ふわりと柚巴の髪に触れ、優しく答える。
「……虚空とは、毒薬のことだ。それが料理に混入されていた」
 このような状況下でも、柚巴へ向ける優しさだけは変わらない。
 本当に、何というか……。この王子様は。
「え……!?」
 世凪の答えを聞いた瞬間、柚巴の顔も険しくゆがんた。
 そして、きゅっと世凪のマントを握り締める。
「虚空は通常、限夢人にとってはさして支障はない。多少しびれがくる程度だ。しかし、それを人間が服毒してしまうと……確実に死ぬ」
 世凪のマントをにぎる柚巴の手に、ふわりと自分の手を重ね、そして握り締め、世凪は柚巴にそう説明する。
 そして、ぎゅっと柚巴を抱きしめた。
 柚巴は、ただ世凪の胸の中、驚愕の色を見せていた。
 小刻みに震えている。
 その震えを拭い去るように、包み込むように、世凪はさらに柚巴を優しく抱きしめる。
 柚巴には、世凪のその言葉で、わかってしまったようである。
 今回、誰が狙われたかということを。
「しかも……我が家の薬草園から、草そのものが持ち出されてしまったのです。草は薬にしたものの何倍もの毒性を持ちます」
 世凪の腕の中、震える柚巴を見て、緋鷹は申し訳なさそうにそう言ってくる。
「だから、俺は気づくことができたのだ」
 世凪は変わらず、労わるように柚巴を抱きしめている。
 しかし、その目にともる光だけは、いたって厳しいまま。
 浮かぶ色も、赤みを帯びている。
 世凪の、底知れぬ怒りを感じる。
 世凪から、この世で最もかけがえのない存在を奪おうとした、そのことを思うと……それは、当たり前のことだろう。
 そして、これを解決しない限り、柚巴は執拗に命を狙われるだろう。
 もう、容赦はしないと、かたく決意する。
 伽魅奈という名の暗殺者を、決して許しはしない。


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update:04/08/16