募る焦燥感
(3)

 どかっと大きな音が、部屋に響く。
 同時に、ぽーんとはじきとばされる鬼栖の体。
 扉に体当たりした鬼栖は、あっけなくはじき返されてしまったよう。
 くるんくるんと床を何度か回転した後、ぺしょっととまった。
 そして、すぐさま、むくりと起き上がる。
 恨めしそうに扉を見つめるも……扉に変化はまったくなかった。
 平然と、そこにある。
「……何故だ!? この俺様の突進がきかないとは……!」
 悔しそうにそう叫び、鬼栖は再び扉へと突進していく。
 しかし、扉にたどりつくまでに、鬼栖の体はふわりと宙を舞っていた。
 それから、あたたかくてやわらかいものに包まれる。
 どうやら、二度目の挑戦をしようとしたその時、見るに見かねた柚巴が、鬼栖を抱き上げてしまっていたよう。
 扉の前に立ち、ぎゅっと鬼栖を胸に抱いている。
 鬼栖は柚巴の胸の中、悔しそうに顔をゆがめる。
 柚巴に抵抗するそぶりすら見せず。
 これが、他の誰かにとめられたのであれば、鬼栖は間違いなく、意地でも、何度でも突進を繰り返していることだろう。
 しかし、相手が柚巴となれば、渋々、それに従わざるを得ない。
 何故だか、柚巴にだけは逆らえないから。
 不思議な力で操られているように。
「……結界……。結界がはられているようね? 今の鬼栖ちゃんの突進でほころびができ、わかるようになったわ……」
 片手に鬼栖を抱いたまま、柚巴はすっと扉に手をあてる。
 まっすぐに、扉を見つめ。
「結界だと!?」
 鬼栖は、柚巴の胸の中、ぎょっと柚巴を見上げた。
 まさか、この扉に結界がはられているなど、思いもよらなかった。
 ……いや。ほころびができたというその結界に、柚巴に言われるまで気づけなかった。
 小悪魔の中でも、上位に位置する鬼栖が気づけなかったそれに、柚巴はやすやすと気づけてしまったというのか?
 やはり、柚巴の従魔になると決めたあの時に感じた、底知れぬ恐ろしさ……いや、畏怖、畏敬の念は、気のせいなどではなかった。
 きっと柚巴は、鬼栖など及ばないほどの力を持ち合わせているのだろう。
 それは、普段はわからないが……有事になればわかる、ということだろうか?
 眠っているその力、覇夢赦ではないが――
 鬼栖は、至ってしまったその考えを振り切るように、ぶんぶんと首を乱暴に振る。
「うん……。何度か体当たりすれば、どうにかなるかもしれないけれど……。それじゃあ、そのうち気づかれちゃうし、鬼栖ちゃんの体がもたないからね」
 柚巴はつぶやくようにそうもらし、うーんと考えこんでしまった。
 しかし、鬼栖は逆に、その言葉を聞き、いっそうやる気が出てしまう。
 それはすなわち、鬼栖でも、柚巴の役に立てるということだから。
 多少の犠牲くらい、たいしたことはない。
 自分の体がぼろぼろになったとしても、ここから柚巴を脱出させることができるのならば……。
 今ここには、柚巴の助けになれるのは、鬼栖しかいないのだから。
 ならば、全身全霊かけたって、かまわない。
 柚巴を無事、脱出させられるのならば。
 鬼栖は、目の前の扉をきっとにらみつける。
「そんなものはわからないだろう! やれるだけやってみよう!」
 そう叫び、鬼栖はするりと柚巴の腕の中から抜け出す。
 そして再び、目の前の扉へと頭突きをくらわそうととびかかる。
 しかし、今度も、あっけなく柚巴に捕獲されてしまった。
 ぎゅうと柚巴の腕の中に抱かれ、「もう。めっ!」という、おしかりの眼差しをもらう。
「鬼栖ちゃん。無茶はしないで」
「しかし、柚巴!!」
 柚巴の腕の中で、もがもがともがき、鬼栖は非難の眼差しを柚巴に送る。
 たとえ無茶なことだとしても、可能性があるのならば……。
 これ以外に、方法がないのならば……。
 自分を犠牲にしたってかまわない。
「ここでは、わたしには鬼栖ちゃんしかいないのよ?」
 そうあらためて決意したばかりだというのに、柚巴はそんな鬼栖の決意など蹴散らすように、きゅむっともじゃもじゃの毛に顔をうずめてくる。
 柚巴のその言葉と行動に、「う……」と小さな声をもらし、鬼栖はてれくさそうに柚巴から顔をそらす。
 今、柚巴にもらったその言葉が、この上なく嬉しかったから。
 たとえ口だけだとしても……。
 柚巴に頼ってもらえている。
 そう思えるから。
 全身から汗が噴き出してしまいそうなくらい、きっと赤くなっている。
 ――くどいようだけれど、そのもじゃもじゃの黒い毛ではわからないけれど――
 泣きたいくらい、嬉しい。
 鬼栖は、きゅっと目の辺りをそのもやしのような腕でぬぐった。
「……大丈夫……。きっと、世凪が助けにきてくれるから」
 そのような鬼栖を抱きしめたまま、そこに顔をうずめたまま、柚巴は静かにそうつぶやいた。
 そして、ゆっくりと鬼栖から顔をはなしていき……鬼栖に、にっこりと微笑みかける。
 一片のかげりもなく。
 一つの迷いもなく。
 そうだと信じきった、強い光を放ち。
 その目は、自信たっぷりにそういっている。
「柚巴……?」
 そのような柚巴を、鬼栖は不思議そうに見上げる。
 一体、どこから、そんな根拠のない自信がくるのか……。
 無条件に、そう言い切れてしまえるのか……。
 鬼栖には、まったくわからない。
 相手があの男だから、余計に。


