襲い来る命令
(1)

 伽魅奈の行方をさがすために、竜桐の信頼篤い近衛の将校たちが招集された。
 しかし、限夢界の四つの兵組織の中で、最も力のある者たちが集まる近衛の組織力をもってしても、伽魅奈を見つけ出すことはできないでいる。
 彼らは普段、それぞれ好き勝手しているが、いざとなると、他のどの組織よりも、その組織力を発揮する。団結する。
 それが、こと柚巴にかかわることとなると……その力も最大限発揮されるだろう。
 近衛の中では、竜桐や幻撞、そして三銃士など、柚巴を守る使い魔が多いので、自然、その下に使える限夢人たちも、柚巴によい感情を抱いている。
 何より、あのこまった王子様世凪を、唯一黙らせることができるから、さらに貴重な存在だろう。
 いずれ、王子様が王の位についた時、柚巴が彼らの力になってくれることは間違いないだろうから。
 世凪の歯止め役として。
 そんな打算じみた思いも含め、近衛では、柚巴への信頼は篤い。
 そのような、自分本位なかたまり、だけどする時はする近衛でも、伽魅奈の行方がつかめず、途方に暮れはじめた頃だった。
 突然、こんな報せが、王宮に飛び込んできた。
禁苑(きんえん)に侵入者がありました!」
 近衛兵の一人が、血相を変えて、竜桐のもとへ駆け込んできた。
 竜桐は、王宮で、近衛たちのとりまとめをしている。
 近衛でも、地位の低い兵の一人からもたらされたのが、そのとんでもないことだった。
「禁苑に侵入者だと!?」
 何しろ、あの竜桐が、驚きのあまり、このように動揺の色を見せているのだから。
 禁苑。
 そこは、その名の通り、立ち入りを禁じられた苑。
 限夢界の中でも、とりわけ美しい花が咲く、美しい苑。
 しかし、王族ですら、簡単に入ることの許されていない、特別な場所。
 強い結界に守られた……禁じられた土地。
「……それは本当か?」
 近衛兵の報告を受ける竜桐のもとに、険しい顔をした世凪が、つかつかと歩み寄ってきた。
 一体、どこからそれを聞いていたのか、世凪の地獄耳はたいしたものである。
 今の今まで、その気配すら感じなかったというのに……。
 やはり、世凪という男の力は、はかり知れない。
「お、王子!? ……は、はい。さようでございます。伽魅奈の捜索中、見つけました。結界をむりやり破ったような痕跡がありました」
 世凪をみとめると、近衛兵は慌ててその場にひざまずき、そう叫ぶ。
 その近衛兵を一瞥し、世凪は憎らしげに舌打ちをした。
「……まったく、この忙しい時に、またとんでもないことをしでかした者がいるな」
 面倒くさそうにそう言い捨てると、くるりと踵を返し、その場をすたすたとはなれていってしまった。
 世凪のその訳のわからない横柄な態度に、報告をしてきた近衛兵はおどおどとしはじめてしまった。
「え!? あ、あの……!?」
 まさか、自分は、王子の気に障るようなことでもしてしまったのか。
 ただでさえ、限夢界にその名をとどろかせる暴れん坊。
 その暴れん坊が、実は王子だった……というのだから、その恐怖はいかばかりか。
 少しでも知恵のある者ならば、決して世凪を敵にまわしたりしない。
 むしろ、その視界にすら入りたくないと思っているかもしれない。
 視界に入ったが最後、命が無事であるかどうか……。
 まあ、これまでの世凪の行動からすると、半殺し程度はあっても、本当に殺しちゃったということはないので、命の保障はできるだろう。
 ただ、その後、それまでと変わらず、普通の生活を送れるかどうかの保障はないが。
 本当に、世凪という男は、一体、どのくらい城下で暴れまわっていたのだろうか?
 想像するだけで、疲れが出てくる。
 世凪に恐怖し、萎縮する近衛兵に、竜桐は頭痛を覚えながら、先ほどの世凪の態度と言葉の解説を入れる。
 本当に、勘違いをされやすい、不器用な王子様なのだから。
「心配するな。禁苑は王子が取り計らってくださる。それよりも、お前たちは早急に、反逆者伽魅奈を捕縛しろ!」
「は、はい!!」
 竜桐にそう命令され、近衛兵は慌てて捜索に戻っていった。
 それにしても、説明をつけ加えないと理解してもらえない世凪とは……?
 そして、そのような世凪を理解できるまでにいたった竜桐とは……?
 その答えは導き出せないが、とにかく、竜桐は知らず知らず、本人の望む望まずにかかわらず、世凪を理解できるまでにいたってしまったようである。
 気の毒なことに。
 そしてまあ、あんな王子でも、知れば知るほど、けっこういいところがあるのかもしれない……とか、そんな気でもふれたかのような思いにとらわれてしまうから……世の中、まったくもって不可解である。
 本当に、どうしてあんな男のことを理解できてしまうのか……。
 これはやはり、柚巴の影響なのだろうか?
 あの王子様のことを、誰よりもはやく、誰よりもたくさん、理解したその少女。
 そして、今は、誰よりも近い場所にいる少女。
 恐らく、あの俺様王子様のことを全て理解できてしまえるのは、柚巴くらいなものだろう。
 竜桐は、ふとそう思ってしまった。
 そして、同時に、ある疑惑も浮上する。
「……もしかして……?」
 険しい顔でそうつぶやき、考え込んでしまった。


