世界の終わり
(2)

 しばらく行くと、虹色の花園の中、拓けた場所があった。
 淡い光を発する、花のない場所。
 円形状に広がっている。
 そして、その中央に、不思議な色の光を放つ、両手にすっぽりおさまるほどの大きさの(たま)があった。
 それが、恐らく(ぎょく)だろう。
 柚巴は、その(たま)に、一瞬目を奪われたような気がした。
 ふわふわとした、不思議な感覚に襲われる。
 しかし、次の瞬間には、その場にぴりりとした空気が張り巡らされていた。
「伽魅奈……!!」
 憎らしげに叫ぶ、世凪のその声が響く。
 見れば、(ぎょく)のすぐそこには、手に槌のようなものを持つ伽魅奈がいた。
 そして、今にも(ぎょく)にそれをたたきつけようとする様だった。
 伽魅奈は柚巴たちの姿を目にすると、くすりと不気味に笑った。
「あら、遅かったですわね? もう少し早く気づいてくれると思っていましたのに。拍子抜けですわ」
 そう言うと、今度は高飛車に大笑いをはじめる。
 あ〜はははははと、やはり不気味な笑い声が、その場一帯を覆いつくす。
 ぞくりと、身の毛がよだつような笑い声である。
「お前は、一体何をするつもりだ? ……いや、聞かなくてもわかるな。それを見れば……」
 静かに、だけど怒りを込めて、世凪がそう問う。
 すると、期待通りの言葉だったのか、伽魅奈は愉快そうににやりと微笑んだ。
「ええ。ご想像通りですわ、王子。だけど、王子がわたくしの言うことをきくとおっしゃるのなら、やめてさしあげてもよくってよ?」
 そうして、手に持つ槌をくるんと一回転させる。
 その様がまた、妙に癪にさわるものだった。
「言うこと……?」
 ぎりりと奥歯をかみしめ、世凪が声をしぼりだす。
 怒りのために、かすれたような声だった。
「そこの人間の女などやめて、わたくしと結婚してくださいな!」
 瞬間、叫ぶように、伽魅奈はそう言っていた。
 そして、恐ろしい形相で、ぎろりと世凪のマントの内にいる柚巴をにらみつける。
 そのにらみを受け、柚巴は体をびくっと震わせていた。
 同時に、柚巴を抱く世凪の腕に力がこもる。
「馬鹿馬鹿しい。まだそのようなことを言っているのか。お前では無理だ。妃は務まらない。第一、俺にはまったくその気がない。言ったはずだぞ。俺が愛しているのは、柚巴ただ一人だ」
 そう言って、あっさりと伽魅奈の望みを打ち砕いた。
 あまつさえ、ふんと馬鹿にしたような笑いを添えて。
 それに、伽魅奈が怒りを覚えないはずがなかった。
 ぎりっと唇をかみしめ、そしてふっと気味の悪い笑みを浮かべる。
「……わかっていますの? わたくしがこれを振り下ろせば、この世界は……」
「そうすれば、お前もただではすまんだろう?」
 伽魅奈のその言葉にも、世凪はさらりとそう答える。
 たしかに、世凪の中では、世凪の相手は、もう柚巴以外考えられない。
 いや。そうではなく、今重要なことは……。
 この自棄を起こしたような、正気を失ったような伽魅奈を、なんとかしなければならない。
 ことごとく、この上なく憎らしく腹立たしい相手を。
 こんな常軌を逸したようなことをしでかす奴の相手をしなければならないのかと思うと、はらわたが煮えくり返りそうになる。吐き気がする。
「王子と結婚できないのなら、同じことですわ!」
 世凪の言葉に、狂ったように伽魅奈がそう叫んだ。
 もう駄目だ。
 伽魅奈には、もう何を言っても無駄かもしれない。
 そのような空気が、そこにたちこめた。
 王子の妃になる。
 それだけを望み、ここまで道を踏みはずすことができるとは……。
 なんと恐ろしい、人の欲望だろう。