「あっちゃあ〜。これはまた、派手にやっちゃって……。うちの王子様は」
 ぽりぽりと頭をかきながら、紗霧羅があきれたようにそうつぶやく。
 足元には、ぷすぷすとくすぶる火と、瓦礫。
 それを一瞥し、はあと盛大にため息をもらす。
「仕方なかろう。世凪に手加減というものを求める方が馬鹿だ」
 紗霧羅の横で、腕組みをする莱牙は、興味なさそうにそうつぶやく。
 そのような莱牙の傍らで、華久夜がうんうんとしきりに首を縦にふっている。
「ははは。お前たちは本当に、困った者ばかりだな」
 がしゃりと音を鳴らし、足元に散らばる瓦礫を踏みながら、幻撞が紗霧羅たちのもとに歩み寄ってくる。
 その顔は、その言葉とは正反対に、にこやかに微笑んでいるから……恐ろしい。
 さらには、愉快そうに、くるりと褐色のステッキを一回転させる。
 明らかに、今のこの状況を楽しんでいるように見える。
 た、たちが悪い。
 しかも、からからと笑い出してしまうから……もう手に負えない。
「こ、この方々は、一体……」
 そのような、相変わらずの困った使い魔たちから一歩ひいたそこで、虎紅はつかれきったように頭を抱えている。
 彼らに、多少は免疫ができているはずであるのに、虎紅はまだ、順応できないようである。
 この使い魔たちに、まともなことを求めてはいけないということに、まだ気づいていない。
 そのような、引き連れてきた使い魔たちを一瞥し、世凪は足元の瓦礫を一つ、がんと蹴り飛ばす。
「さあ、行くぞ。雑魚(ざこ) どもに用はない」
 そう冷たく言い放ち、すたすたと歩いていく。
 煙をはく、ぼこぼこに壊れた門の間をすり抜けて。
 そう、まさしく、今、世凪が、一発お見舞いして、ぶっ壊したその門をくぐり、比礼城の中へと、堂々と侵入していく。
 いやに悪趣味なマントを翻して。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。世凪!」
 瓦礫を蹴散らし、紗霧羅が慌てて世凪に続く。
 莱牙たちも、あきれがちにそれに続いていく。
 それぞれに、複雑な思いを抱きつつ。
 ただ一人、幻撞だけが、妙にマイペースに、ゆったりのんびりとステッキをついて歩いているけれど。


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update:05/02/02