 王宮のエントランスホール。
 そこに、世凪と莱牙の姿があった。
 二人は、何やら険しい顔つきで、何事かを話し合っているように見える。
 どうやら、その口の動きから察すると、二人が話していることは、禁苑の今後の対策についてのようである。
 あの仲の悪い世凪と莱牙が、真剣に話し合う姿は、どこか滑稽に見えて仕方がない。
 普段、あれだけ嫌いあっているというのに、いざとなるとそんなささいなことはどうでもよくなるらしい。
 王族としての意識が芽生える。
「世凪!!」
 そのような世凪の名を呼ぶ声が、エントランスホールに響いた。
 世凪は、その声に即座にぴんと反応し、そしてぐるりと勢いよく首をまわす。
「柚巴!? お前……」
 視線の先にある、愛しいその存在を目にし、瞬時にその顔つきは苦虫を噛みつぶしたような複雑なものへと変化した。
 そこにいたのは、同様に複雑な表情をたたえる柚巴だった。
「柚巴! 片づくまで、こちらへは来るなと言っておいただろう!!」
 そして、次の瞬間には、そう怒鳴っていた。
 世凪のその怒声に、びくんと体を震わせたが、すぐにきゅっと唇をかみしめ、苦しそうに世凪を見つめる。
 その眼差しが、世凪の目に痛々しく映る。
「だって……。ねえ、それよりも何? この騒ぎ。いちだんとひどくなっているじゃない」
 それでも必死に強がって、柚巴はゆっくりと世凪に近づいてくる。
「お前には関係ない。いいから、お前はあちらの世界へ戻れ!」
 そのような柚巴に、世凪はまた容赦なくそう言い放つ。
 普段の世凪ならば、無条件に柚巴を受け入れているところのはずだけれど。
 どうやら、今は、いつものようにのろけている、いちゃついている場合ではないらしい。
 あの世凪が、柚巴にこんなにも冷たくするのだから。
「嫌! ねえ、一体、何があったのよ!?」
 もちろん、それで黙っているような柚巴ではなかった。
 普段見慣れぬ世凪の姿に、びくびくとしながら、その歩みを止めることはない。
 世凪のすぐ目の前までやってくると、きっと世凪を見上げた。
 柚巴の視線の先には、多少たじろいだような世凪の姿がある。
 本当は柚巴に優しくしたいけれど、今は嫌われてもいいから、この世界にはいさせたくない。
 世凪はそう思っている。
 この世界にいては、いつ柚巴の身が危険にさらされるともしれないから。
 伽魅奈がつかまっていない今、そして禁苑の封印が破られた今、この世界は柚巴にとってはとても危険な場所となっている。
 だから、柚巴を守るため、柚巴にはこの世界にいてほしくない。
 本当は、誰よりも、いつも身近に柚巴を感じていたいにもかかわらず……。
 嫌われてもいい……。
 それは、たんなる強がり。
 だけど、そうやって強がってみせないと、柚巴の身を守ることができないような気がするから。
 誰よりも大切で、愛しいその存在。
 失いたくない――


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update:04/08/25