盛られた毒
(4)

「それじゃあ……?」
 世凪の腕にこめられる力が強まったことを感じ、柚巴はさらに不安げに世凪を見つめる。
 あの世凪がここまで怒っているということは、間違いなく柚巴の命が狙われたということだろう。
 そして、その命を狙ってきたのが伽魅奈というから、どこかやりきれない。
 原因は、一つしか思い浮かばないから、なおのこと。
「ああ。間違いなく、狙われたのは柚巴、お前だ。虚空を選んだ時点で、それしか考えられん」
 世凪のその言葉を受け、柚巴はきゅっと唇をかみしめた。
 自分の命が狙われている……というそのような不安よりも、もっと別なものが柚巴を不安にさせている……のかもしれない。
 柚巴が仮に、謀殺されたとして……その後残った世凪は、一体どうするのだろうか? どうなるのだろうか?
 一つの予想に、世凪もそのまま後を追う……。
 それくらい、世凪は柚巴を愛してくれていると柚巴は知っているから。
 だから、そう予想する。
 そして、もう一つの予想は……他の誰かと世凪が……。
 それは、とてもたえられない。
 だけど、あり得ないことではない。
 世凪の、王子というその立場を考えれば。
 王子の世凪には、柚巴よりもっとふさわしい姫君がいるだろう。
 どちらも……あたってほしくない予想。
 それを想像するだけで、こんなにも胸が苦しくなるから。
 自分の後を追うことも苦しいけれど、他の誰かのものに世凪がなる……。
 それが、とてつもなく辛い。
 自分が死んでも、思う相手には幸せになって欲しい。
 そんなきれいなことは、とても考えられない。思えない。
 誰かのものになるなら、いっそ自分の後を追って欲しい……。
 そんな浅ましい思いが、柚巴の中をかけめぐる。
 いつの間に……こんな汚い人間になっていたのだろうか。
 たった一人。たった一人の、何よりも大切で愛しい人ができただけで。
 今の自分は……好きじゃない。嫌い。
 もっときれいな人間になりたい。もっと優しい人間になりたい。
 だけど……未熟な自分では、それはかなわぬことなのかもしれない。
 ただ、世凪が好き、愛しい……。
 その感情が、柚巴を狂わせる。醜く変えていく。
「しかし、何故だ? 王宮の、しかもお前の居住区は、警備が他よりも厳しくなっているのだろう?」
 今まで黙って話を聞いていた莱牙が、どうも腑に落ちないと言わんばかりにそう言った。
「それは、そうだが……」
 莱牙の言葉に、世凪は苦々しげにつぶやく。
 たしかに、世継ぎである世凪の居住区は、王のそれ同様、他よりもいちだんと警備が厳しくなっている。
 蟻一匹……とまではいかなくとも、伽魅奈がもぐりこめる隙はないはずなのだが……?
 どこかに、気づかぬ死角があるというのだろうか?
「とにかく、今はそんなことを言っている場合ではないわ。さっさとその伽魅奈とかいう女をつかまえなくては!」
 つまらないことにひっかかっているのじゃないわよ!と、華久夜が、悔しがる世凪と莱牙をそうやってせかす。
 その言葉に、世凪と莱牙、そして他の者たちも気を取り直した。
 たしかに、今はそんなことに気をとられている場合ではない。
 何より優先すべきは、柚巴に危害を加える輩をとっつかまえ、そして二度とおかしな真似ができないように、いたぶってやること。こらしめてやること。
 もう二度と、柚巴に怖い思いをさせないためにも。
 そんな思いは、柚巴には必要ない。
 世凪は、そうあらためて思い、柚巴を強く強く抱きしめる。


