試された少女
(2)

「ありがとう。鬼栖ちゃん……」
 懸命に柚巴を慰めようとする鬼栖の思いが、ちゃんと伝わったらしく、泣き出しそうなその顔で、柚巴はにこっと微笑んでみせる。
 それに、また、鬼栖の胸がきゅんと悲鳴を上げた。
 さっきよりも、少し大きく。
 その時だった。
 たしかに触れていた柚巴の感触が、その体から消えた。
 同時に、柚巴の胸の中から、黒いふわふわの球体も姿を消していた。
 柚巴と鬼栖が、その突然のできごとに、同時に驚く。
 すると、次の瞬間には、こんな言葉が二人に降っていた。
「これは、わたしが預かっておきます。……邪魔ですからね」
 ゆっくりと、声のした方に視線を移すと……そこには、鬼栖を汚らしげにつまみあげる覇夢赦の姿があった。
 柚巴の顔から、さあっと血の気がひいていく。
 鬼栖は鬼栖で、突然のこのできごとに、半ば呆然としている。
「な……っ! はなしてよ! 鬼栖ちゃんはものじゃないのよ!!」
 鬼栖をつまみあげる覇夢赦のその腕に、柚巴はつかみかかっていく。
 しかし、覇夢赦はすっと一歩後退し、柚巴のその手からやすやすと逃れる。
 そして、にやりと不気味に微笑む。
「こんなもの、ものと同じですよ」
 そうはき捨て、あいたもう一方の手を、鬼栖にかざした。
 その瞬間、鬼栖の姿が、すうと消えていく。
 まるで、この暗い景色に溶け込むように。
 不気味に微笑み、柚巴を見つめる覇夢赦の後ろでは、松明が煌々(こうこう)と燃えている。
 ぞくりと、背筋に嫌なものがはしる。
「き、鬼栖ちゃん!?」
 ふるえる声で、消えてしまった鬼栖の名を呼ぶ。
 すると、それに続きすぐに、覇夢赦が涼しい顔でさらりと言った。
「大丈夫です。死にはしません」
 そして、その手を、柚巴へとすっとのばしてくる。
 びくんと、柚巴の体が震える。
 体全部で、覇夢赦というこの男を拒絶する。
 それに、覇夢赦は苦く笑う。
「……一体、何を考えているの? 危機だとか協力だとか言って……あなたのしていることは……」
 ぎりりと唇をかみながら、柚巴は憎らしげに覇夢赦をにらみつける。
 危機だとか、協力だとか言っておきながら、覇夢赦のしていることは、まるで……。
 柚巴を苦しめているだけ。
 苦しめて、楽しんでいる。
 協力を求めているのではない。
 これではまるで、宣戦布告されているようなもの。
 こらえきれない悔しさがわきあがり、あふれてくる。
「はて? わたしのしていることは、何でしょう?」
 そんなしらじらしい言葉を、にやにやと嫌味に微笑み、はく。
 そのような覇夢赦に、柚巴の怒りはますます募っていく。
 たとえ本当にこの世界が危機だとしても、柚巴の力が必要だとしても、こんな男のために、力を貸したくなどない。
 そんな醜い思いが、柚巴を蝕んでいく。
 ここまで汚い感情、柚巴は今まで感じたことがなかった。
 どうしてこの男には、こんな嫌な思いばかり抱くのか……。
 それは、この男が、地獄の支配者だから?
「さて。では、あなたにも来てもらいましょうか」
「え……?」
 突然のその言葉に戸惑う柚巴の腕をぐっとつかみ、自分の方へと引き寄せる。
 そして、ふわりと柚巴の頬を冷たい指でなぞり、意味ありげな視線を落としてくる。
 それに、柚巴が怪訝な表情を浮かべると、今度は腕をひき、ずんずんと歩き出した。
 それにひきずられるように、柚巴は前のめりになりながら、覇夢赦につれられていく。
 ごつごつとした石の床は、意図しなくても、柚巴に足をとらせる。
 不安定なその体勢で引っ張られると、何度となく、そのトラップにはまってしまう。
 つまずき、こけそうになる柚巴の腕を強引にひき、覇夢赦は変わらず歩みを進める。
 床も壁も、石を組み合わせ造られたその薄暗い廊下を、どれだけ歩いた頃だろうか。
 それまで以上に暗い、ある一角へやってきた。
 そこは、袋小路になっている。
 右も左も、ましてや前に進むこともできない。
 後方を除いた三方は、壁で囲まれている。
 覇夢赦はそこでぴたりと足をとめ、はあはあと息を切らせる柚巴を一瞥する。
 そして、柚巴の腕をつかんでいない方の腕をのばす。
 ちょうど、柚巴の視線よりは高く、覇夢赦の視線にぴったりなそこの壁に、すっと手をかざした。
 すると同時に、ぎぎぎ……みし……ぎ〜という、不気味な音を鳴らせ、壁がひとりでに動き出した。
 重たそうに沈んでいく。
 その動きが完全にとまる頃には、ちょうど覇夢赦の足元あたりに、人一人がようやく通れるくらいの小さな穴があいていた。
 のぞく底は、漆黒の闇を映し出している。
 まるで、のみこまれそうな闇が、そこに広がっている。
 ごくっと、のどの奥が鳴る。
 息をのむ柚巴に、覇夢赦は気づいているにもかかわらず、それには気づかないふりをして、穴の中へと進んでいく。
 カツーンと、甲高い、靴底が地を蹴る音が穴の中に響く。
 そのどんよりとした闇の中では、前後不覚になってしまう。
 覇夢赦に腕をひかれるまま、やはりおぼつかないその足取りで、穴の奥へと進んでいく。
 その穴は、どうやら地下へと続いているらしく、ごつごつとした崩れかけの階段が、螺旋状に続いていた。
 底知れぬ不安にかられながら、しかし、覇夢赦から逃れることもかなわず、柚巴は腕をひかれていく。
 その闇の中で、一体、何度足をとられ、ころびそうになったかわからない。
 そして、延々と続くかと思われるその階段をおりきった時、ようやく、目に少しの光が入ってきた。
 それと同時に、視界も広がる。
 しかし、それは、決して良いことだとはいえなかった。
 何しろ、ようやく光を取り戻した柚巴の目に飛び込んできたそれは――
 牢。
 それだったから。
 赤く錆びついた牢の扉が、ぎいぎいと嫌な音を鳴らせ、ゆれている。
 ここには、風の一つも吹いていないというのに、それがゆれている。
 とても、奇妙な気分にとらわれる。
 その時だった。
 つかまれている腕がぐいっとひかれ、それと同時に、柚巴はその錆びついた扉から、牢の中へと放り込まれていた。
 ぐらりと体のバランスを崩し、どさっと床に倒れこむ。
「きゃ……!!」
 倒れた床は、もう長い間使われていなかったことを思わせるように、苔むしている。
 湿気の、嫌なにおいが鼻をつく。
 上体を起こすと、目の前で、錆びついた扉が、ガシャンと冷たく閉じられてしまった。
 慌てて立ち上がり、柚巴と覇夢赦を隔てる柵へと駆け寄る。
 そして、ぎろりと覇夢赦をにらみつける。
 言葉にはしなくても、それだけで、十分覇夢赦を非難している。
 しかし、覇夢赦は、柚巴のそんなにらみも涼しい顔で受け流し、くすりと笑った。


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update:04/12/25