募る焦燥感
(2)

「ここは相変わらず、嫌な気が漂っているな……」
 比礼界の真っ暗な上空に、そうつぶやく赤い髪の男の姿があった。
 その男がまとうマントは、空の色と同じで、闇にとけこんでいる。
 男の体をすっぽりと覆い、赤い髪だけが、妖しげに風にゆれている。
 まるで、鮮血が流れるように。
 そして、その男の傍らには、この不気味な空の中でも、きらきらと銀色にまばゆい光を放つ男が一人。
 なんとも、悪目立ちする男たちである。
「それで、これから、一体どうするつもりだ?」
 その男たちの前に、ふわりと紫色が現れた。
 闇に浮かぶ、紫の髪。
 赤と銀には劣るけれど、その紫もいやにこの闇には映えて見える。
「……もちろん、王城にのりこむ」
 赤い男は、ふっと不敵に微笑み、眼下にある王城をにらみつけた。
「って……お前、正気か!? あの覇夢赦王の城だろ!? そう簡単にのりこめるわけがない。門前で打ち負かされるのがおちだ」
 紫の男は、赤い男の胸倉をぐいっとつかみ、思いきり馬鹿にしたようにそう叫ぶ。
 たしかに、赤い男……世凪の言っていることは、狂気じみている。
 警備厳しい比礼城に、この人数で正面からのりこもうなどとは。
「しかし……やるしかないだろう? てっとりばやく、柚巴を取り戻すには」
 胸倉をつかむ莱牙の手を乱暴に振り払い、世凪はにやっと不気味に微笑む。
 妙に自信に満ち、勝ち誇ったようなその顔。
 それを見て、莱牙は、手を振り払われたことに怒りを覚えることさえ忘れるほど、この横暴王子にあきれ返ってしまった。
 よくもまあ、そんなむちゃくちゃなことを得意げに言えるものである。
 はあと、盛大にため息をもらす。
 もちろん、あきれ返ってしまったのは、莱牙だけではない。
 まわりにぽつぽつと浮かぶ、とりどりの色たちも、力なく肩を落としてしまっていた。
 この暴れん坊俺様王子様には、何を言っても無駄だと。
 たしかに、一度こうと決めた世凪を、誰も……たった一人を除いては、とめられる者などいない。
 そして、そのたった一人のとめられる者……少女は、今、ここにはいない。
 まさしく、今から彼らが取り戻そうとしている、その少女だから。
「はあ。わかったよ。まったく、お前にかかると……」
 べちんと自らの額に手をあて、莱牙はそうはき捨てる。
 柚巴を取り戻すことに関しては、異存はないけれど……まさか、そんな真正面勝負をするとは思ってもいなかった。
 直情型であるとはわかっていたけれど、こういうことに関しては、誰よりもまわりくどくて、卑怯な手段に出る男だと思っていたから。この王子様は。
 事実、この男には、前科がある。
 柚巴を手に入れるために、なんともまわりくどいことばかりをしてくれた。
 ぶつぶつと不平をもらす莱牙の両肩に、ぽんと二つの手がおかれた。
 どこか悟りきったように、ため息をもらし。
 複雑そうに微笑む紗霧羅と、あきれ返っている華久夜。
 二人とも、「諦めなさい。相手が悪いわよ」と、そう目で莱牙にいっている。
 それを見て、莱牙はくらりとめまいを覚えてしまった。
 そして、今目の前で微笑むその男が、この上なく憎らしくなる。


 ドドーン。
 比礼界の王城の一角……城門で、地を揺らすようなそんな大きな爆発音がした。
 それと同時に、一筋の煙が上がる。
 闇の空に、松明の灯りにぼんやりと浮かび。
 奇襲か!?と、城内に緊張が走る。
 そんな中、天幕が垂れるその薄暗い部屋で、水晶玉を前にしていた覇夢赦が、ため息まじりにつぶやいた。
「……やれやれ。まったく、あの男には困ったものだ」
 するりと水晶玉をひとなでして、気だるそうに椅子から立ち上がる。
 そうかと思うと、ずかずかと歩き出し、うっとうしげに天幕を乱暴にはらいのける。
「追い返すように言っておいたのに、役立たずどもめ!」
 ばさりとはらわれた天幕をくぐりながら、覇夢赦はいらだたしげにはき捨てていた。
 そして、闇の中へと身をとかしていく。


 かわって、こちらは、柚巴が監禁されている部屋。
 比礼界に来て通されていた貴賓室から、場所移りをさせられていた。
 城の一番北に位置し、小さな塔になっている。
 その最上階に、この部屋はある。
 まわりには、何故か、堀がめぐらされていて……。
 ここは、それを目的として建てられたように思えてならない。
 そう。誰かを閉じ込めておくために……。
 事実、この部屋には、外からがっちりと鍵がかけられている。
 そして、窓には鉄格子。
 この様子からすると……きっとこの塔自体にも、結界か何か、特殊なものが施されていると考えて、まず間違いはないだろう。
「な、なに?」
 大音響に驚き、柚巴はばっと窓に歩み寄る。
 そして、鉄格子のすき間から、広がる闇の世界を見下ろす。
 すると、どうやら、城門の辺りから、微かにのぼる煙のようなものが目に入ってきた。
 心なしか、あちらこちらで、小さな灯りが行きかっているようにも見える。
 恐らくそれは……松明を持った、この城に使える者たちだろう。
 さすがに、常闇の比礼界の住人とはいっても、灯りなしに動きまわることは難しいらしい。
 すべてをのみこんでしまいそうなこの闇の世界では、その闇に乗じて、小さな異変を見逃してしまいそうである。
 きっと、そうならないために、灯りを手に持ち、動きまわるのだろう。
「……何か……あったのかな?」
 当然、いくらにぶい柚巴といっても、あからさまなその変化に、何も感じないわけがない。
 しかし、所詮、柚巴の認識はその程度にとどまる。
 異変には気づけるけれど、さすがに、その内容まではわからない。
 こんな隔離された場所にいては、なおのことである。
 それにしても、あのたち上る煙は、一体、何なのだろうか?
「柚巴! 恐らく、これで少しは騒ぎになるだろう。そのすきに……」
 横にやってきて、一緒に窓の外を眺める鬼栖が、そう叫び柚巴を見上げてきた。
「うん、わかっているよ。……鬼栖ちゃん、お願いね?」
 それに答えるように、柚巴も窓の外から鬼栖にちらっと視線を移し、ぽつりとそうつぶやく。
 そしてまた、にらみつけるように、窓の外に視線を戻していく。
「まかせておけ!」
 そのような柚巴のすぐ下で、鬼栖は得意げに、ぽんと胸――あくまで、そうとれるだけ――を打つ。
 それから、ぴょんと窓から飛び降り、ぼんぼんと体を弾ませながら、鍵のかけられたこの部屋の扉へと突進していく。


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update:05/01/26