 ばたばたとけたたましく、王宮の廊下を駆ける複数の足音。
 誰もが、その足音に瞬時に視線を奪われる。
 視線を向け、足音の主を確認すると……それは、王子を含む、王族や中堅クラスの位を持つ者たちが駆ける音だった。
 どこか、鬼気迫るものをはらんでいる。
 誰しも、それを目にし、はっと息をのんでしまった。
 何か……とんでもないことが起こったのだろうか?と――
 限夢界でも有名なあの王子、そしてそのいとこの莱牙と華久夜。
 王子の従僕。
 それから、いつもにこにこ顔の、だけど怒らせると底知れぬ恐ろしさを秘めた元近衛将軍の弟子たち。
 王子の腕には、しっかりとその婚約者の少女が抱かれている。
 そんな彼らが、すごい形相をして駆けている。
 すれ違う人々――といっても、この王宮のかなり奥に位置する場所では、両手で十分な数ほどしかいないけれど――の目を奪う。
「あの女、諦めたのではなかったのか!?」
 廊下を駆けながら、莱牙が憎らしげにそう叫んだ。
 今、世凪たちは、今回のこの柚巴毒殺未遂を報告し、そしてその犯人である伽魅奈の処分を、王に求めに走っている。
 まずは、王の許可を得ずには、事を思い通りに進められない。
 厄介なことに、相手は、あれでも一応、王族だから。
 下手に手を出すと、後々面倒なことになる。
 特に、柚巴のためにも、今回限りですっぱりと切っておきたい。解決しておきたい。
 瞬間移動をすればはやいのだが、そのことすら頭からすっぽりと抜け落ちてしまうほどに、彼らは動揺しているのだといえよう。
「俺もそう思っていた。あの女にとっては、王族である方が大切だと思っていたからな」
 駆けながら、世凪がそう相槌をうつ。
 たしかに、伽魅奈ならば、王族でなくなることを恐れ、しっぽを巻いて逃げ去ると思っていたのだが……。
 どうやら、皮肉なことに、当てがはずれてしまったようである。
「やけを起こしてしまったのね」
 悔しそうに顔をゆがめる世凪と莱牙の横で、華久夜がほうとため息をもらしつつ、どこか悟りきったようにそう言った。
「というか、もう、常軌を逸していますね」
 そのような華久夜に続け、虎紅までもさらりとそう言ってのける。
 どうやら、彼らにとっては、怒りを通り越し、もう呆れしか残っていないようである。
 もちろん、柚巴を守りたいというその気持ちは、世凪や莱牙と変わらずにあるけれど。
「え? 伽魅奈姫は、地下牢に入れられていたのじゃないの?」
 ふと、何かを思いだしたように、芽里が首をかしげる。
 もちろん、走りながら。
「そんなことがあるか。一応、姫は王族だぞ。そう簡単に牢になど入れられるか。だから今は、自宅謹慎中のはずだったのだ」
 芽里の素朴な疑問に、多少馬鹿にしたように虎紅がそう答える。
 芽里の腕の中には、ふるふると、まるでシェイカーの中のカクテルのように振られ、目をまわす鬼栖がいる。
 本当にもう、この小悪魔は、どこまでいっても役立たずのようである。
「しかし、今回のことはやりすぎだ。もう放ってはおけない」
 虎紅と芽里の会話にはさむように、世凪がそうきっぱりと言った。
 それで、誰もが、あらためて世凪の底知れぬ怒りを実感することになる。
 世凪にとってこの世で絶対のものは、柚巴、ただ一人だから。
 それよりも何よりも、全力疾走をしている……というのに、こうやって会話ができるなど……限夢人とは、まったくもって恐ろしい人々なのかもしれない。
 息一つ乱していないのだから。


 そうやって駆け抜け、王のもとまで行くと、王はすでに承知していたのか、すぐに許可が下りた。
 そして、王の名のもと、伽魅奈の王族の身分は剥奪され、永久追放が言い渡された。
 伽魅奈は、名実ともに、限夢界中に、反逆者として知れ渡ることになる。
 その後、王の許可をふりかざし、急いで伽魅奈の屋敷へと向かったが、その時にはもうすでに遅かった。
 そこには、伽魅奈の姿も、気配すらも残されていなかった。
 一体、限夢界を震撼させる反逆者は、どこへ消えたというのだろうか?
 それが、城下ではもっとも興味深く語られていることである。
 まさか、王子の婚約者の命を狙うなど……尋常の沙汰ではない。
 いくら不満に思っていても、誰も王や王子を敵にまわそうなど思ってはいない。思えない。
 ましてや、彼らが認めた王子の婚約者の命を狙おうなど……そんな命知らずなことは。


* TOP * HOME *
update:04/08/21