怪しい男
(1)

 窓から吹き込んでくる風が、莱牙の髪をすうとなでていく。
 常闇のこの世界でも、風だけは、一応はさらりと吹くらしい。
 だけど、その風に、どこか闇色を感じてしまうのは、どうしても否定できないこと。
 この風に吹かれると、どことなく心が沈む。
 限夢界の風は、あんなにさわやかだというのに……。
 この世界の風は、なまぬるさを感じてならない。
「なあ、世凪。何故、あのまままっすぐ、我々の世界へ戻らなかった?」
 嫌な風を受け、そのままの表情で、莱牙は目の前にふんぞり返る世凪にそう問いかけていた。
 腕組みをし、威圧的に世凪を見下ろしている。
 莱牙のその問いかけに、彼らもまた同様のことを思っていたのだろうか、使い魔たちが一斉に世凪に注目した。
 梓海道、紗霧羅、華久夜、由岐耶、幻撞、虎紅の眼差しが向けられる。
 しかし、世凪は、やはり、そんなものは気にしたふうはなく、涼しい顔をしている。
 このような場合、世凪にそれを聞けるのは、柚巴か莱牙くらいのものである。
 梓海道は、世凪の従僕という立場から、あまり前に出ることができない。
 普段は世凪に言いたい放題言っている他の使い魔たちも、常とは違った世凪のこの雰囲気に、何故だか言葉を飲み込んでしまう。
 結局、世凪に慣れた、恐れてはいない、といっても……最後には、その圧倒的な存在感、威圧感に負けてしまうのかもしれない。
 世凪には、人とは格段に違うオーラがまとわりついているから。
 それは、世界を統べる、王者たる空気。風格。
 普段は感じないそれが、こういう時に、何故だか感じてしまう。つきつけられてしまう。
 絶対的な、生まれ持った資質の違い。
 生まれながらの、王。
 限夢界の暴れん坊だと恐れられるそれが、なんだかわかるような気がする。
 そして、柚巴は……この場にはいない。
 そう言ってしまうと語弊はあるけれど、柚巴はこの会話には参加していなかった。
 一人、この部屋のバルコニーで、真っ暗な景色を眺めている。
 眼下では、今もって、ひっきりなしに松明が行きかっている。
 まだ、先ほどのざわつきがおさまっていないようである。
 世凪があっさりと破壊してしまった城門は、そろそろ片づけられはじめているというのに。
 そんな柚巴の横に、てすりの上にちょこんと座る鬼栖がいる。
 鬼栖のもじゃもじゃの毛も、このなまぬるい比礼界の風にゆられている。
 不思議と、その漆黒の体は、この闇に溶け込んではいない。
 まるで、その黒とこの黒は別物であると主張するように。
 柚巴たちは、あの後すぐに、「気になることがある」と言って、滞在を勝手に決めてしまった世凪に従い、結局、比礼界にもうしばらくとどまることになっていた。
 覇夢赦に取り次ぐように頼むと、すぐにこの部屋をあてがわれた。
 はじめ、お一人ずつ……といって、貴賓室を人数分用意してきたが、それは世凪があっさりと却下した。
 皆、同じ部屋でと。
 たしかに、この場合、一人ずつ……というのは、分が悪い。
 ……いや、限夢人たちに限っては、別にそれでもかまわないのだけれど……。
 問題は柚巴である。
 いつまた、覇夢赦が余計なちょっかいをかけてくるとも知れない。
 柚巴は、一人、この世界につれられてきてからのことを、彼らにはまだ語っていないけれど、そう言われた時、震える手で世凪の腕にすがったから……言わずとも、どれだけ柚巴が不安を抱えていたのか容易に知れる。
 それがなくとも、柚巴の抱える不安は、世凪にだけはわかりきっていること。
 それにやはり、柚巴を一人にするのはしのびない。
 いや、誰よりも、世凪がいちばん、柚巴とともに過ごしたかっただけなのかもしれないけれど。
 ただそうすると、ここにいる二人の小姑から、何を言われるか知れないから……。
 だから、みんな一緒で、という結論に落ち着いたのかもしれないけれど。
 真偽のほどは、世凪だけが知っている。
 それにしても、世凪が気になるそれとは一体……?
「さっきも言っただろう? 少し気になることがあると」
 はあとあてつけがましいため息をもらし、面倒くさそうに答える。
 ひょいっと莱牙の顔のすぐ前で、組んでいる足を組みかえて。
 もちろん、世凪のその態度に、莱牙の理性はぶつっと切れそうになってしまった。
 やっぱり、どうしたって、この世凪という男だけは癪に障って仕方がない。
 その言動、一つ一つからして。
 そう感じているのは、何も莱牙だけではないようだけれど……。
 華久夜も、由岐耶も頬をひきつらせているから。
 後の者たちは、世凪とはこういう奴と、諦めたり、割り切ったりしているようだけれど。
 それでも、どうにも割り切れないのが、この三人のようである。
 まあ、それぞれに、世凪には、た〜んと借りがあるからかもしれないけれど。
「それは聞いた。しかし、このままここにいては、またいつ柚巴が……」
「馬鹿にするな。柚巴は、俺一人で守る。お前たちが案ずることではない」
 ぐっと拳をにぎり、莱牙が迫るようにそう言うと、世凪は鼻で笑うようにさらりと返した。
 もちろん、呆れるくらいの俺様な態度で。
 そうすると、もちろん……。
「……って、お前!!」
 とうとう理性がぶつっと切れてしまって、王子である世凪につかみかかろうとする。
 それをすかさず紗霧羅が羽交い締めしてとめるあたりは……何というか、もう見事な連携プレイといったところだろうか?
 俺様王子様世凪の行動パターンも、傍流王族莱牙の行動パターンも、すでに把握されずみのようである。
 もちろん、把握しているのは、紗霧羅だけではなく、ここにいる誰もが。
 またか……と、呆れたように肩を落としている。
「まあまあ。落ち着きなよ、莱牙さま。――世凪。あんたも、その言い方はよくないよ? 莱牙さまも……わたしたちもみんな、柚巴が心配なのだから。せめて、理由だけでも聞かせてもらわないと……」
 納得できない。
 諭すように言ってはいるけれど、間違いなく、その言葉の裏にはそんな思いがこめられている。
 世凪が柚巴を独り占めしている、というジェラシーも多分に含まれているかもしれないけれど。
 柚巴に触れたいのは、柚巴をぎゅっとしたいのは、世凪だけじゃない。
 紗霧羅だって華久夜だって、すきあらば、柚巴をぎゅっとしたいと思っている。
 それを、いつも、この王子様が邪魔してくれるというだけで。
 口では、莱牙に「そんな暇はない」と言ってみても、紗霧羅だって柚巴の使い魔。
 柚巴が大切に決まっている。
 本当は、世凪にいつも独り占めされていることは……不服。
 だけど、柚巴が幸せそうに微笑んでいるから、仕方なくあきらめてあげているだけ。
 まだ、世凪を認めたわけじゃない。
 莱牙をどうどうとなだめつつ、その目はぎらりと世凪の姿をとらえる。
 それに、世凪も対抗するように、じっと紗霧羅をにらみつける。
 どちらも、一歩もひけをとっていないにらみ合い。
 世凪はぐっと口を閉じ、何も語ろうとはしない。
 そんなかたくなな世凪の態度に、紗霧羅がそうそうにおれてしまった。
 ……まあ、わかりきっていた結果だろうけれど。


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update:05/03/13