募る焦燥感
(4)

 真っ暗な空間に、ぼんやりと浮かび上がる赤い光。
 それは、ゆらゆらとゆれ、わずかにあたりをてらす。
 おぼろげなその薄明かりの中、一つの人影が現れた。
「やれやれ。どうしてあなたは、そう好戦的なのですか?」
 ゆらめくろうそくの火にてらされた、呆れ顔の覇夢赦が、いきなり世凪たちの前に現れた。
 まるで、進行を遮るように。
 覇夢赦の姿をみとめると、駆けていた世凪たちは、ぴたっと足をとめた。
 そして、その場で立ち止まり、じっと覇夢赦をにらみつける。
 その動向を探るかのように。
「……好きで、こんなことをしているわけではない。お前が約束を守らないから、俺がこうしてわざわざ来てやったまでだ」
 ばさりと音を立て、あてつけるようにマントを翻す。
 そして、腰に右手をやり、なんとも不遜な態度をとってみせる。
 もちろん、その目は、相手を馬鹿にしたような色を含んでいる。
 この世凪という男は、いつどんな時だって、憎らしい態度を崩すことはないらしい。
 たとえ、敵地のど真ん中にのりこんでいる最中といえども。
 ここまでくると、ある意味、天晴れといえるかもしれない。
「約束……ですか。それには、まだ数時間ほど残っているではありませんか? まったく、気が早い人だ」
 はあとあてつけがましくため息をもらし、ちらりと世凪に視線を送る。
 そして、やはりあてつけがましく口に手をやり、くすくすと笑い出す。
 明らかに、世凪を馬鹿にしているような笑い方である。
 当然、世凪の眉は、ぴくりと反応していた。
 しかし、そこは、世凪のなけなしの理性で押しとどめ、マントの下でぎゅっと拳をにぎりしめる。
 あまりの強さでにぎりしめるものだから、色が失われている。
 下手をすれば、その手が自らの血でにじみかねない。
 それほどまでに、世凪は、抱くその怒りを、必死にこらえているということだろう。
 そんな世凪を、梓海道は、はらはらとした様子で見守っている。
 その他の使い魔たちは、やはりといおうか、まったく気にとめていないようだけれど。
 それよりも何よりも、世凪なんかより、彼らにとって今最も大切なことが他にあるから。
 彼らの愛しい大切な姫君の奪還、それが、今、彼らに課せられている最重要任務である。
 こんな短気な俺様王子様など、どうでもいい。
 それが、紛うかたない本音。
「そうか。……しかし、あれはどういうわけだ? 俺たちを門前払いにしようとは」
 はき捨てるように、世凪はそう怒鳴る。
 こらえている怒りが、もうこらえきれなくなったのか、じわじわとにじみ出てきている。
 まとうそのオーラが、それを告げている。
 それで梓海道は、ますますはらはらとした思いで世凪を見守ることになる。
 いざとなれば、体をはってでも、ひとまずは世凪をとめるつもりだけれど……。
 本当は、そんなことは、梓海道だって望んではいない。
 思いはきっと、世凪と同じ。
 今すぐにでも、邪魔する者は蹴散らし、柚巴を助けに走りたい。
 しかし、ここで、理性を失いかけている王子と一緒に暴走しては、収拾がつくものもつかなくなる。
 そう思い、梓海道は、比類ないその理性でおしとどめている。
「ああ。そうでしたか。それは申し訳ない。皆に、言い渡しているのですよ。限夢界より、さる貴人をお預かりしているので、よそ者は決して王城に入れぬように……と。彼らは、あなた方の顔を知りません。――忠実に役目を果たしてのこと。悪く思わないでくださいね?」
 明らかに敵意むきだしの世凪に、覇夢赦はにっこりとそう微笑んでみせる。
「ふん」
 ぎりっと奥歯をかみしめ、世凪はどうにかおしとどまる。
 即座に、この場で、この憎らしい男を殴り飛ばしてやりたいところだけれど。
 ぷいっと、覇夢赦から顔をそむける。
 そして、その横を、覇夢赦などまったく無視して、通っていく。
 薄気味悪い、比礼界の王城の中へ。
 まるで、悪魔が両腕を広げて招き入れているような、その城の中へ。
 世凪に続き、梓海道も慌てて悪魔の巣の中へとかけていく。
「やれやれ。本当に困ったお人だ」
 そのような世凪の後姿を見送り、覇夢赦は困ったように肩をすくめる。
 すると、覇夢赦に疑わしげな視線を送りつつ、他の使い魔たちも、世凪と梓海道に続いていった。
 やはり、幻撞だけは、どこかゆったりのんびり、すべてを悟りきったような微笑みを浮かべて。


 比礼城の中に入ると、そこには、恭しく頭を垂れる黒頭巾の男が立っていた。
 すっぽりとそれに覆われ、不気味にゆがめられた口元しか見ることができない。
 その男を気味悪げに一瞥し、世凪は横を通り過ぎようとした。
 しかし、その時、小さな言葉がもれた。
「異界よりのお客人。我が王が、こちらの応接の間でお待ちをと。すぐに、麗しき姫君をお連れいたします」
 それはまるで、はじめからそうすることになっていたかのような口ぶりだった。
 だから世凪は、疑わしげにその黒頭巾の男をにらみつけたが、すぐに何かを思ったらしく、舌打ちをし、それに従っていた。
 大きく重い石の扉が、嫌な音を立て、開かれる。
 そして、その部屋へと通され、こんなところでこんなことをするはめになっている。

「で? 柚巴はどこだ? 会わせてもらおうか」
 応接間の、金糸で細やかに刺繍がほどこされた真っ赤な椅子にふんぞり返り、世凪は目の前で微笑む覇夢赦をにらみつける。
 まがりなりにも異界の王であるところの覇夢赦に対して、なんとも偉そうな態度である。
 まあ、この世凪に、礼だとかそのようなものを求める方が間違ってはいるけれど。
 気に入らない相手に対しては、とことん悪態をつく。
「そうあせらずとも、柚巴殿をお連れいたしますよ。ひとまずは、お茶でも飲んで、ゆっくりしてください」
 左手に持つソーサーの上から、かちゃりと音を立てカップを持ち上げる。
 そして、その香りを楽しむように、カップに口づける。
 明らかにわざとらしいその優雅な振る舞いに、世凪は胸の内で反吐をはいていた。
 どうにも、この男は、癪に障って仕方がない。
 いらいらを募らせていく世凪を、梓海道はやはり、傍らではらはらとした思いで見守っている。
 そして、そのまわりで、それぞれに居場所を確保する使い魔たちは、呆れがちにその場の流れを見ている。
 なんとも、この二人のやりとりは、滑稽で仕方がない、と口にはしないが、誰もがそう思っているようである。
 これではまるで、狐と狸の化かし合いである。
「どうだか」
 けっとはき捨て、世凪はぼすんと椅子に体をうずめる。
 こんなところで、こんなことをしている場合ではない。
 本当は、今すぐにでもここから飛び出して、柚巴のもとへ飛んでいってやりたい。
 きっと今頃は、とても心細い思いをしているだろうから。
 そう思うものの、世凪の何かがそれを押しとどめている。
 それはやはり……次第に自覚しはじめた、王子としての責務?
 いくら憎らしいとはいっても、相手はまがりなりにも一界の王……主だから。
 自分の衝動だけで、争いを起こすわけにはいかない。
 ……すでに十分、火種をまいていることに気づいていないという辺りが、なんとも世凪らしいけれど。
 そこにいるだけで、トラブルを巻き起こす王子様なのに。


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update:05/02/07