 伽魅奈を見ていると、次第に気の毒に、悲しくなってくる。
 そんなに思いつめるまで……そんなになるまで、王子の妃を望んでいたのか。
 王子の妃=Bその肩書きを手に入れることを……。
「あ、そ。じゃあ、やれば? 俺は何と言われようが、柚巴を諦める気はない」
 しかし、世凪にとっては、そんな伽魅奈などどうでもよいらしい。
 あくまで、そうきっぱりと言い切る。
 それに、慌てて柚巴が世凪を凝視した。
 それ以上あおって、何になると。
 それ以上、あおっては駄目だと。
「せ、世凪!?」
 不安げに、世凪の胸の辺りをつかむ。
「本当にそんなことを言っていいの!? 破滅しちゃうのでしょう?」
 手ににぎる衣の感触が、妙にかたく冷たいような気がした。
 普段は……そう感じないのに。
 やわらかく、あたたかく感じるのに……。
 ぞくりと、とりとめのない恐怖が広がっていく。
 不思議である。
「大丈夫だ。あの女には、そんな度胸はない」
 不安げに見つめてくる柚巴に、世凪はふっと微笑みかけた。
 それは、今の今まで、射殺さんばかりに伽魅奈をにらみつけていた世凪のものとは、とうてい思えないものである。
 にらみつけるとともに、呆れたふうでもあった世凪。
 世凪が、人を馬鹿にするその場面は、これまでも散々見てきたが、ここまで心から嫌悪しているような姿は見たことがなかった。
 柚巴には、それがどこか恐ろしいような気がした。
 世凪は、もしかすると、はかり知れない、何か恐ろしいものをその内に秘めているのではないか……。
 それは、生まれながらに備わっている王者の風格なのか。
 それとも――
「なっ……! なんですって!? このわたくしでも、これに力を込めれば、こんな(たま)くらい簡単に壊せましてよ!!」
 世凪の言葉に、伽魅奈はとうとうぶち切れてしまった。
 狂ったように叫び散らす。
 そして、槌を握るその手に、ぎりっと力がこめられる。
 あまりもの力に、槌の持ち手がびびっと音を立てた。
「もう、終わりだな。どうせ最初から無駄だとは思っていたが……」
 そのような伽魅奈に、世凪は氷のように冷たく言い放つ。
 終わりだと。
 伽魅奈はもう終わったと……。
 やはり、それが、柚巴はどこか悲しく思えてしまった。
 一体、何がそこまで、伽魅奈を追い込んだというのだろう。
 王子の妃。
 それだけでは、説明がつかないような気がする。
 もっと、何か違った他の……。
 それは、どうやっても、柚巴には知ることができないことだろう。
「世凪……?」
 きゅっとその体を世凪にすり寄せる。
 怖い。恐ろしい。
 何故だか、今ここにいるのが、とてつもなく恐ろしく感じる。
 狂ったような悪意を全身に受け、柚巴の体は引きちぎられそう。
 何故。どうして……。
 そんな思いが、頭の中を駆け巡る。
()ってしまおう。あれは、生かしておくには害がありすぎる」
 世凪のすぐ後ろで、冷たい莱牙の声がした。
 どうやら、莱牙も世凪に異論はないらしい。
 世凪同様に、伽魅奈を完全に見放している。
 まあ、もともと、莱牙には、伽魅奈に寄せる情など、これっぽっちもなかったが。
「ら、莱牙さまも!?」
 さらに世凪にぎゅうと抱きつく柚巴の口から、そんなどもった言葉がつぶやかれた。
 何故。どうして。この二人は、そんなにあっさりと、そんな恐ろしいことが言えるのだろうか。
 柚巴には、世凪と莱牙の考えがまったくわからない。
 それが、悲しい。そして、怖い。


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update:04/09/08