世界の終わり
(3)

「あれくらい、世凪だけで十分よ。お兄様」
 柚巴に追い討ちをかけるように、華久夜まで、そうのようにさらりと言い捨ててしまった。
「そうですね。世凪さまにとっては、たわいもありません」
 それに続け、梓海道も妙に落ち着き払って、冷たく言い放つ。
「あなたたちまで……!?」
 柚巴は、驚愕の色を見せる。
 もう、ここにいる誰もが、伽魅奈の始末……死を望んでいるというのか。
「駄目よ。そんなことをしては……! ねえ、みんな、そうでしょう!?」
 がばっと世凪からはなれ、柚巴は懸命にそう問いかける。
 最後の願いをこめて。
 これが叶わなければ……恐らく、やる。
 世凪のことだから。莱牙のことだから……。
 彼らは、そのようなものを持ち合わせている。
 害をなす者は、容赦なく切り捨てる。
 それが、いずれは、世界を統べる者というものなのだろうか。
「あなた方、わたくしを馬鹿にするにもほどがありましてよ!? いいですわ。そこまで言うのなら、壊して差し上げてよ……!!」
 伽魅奈はそう叫び、槌を振り上げた。
「馬鹿な奴だ……」
 冷え切った世凪のつぶやきがもれる。
 同時に、世凪の手には、青白い光を放つ玉ができていた。
 半透明で、もやのかかったような不思議な玉。
 そして、それを伽魅奈めがけてなげつけられるようにかまえる。
「いくぞ……!!」
「だめーっ!!」
 瞬間、世凪の手から光の玉がはなれ、伽魅奈に向かって飛んでいった。
 柚巴の悲痛な叫びが響き渡る。
 凄まじい轟音とともに、砂煙が巻き起こる。
 伽魅奈が今の今までいたそこは、それに覆われ、見ることができない。
 深い霧に覆われたようになっている。
 全てが、塵になった……。
「終わったわね」
「ああ。あっさりとしたものだ」
 その景色を前に、華久夜と莱牙の冷たい言葉が染み入る。
 全てが……終わった。
 あっさりと、反逆者伽魅奈は塵になった。消えた。消滅した。
 世凪のほんの小さな力の結晶のために。
「ちょ、ちょっとお待ちください! ゆ、柚巴さまのお姿が見当たりません!!」
 しかし、次の瞬間には、(くう)を切りさかんばかりの、梓海道の悲痛な叫び声が上がっていた。
 世凪、莱牙、華久夜の顔が、一瞬にして青ざめる。
「まさか……!!」
 まさか、柚巴は……!?
 あの柚巴のことだから、その最悪な事態も……あり得る。
 四人の顔から、一瞬にして血の気がひいていく。
 砂煙のそこに、必死に目をこらす。
 すると、砂煙の中から、ぼんやりと影のようなものが浮かび上がってきた。
「ゆ、柚巴!?」
 その影は、柚巴だった。
 砂煙の中、柚巴はそこにいた。
 伽魅奈をかばうように抱き、砂煙の中にいる。
 ……ということは……すなわち……?
「ま、まさか、そんな!?」
 世凪は、愕然とした。
 まさか、この世でたった一人愛しい存在を、自らの手にかけてしまったのか……。
 世凪にとってはあの程度≠フ力でも、十分に人を殺められる。
 特に、限夢人よりもはるかに弱い存在である人間ならば……ひとたまりもない。
 ただ、不思議なことに、たしかに塵にできるだけの力をこめたはずなのに……柚巴はその形をとどめている。
 伽魅奈もまた、そうである。
「違うわ! 柚巴は無事よ……!!」
 華久夜の、驚きと喜びを複雑にからめたような叫び声が上がった。


 柚巴は、華久夜の言葉通り無事だった。
 見た限りでは、傷一つ負っていない。
 しかし、ゆっくりと上げられてきた柚巴のその顔は、自分が無事であることに驚きを隠せないでいる。
 それはすなわち、死を覚悟して、そこまではいかなくても、相当の負傷を覚悟して、飛び込んだというのだろうか?
 本当に、気をもむ竜桐や由岐耶たちではないが、柚巴のこの無鉄砲なところには、ほとほと困りものである。
 まわりの者の身にもなってもらいたい。
 今回は、無事のようだからよいものの。
「柚巴……。お前、結界をはったな?」
 ゆっくり立ち上がり、そしておろおろと世凪を見つめる柚巴に、世凪は無表情にそう言った。
 そして、柚巴のもとまでくると、すっと柚巴を抱き寄せる。
 優しく、労わるように。
 その胸に、愛おしく。
「え……? 結界!? 何、それ?」
 世凪の腕の中、柚巴はさらに驚く。
 世凪が、一体何を言っているのかわからないというように。
 その言葉は聞いたことがあるけれど……だけど……。
 だからって、柚巴がそんなことをできるはずがない。
「……無意識のうちにしたのか……」
 はあとため息をもらし、世凪は苦笑してみせる。
 本当に、柚巴は、一体、どこまでその力を見せつけるというのだろうか。
 本人の意識していないそこで。
 世凪の言葉通り、光の玉の衝突の瞬間、柚巴と、柚巴のかばった伽魅奈には、淡い桃色の光の結界ができ、その周辺だけを衝撃から守っていた。
 あまりにも一瞬の出来事すぎて、それは誰の目にもとまらなかったけれど……。
 そうやって、おとなしく世凪の胸に抱かれ、柚巴はやはり首をかしげる。
 こういうところが、さらに愛しさを感じさせるのだよなと、世凪は早々に、別なことを考えはじめていた。
 その顔が、あまく、だけど複雑に笑みを浮かべている。
 一方、柚巴にかばわれ、その命を拾った伽魅奈は、今もって地面にぺしゃんと座りこみ、放心状態である。
 恐怖のあまり、がくがくと震えることすらなく、呆然とその目をどこか遠くへと馳せている。
「……伽魅奈姫……?」
 そのような伽魅奈に気づき、柚巴は心配そうに声をかけた。
 まったく、この柚巴という少女は、一体どこまでその情けがあるのだろうか。
 馬鹿にもほどがある。
 愚かしいほど、慈しみの心を持つ少女かもしれない。
 そこがまた、愛しさを増す。
 柚巴が、心配そうに伽魅奈の様子をうかがった時だった。
 伽魅奈は、放心状態から瞬時にきっと顔を強張らせた。
 そして、胸元から、短刀をすっと取り出し、柚巴めがけて振りかざしてきた。
「死ね……!!」
 憎らしげにそう叫び、柚巴めがけて短刀を振り下ろす。
 柚巴は、いきなりのことに何も反応できなかった。
 世凪もまた、どこか涼しい顔をして、何の動きも見せようとしない。
 その胸に、柚巴を抱いているにもかかわらず。
 いや、突然のことすぎて、世凪ですらも動けなかったのかもしれない。
 万事休す。


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update:04/09/13