姫君奪還
(4)

 じゃりと音を立て、転がる瓦礫を世凪は踏みつける。
 もちろん、その腕には、柚巴がお姫様だっこされ、さらに念を入れて、マントでぐるぐる巻きにされている。
 ふわふわと包み込むそのマントからは、世凪の香りが香ってくる。
 柚巴のことだから、こうでもしないと、おとなしくお姫様だっこされていない……と、世凪は思っているようだけれど、本当のところは柚巴にしかわからない。
 いや。世凪以外なら、誰でもわかるかもしれない。
 そんなことをしなくたって、柚巴はもう、世凪の腕の中から逃げ出したりはしないというのに。
 いつだったか、出会った頃、まだ世凪の本当の目的がわからなかった頃のようなことはない。

 気づいた時には、もう世凪たちのそばにいたフードの男に案内され、柚巴たちは、この城門まで連れられてきていた。
 そして、ここにつくと同時に、その男は、まるで霧のように姿を消していった。
 それはすなわち、悪いことは言わないから、このままおとなしく自分たちの世界へ帰れ、ということになるのだろう。
 自分たちが連れてきておいて、追い払うように帰れはないだろうと思うところだけれど、世凪たちにとっては願ったり叶ったりである。
 それに、覇夢赦が連れてきたのは、柚巴だけで、はっきり言って、他のものたちは邪魔。
 さらに言うならば、期限を前に柚巴を迎えにきて、迷惑。
 といったところだろう。
「なんだ? この騒ぎは……」
 いまだに煙がくすぶるその城門で、世凪は面倒くさそうにそうつぶやいた。
 しかし、一度、背後にたたずむ城を一瞥しただけで、その視線を戻してくる。
 もちろん、戻す場所といえば、腕の中に抱く柚巴。
 もう、めろめろに柚巴に甘い眼差しを送っている。
 この三日間……正確には、恐らく二日強程度だろうけれど、そんなにも長い間、柚巴に触れていないことはなかったから。
 ここ最近では。
 だから、その触れられなかった時間を取り戻すように、見つめることができなかった時間を埋めるように、世凪は、まわりの目など気にせず、思いっきり柚巴への思いをあふれさせる。
 こぼれてしまうくらい。
 ……まあ、そんなことがなくたって、普段から、その呆れるほどの愛情たれ流しぶりは、使い魔たちにとっては当たり前になっているけれど。
「そうだな。これは、世凪が結界を破った……ってことが、原因ではないようだけれど?」
 だから、この人、紗霧羅姐さんにとっても、日常の風景のように、さらりと流す。
 それに加え、さらりと世凪に相槌を打つ。
 何というか、もうここまでくると……ある意味、天晴れ。
 紗霧羅が……ではなくて、世凪のその暑苦しいまでのらぶっぷりが。
 首をかしげる紗霧羅のすぐ横を、取り乱した比礼界の兵が横切っていく。
 その腕を、莱牙がとっさにつかんでいた。
「おい、お前。この騒ぎは一体何だ!?」
 そして、自分の世界でないというのに、変わらずのその傲慢な態度を貫く。
 こういうところは、さすがは、莱牙。
 どこでだってかまわずに、不遜な態度は健在らしい。
 ……そう。相手が、異界の者だとしても。
 もちろん、こんな王族然とした態度は、莱牙だけに限られることはない。
 ここにいる華久夜だってそうであるし……世凪にいたっては、もうそういう域をこえているかもしれない。
 何しろ、自世界の王すら、ほこりを払うように扱ってしまうのだから。
 莱牙の威嚇に、当たり前だが、比礼兵はきっと莱牙をにらみつける。
「あんたたちには、関係ないことだ」
 比礼兵だって、その気配の違いから、莱牙たちがこの世界の者でないことくらいすぐにわかる。
 たとえ、この城門を破壊した瞬間を見ていなくたって。
 だから当然、莱牙たちに答える義理はないとふむだろう。
 つかむ莱牙の手を、ぶんと振り払った。
 もちろん、その瞬間、莱牙の額に、青筋が一本浮かび上がったことは言うまでもない。
 これが莱牙を知る者ならば、こんな態度は決してとらないだろ……いや、とる。一部に限りであるけれど。
 その一部は、言わなくたって、もちろんわかってしまうだろう。
 そう……。あの暴れん坊世凪すら恐れない、使い魔のみなさん。
 そして、柚巴。
「……関係ないことはないはずだ。柚巴がここへつれてこられたのは、それに関係してのことのはずだ」
 柚巴を抱いたまま、ずいっと莱牙の横にやってきて、世凪はぎろりと比礼兵をにらみつける。
 すると、莱牙のにらみ程度ではひるまなかったこの兵も、世凪のにらみとなると、蛇に見込まれた蛙のように、しょぼしょぼしょぼ〜っと小さくなっていく。
 そして、悔しそうに舌打ちして、ゆっくりと口を開こうとする。
「あまりいじめないでくださいと言ったでしょう?」
 あとひといきで比礼兵の口からこの騒ぎの原因が聞けるか……というところで、そんな邪魔が入った。
 城の方から、ゆっくりと覇夢赦が歩いてくる。
 先ほど、世凪と闘っては怪我をすると言って、退却したはずなのに……。
 性懲りもなく、また現れたようである。
「お、王!!」
 もちろん、覇夢赦のその姿を見た瞬間、比礼兵は顔を蒼白にし、悲鳴のような叫び声を上げた。
 そして、慌ててその場にひざまずく。
 地面に、頭をこすりつけんばかりの勢いで。
 そのような兵を汚らわしそうに一瞥し、覇夢赦はにっこりと微笑む。
 まるで、その一瞥が嘘のように、無駄にさわやかに。
「あなたはもういいです。さっさと、自分の仕事へ戻りなさい」
 もうその目に、兵の姿を映すことなく、覇夢赦はそう言い捨てる。
「は、はい!」
 そのような覇夢赦に、もうそれ以上は無理かと思えるほど体を縮め、兵は逃げるようにその場を去っていった。
 向こうの方で、慌てふためきからまわっているように見える兵たちの中へ向かって。
 それを見届けると、覇夢赦は、すっと体を世凪へと向きなおした。
 そして、無表情の中にも威圧をこめて、ぽつりともらす。
 重く、低い声で。
「世凪殿……。余計なことは言わないでいただきたい」
 それだけと言うと、踵を返し、マントを翻しながら、再び城の中へと消えていった。
 もちろん、そのような覇夢赦を、世凪だけでなく、使い魔たちも、険しい目つきでにらみつけていた。
「せ、世凪?」
 世凪の腕の中、柚巴が恐る恐る世凪の名を呼ぶ。
 胸元にたれる真っ赤な髪を、つんと引っぱって。
 しかし、世凪は、柚巴に声をかけられているというのに、柚巴を見ることなく、どこかうわの空でつぶやくだけだった。
「ああ……」
 その目は相変わらず、消えていった覇夢赦をにらみつけている。
 もちろん、世凪に限らず、使い魔たちも同様だった。
 ただ一人、柚巴だけが、この場の状況をまだ理解できていない。
 柚巴らしいといえば、柚巴らしいけれど。


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update:05/03/02