求められる協力
(1)

 比礼界。
 その世界の暗く不気味なそこで、不穏な動きが起こっていた。
「……王は、限夢界に救援を求めたようだ」
 ひたりひたりと、ごつごつした天井から滴り落ちる、たくさんの水滴。
 薄暗いそこは、燭台の灯りだけで、どうにか明かりをたもっている。
 ここは、どうやら洞窟の中のように見える。
 天井から頭をたれる、その鳥のような黒い生き物から察すると。
 それは、ところ狭しとたれ下がっている。
 また、濡れてすべりやすくなった地面は、きらきらと淡い光を発している。
 それは、この世界特有の植物により。
 人はそれを、光苔(ひかりごけ)と呼んでいる。
 暗い洞窟の中、微かに発光する不思議な苔。
「……いよいよ、この世界も危なくなったということだな」
 そして、苦々しげにそんな言葉が洞窟内に響く。
 息をのむような気配が、そこを支配した。


 一方、こちらも比礼界。
 しかし、先ほどとは違い、そこは荘厳な雰囲気をかもしだしている。
 比礼宮。
 ……いや、宮というよりは、城という言葉が似合うかもしれない。
 限夢界のそれは、古代東欧の神殿のような雰囲気をかもしだす造りだけれど、こちらは、まるで要塞という言葉が似合いそうな城だから。
 限夢界とて、すぐに人目につく正門辺りは、高い塀に囲まれ警備厳しそうに見える。
 しかし、奥に行けばいくほど、神殿のような造りになっている。
 それは、王宮にある神域が影響しているのだろうか。
 それとも、限夢界の気風なのだろうか。
 こちらの世界とは、正反対のように見える。
 この城の中には、どこかぎすぎすとした雰囲気が充満している。
 ぐっと胃がしめつけられるようである。
 柚巴は、そこの貴賓室に通されていた。
 ふかふかのソファにちょこんと浅く腰かけ、そわそわと落ち着かない様子である。
 そんな柚巴の膝の上で、鬼栖が心配そうに柚巴を見ていた。
 今ではすっかり、柚巴のかわいい――かわいい!?――ペットと化してしまった鬼栖が、ご主人様である柚巴の様子に、つきんと胸に痛む思いを抱く。
 なんとかしてやりたい。
 そんな気持ちにもなっていたかもしれない。
 何だかんだと言いつつ、優しい笑顔で抱いてくれる柚巴が好きだから。
 そして、そんな柚巴の笑顔を見ていたいから。
 せっかく柚巴との二人だけの時間なのに……なんだかもったいない。
 鬼栖は、やるせなくなり、ぐりっと柚巴の胸に体をおしつける。
 この世でたった一人、大切なはずの存在の柚巴を、あのどこかの馬鹿王子は簡単に手放してしまったのかと思うと、はらわたが煮えくり返るような思いである。
 帰ったら、拳の一発や二発、蹴りの三発や四発、あの超ムカつく馬鹿王子に入れてやると、鬼栖はかたく誓った。
 そんなもの……絶対に無理に決まっているにもかかわらず。
 そうやって、柚巴の腕の中、世凪への怒りに身を焦がしていた時だった。
 ふいに扉が三度ほどノックされ、柚巴の返事も待たずに開けられた。
 そして、そこから覇夢赦が姿を現す。
「お待たせいたしました」
 そのような覇夢赦をちらっと見て、柚巴またすっと視線をそらす。
「いえ……。ところで、どうして、わたしをここへ連れてきたのですか?」
 ぎゅうと鬼栖を抱きしめ、柚巴はそう尋ねる。
 まるで、鬼栖だけが頼りのように、柚巴は抱きしめた鬼栖のまん丸で毛むくじゃらの体にきゅっと顔をうずめる。
 そして、そこから、きっと覇夢赦をにらみつける。
 そんないつもとは違う柚巴の様子に、鬼栖はやはり心配せずにはいられなかった。
 恐らく、強がってみせても、不安で不安で仕方がないのだろう。
 そして、鬼栖は新たに決意する。
 ここで柚巴を守れるのは鬼栖だけなのだから、力の限り、命の限り、柚巴を守ってみせると。
 ほんの少し前まで、柚巴を食べてやろうと虎視眈々と狙っていた者の考えとはとうてい思えない、そんな思いを鬼栖は抱いていた。
 柚巴の腕の中から、憎らしげにぎろりと覇夢赦をにらみつける。
「警戒心むきだしですね?」
 覇夢赦は、肩をいからせる柚巴に、そう苦笑してみせる。
 そんなに警戒しなくても、とって食ったりなどしないのに……とでも言いたげに。
