世界の終わり
(1)

 錆びつき、つたがからむ、壊れた金属製の扉。
 かろうじて、蝶番(ちょうつがい)でつながれているその扉は、風に吹かれ、きいきいと淋しい音を鳴らしている。
 どうやら、その扉に、封印を施していたらしい。
 びりびりに破かれた紙片に、何やら呪文のような文字が書かれている。
 それは、いつだったか物語の挿絵で見た、魔方陣のようなもの。
 細切れになったその紙では、それは定かではないが……なんとなく、そうみてとれる。
 扉の向こうに広がるその世界は、歴史の教科書で見た、日本最大の古墳のよう。
 木々が、うっそうと生い茂っている。
 しかし、その木々の合間から見える向こうの世界は、不思議に虹色の淡い光に包まれているように見える。
 揺れる扉の前で、世凪は憎らしげに顔をゆがめていた。
 そして、かろうじてつながっているその扉に触れる。
「めちゃめちゃだ……」
 はき捨てるようにそうつぶやきながら。
 本来ならば、この扉は、特別な言語で書かれた封印の言葉で守られている。
 決して、この扉が開かれぬよう。
 誰も立ち入ることの許されていない禁じられた苑だから。
 そして、ここに何があるのか、限夢人なら、誰でも知っているだろう。
 だからこそ、恐れて、誰も近寄ろうとしないのに……。
 しかし、今、恐れ知らずにも、はたまたたんなる馬鹿なのか、この禁じられた苑に続く扉の封印を破った者がいる。
 こんなことが、起ころうなどとは……。
「どうやら、力のない者がむりやり破ったようですね」
 扉をぎゅっと握り締める世凪の横にすっと歩み寄り、梓海道は妙に静かにそう言った。
 その顔もまた、妙に落ち着き払っている。
 もともと、世凪ほど気性の荒い方ではなかったけれど……。
 このような光景を目の当たりにして、ここまで冷静でいられるなど、この梓海道という男が、少々恐ろしくも感じる。
 今回のこれが、どれだけ大変なことか、当然心得ているはずであろうに。
「そういうところだろうな」
 世凪もまた、梓海道につられるかのように、ふっと落ち着きの色を見せた。
 先ほどまでの怒りの色は、何故だか見えない。
 それは……もしかすると……あまりもの怒りのために、怒りを通り越し、妙に悟りきった境地にでも至ってしまった……ということなのだろうか?
 世凪はそうつぶやくと、すっと扉から手をはなし、ゆっくりと、一歩、禁苑の中へと足を踏み入れた。
 瞬間、ぴりっと体中に電撃が走りぬけたような気がする。
 神聖な気をまとう痛みのような……。
 心が妙に、厳かになる。
 それは、どうやら世凪だけではなかったようである。
 ともにやってきていた、莱牙、華久夜、梓海道もまた、一歩足を踏み入れた瞬間、複雑に苦く笑っていたから。
 ただ一人、柚巴だけが、不思議にけろりとした顔をしていた。
 むしろ、その気に溶け込むように、身をまかせているようで……。
 融合している。
 世凪たちの目には、そのように見えていたかもしれない。
 そうやって、世凪たちは、禁苑を奥へと進んでいく。
 うっそうと生い茂る木々から守るように、世凪はそのマントの中に柚巴を包み込んでいる。
 莱牙もまた、華久夜をかばうように、うっとうしげに木々を掻き分けて進む。
 そんな四人の後を、梓海道がついていく。
 そして、木々の戒めから逃れると――
 目の前に広がった世界は、目を見張るものだった。
 虹色に輝く花々が咲き乱れている。
 扉で見たあの虹色の光は、目の錯覚などではなかった。
 これだったのだと、妙に悟った気持ちになる。
 目の前に広がるその世界は、まるで理想郷。
 そんな言葉が似合いそうな花園だった。
「ここが禁苑? ……きれいなところね」
 そのあまりもの美しさに、思わず、柚巴はそうぽつりとつぶやいていた。
「きれいなのは見た目だけだ。ここは、世界を左右する恐ろしい場所だ」
 すると、すかさず世凪が、苦々しくそう答える。
 そしてまた、すっと柚巴をマントの中へと引き戻す。
 それは……何かから柚巴を守るかのように。
 何から守ろうとしているのかはわからない。
 しかし、何かから守らねばならないような気がする。
 その何かが、一体何なのかはわからないのに……。
 不思議なことである。
 心がざわつく。柚巴を失いたくない。
 そんな不安が、世凪の中を駆け抜けていく。
 一体……何をそんなに恐れているというのだろうか?
「え……?」
 世凪の言葉に、柚巴はマントの中から、不思議そうに世凪を見上げた。
 見上げた世凪の顔は、やはり、どことなく苦しそうで、切なそうで、悲しげだった。
 不安……。
 それが、簡単にみてとれるような――
「この禁苑中央にはね、(ぎょく)というものがあって、それを使うと、この限夢界を破滅に追いやることができると言われているのよ」
 そんな柚巴と世凪の横で、莱牙に肩を抱かれながら、華久夜がぽつりとつぶやいた。
 柚巴に説明するように。
 そして、それにより、これから彼らが何をしようとしているのか、柚巴はわかったような気がした。
 恐らく、彼らは――
「破滅……?」
 世凪のマントの隙間から、少し顔をのぞかせ、柚巴は怪訝に顔をゆがめた。
 今、華久夜から発せられたそのことを、まだいまいち信用しきれていないようである。
 半信半疑といった様子。
 告げられたそれは、あまりにも恐ろしいことだったから……。
 あまりにも現実ばなれしたものだったから……。
「ええ。その(ぎょく)を破壊すると、同時に限夢界が吹っ飛ぶのですって……」
 しかし、華久夜は、かまわず淡々と続けていく。
 まるで、そうすることが当たり前のように。
 事実、限夢人、とりわけ王族の彼らにとっては、それは当たり前のことなのかもしれない。
 彼ら王族は、一般の限夢人よりも、もっているその知識ははるかに多い。
 このことは、施政者に必要な知識の一つかもしれない。
「そんなに恐ろしいものが、ここに!?」
 世凪のマントの中からのぞかせていた柚巴の顔が、驚きの色を見せる。
 そして、きゅっとマントを握り締める。
「ええ。だから、今からその(ぎょく)を確かめに行くのよ。誰かが、何かの細工をしているかもしれないからね」
 世凪のマントの内で守られる柚巴に向かい、華久夜は相変わらずさらっとそう言った。
「……わかった」
 柚巴は、ただ静かに、それに答えるだけ。
 やはり、あの時わかったような気がしたあのことは……間違いではなかった。
 できればあたって欲しくなどなかったが……。
 誰かが、その(ぎょく)とやらを使い、この世界を破滅に追いやろうとしている。
 そして、世凪たちは今、その不逞の輩の退治に向かっている。
 世界の破滅を食い止めるため。
 それは、命をかけた、世界を守るための戦い。
 相手は一体、どれほどの者なのだろうか。
 この世界を破滅に追いやろうなど、尋常ではない。
 何故、そんな恐ろしい発想にいたったのだろうか。
 柚巴には、それがまったくわからなかった。
 しかし、わかっていることも一つある。
 世界の破滅。
 柚巴たちが、それを食い止めなければならないということ。
 そうやって、重苦しい空気を漂わせ、柚巴たちは、(ぎょく)へ向かい、着実に歩みを進めていく。


* TOP * HOME *
update:04/09/04