 しかし、そんなものくらいでほだされるほど、柚巴も馬鹿ではない。
「警戒するな、という方が無茶だと思います」
 冷たくそう返した。
 そして、つんと顔を背ける。
 そのような柚巴のつれない態度に、覇夢赦はやはり苦笑いを浮かべる。
「たしかに……」
 そうつぶやいて。
 そして、ふっと表情を変え、真剣に柚巴を見つめてきた。
「――ただ……少し、あなたに興味があったのですよ」
 そう言いながら、一歩一歩、柚巴へと歩み寄ってくる。
「興味?」
 目の前までやってきた覇夢赦をにらみ上げるように、柚巴は問い返す。
 すると、覇夢赦は柚巴の前に跪き、すっと手をのばしてきた。
「はい。あの限夢界の王子をとりこにしたというあなたに……」
 そうやって近づいてくる覇夢赦の手に、柚巴はびくんと体をふるわせる。
 同時に、柚巴の腕の中、鬼栖が「きしゃあ〜!」と、威嚇の声を上げる。
 あと少しでもその手を柚巴に近づけたら、食いちぎってやる!とでも言いたげに。
 一人と一匹の、必要以上のその警戒に、覇夢赦は仕方なく手を戻していく。
 そして、肩をすくめる。
「やれやれ。これでは、話もできない」
 そう言って、ため息まじりにふっと微笑を浮かべる。
 それから、すっと立ち上がった。
 覇夢赦のその行動に、このまま退いていくと思い、柚巴は気づかれぬように小さく胸をなで下ろした。
 そしてまた、警戒心を新たにする。
 鬼栖はといえば、相変わらず、きしゃあきしゃあと奇声を発している。
「わたしには、あなたと……そして世凪の考えていることがわかりません。だけど、これだけはわかります。……何か……とてつもなく嫌な予感がするのです」
 そう言って、うなる鬼栖を再びぎゅっと抱きしめる。
 不安そうに、鬼栖の体にまた顔をうずめた。
 すると鬼栖は、急に静かになり、もやしのようなその手で、柚巴の頬に心配そうに触れてくる。
 そして、なぐさめるように柚巴の頬をさする。
 その異様な光景を見て、覇夢赦があからさまに顔をゆがめた。
「……それは、小悪魔ですね。人間のあなたにとっては、天敵のはずでは?」
 まるで、先ほどの柚巴の言葉を誤魔化すかのように、覇夢赦はそう言う。
 そうしてまた一歩、柚巴へと近づく。
 当然、鬼栖のぎょろんとしたにらみが覇夢赦に向けられた。
 柚巴に近づくな、柚巴は俺様のものだ!と言いたげに。
 そのような、一方的に火花を散らす鬼栖の目を手ですっと覆い、柚巴は静かに答える。
「まさか……。鬼栖ちゃんはいいこですよ。そう……。たとえば……」
 そして、鬼栖の目からその手をどけた。
 瞬間、鬼栖は、ぐわあっと、凄まじい勢いで覇夢赦を威嚇した。
 その鬼栖の行動に、覇夢赦は、一瞬驚いたような表情を見せる。
「こんなふうに。わたしを助けてくれるのですよね?」
 そんな覇夢赦に追い討ちをかけるように、柚巴がにっこりと微笑んだ。
 そのような絶妙のコンビネーションを見せられ、覇夢赦は再び肩をすくめる。
 よく調教されていますねとでも、言いたげに。
「……仕方がありませんね。それでは、はぐらかさずに本当のことをお話しいたしましょう」
 そう言って、すぐ横にあったソファにすっと腰をおろした。
 そして、どこか嫌みたらしく、すっと足を組む。
「だから、最初からそうしてって言っているじゃない」
 覇夢赦のその行動と言葉に、柚巴はむっと眉を寄せる。
 どうやら、柚巴にとっては、これはなかなか腹が立つものらしい。珍しいことに。
 あの世凪や莱牙のムカつく振る舞いには、そうたいして……全然腹を立てない柚巴なのに……。
 そうすると、すなわち、覇夢赦は、柚巴にとって、生理的に好かない相手……というところになるのだろうか?
 柚巴のそんなあからさまな態度にも、覇夢赦は動じた様子はなかった。
 むしろ、さらに腹立たしく不敵に微笑む。
「実は……あなたをここにお連れしたのは、あなたに是非ともご協力願いたいことがあったからです」


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update:04/11/07