告げられる危機
(1)

「で? あらいざらい、きれいにはいてくれるのだろうな?」
 再びソファに逆戻りした世凪は、当たり前だけれど、むっつり不機嫌そのもの。
 しかし、当然のことながら、その腕に抱く柚巴だけは何が何でもはなさない。
 こんな得たいの知れない男に、その姿さえも見せるのはもったいないとばかりに、ばさりと柚巴をマントの中におさめ。
 かろうじて、呼吸ができる程度の隙間がつくられているだけ。
 ……そういうところだけは、ぬかりない。
 そのような、独占欲の塊王子様を、使い魔たちは目をすわらせて、じとーりと見ている。
 もちろん、呆れ顔。
 鬼栖だけが、「はなせ! この外道王子っ!」などとわめきながら、その足に必死にくらいつこうとしているけれど、まったく相手にされないのは、これまた当たり前。
 あっさりと、蹴散らされてしまう。
 本当に、何をしているのだか。
 使い魔たちにとっては、当たり前となっているその光景も、唖呂唖にしてみれば目を見開くもののようで、興味深そうに、まじまじと見ている。
 独占欲むき出しの王子様と、その腕に抱かれるお姫様を。
 それにもかかわらず、その態度は、世凪に勝るとも劣らず、ひょうひょうとしている。
 あぐらをかき、床より一メートルくらい上で、ぷかぷかと浮いて。
「う〜わ〜。それってまるで、俺、尋問されているみたいじゃないか」
 そして、けろりとそう言ってのける。
 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうなのは……恐らく、気にしてはいけないことだろう。
「みたい、ではなく、尋問してるのだ」
 唖呂唖のその言葉に、世凪はすかさず言葉を続ける。
 そのマントの下で、柚巴の髪をくしゃっとなでながら。
 あの……だから、王子様?
 いい加減にしていただけないでしょうかねえ?
 今の状況、おわかりで?
 ……などとは、やっぱり、この世凪には無意味なもの。
 それにしても、さらりと尋問していると言い放つのも、どうかと思われるけれど……?
「……はいはい。――あんたたちの王子様って、いつもこうなわけ?」
 そんな王子様を適当にあしらい、その横に控える使い魔たちにちろりと視線を移す。
 どうやら、この王子様では話にならないと、早々と見切られてしまっているよう。
 すると、使い魔たちは、何故だか互いに顔を見合わせただけで、何も答えない。
 あまつさえ、ごくりと息を飲む音が聞こえてきそうで……。
 気まずそうな雰囲気が、この場にたちこめる。
 それで、唖呂唖は、不思議にすべてを悟ってしまったような気がした。
 あきれてすわっていた目が、さらにすわる。
 恐らく、この王子様は、普段から好き放題、この人間の少女をいじくりまわしているのだろう。
 ……この少女に、何故だか同情を禁じえない。
「さっさと話せ」
 変化したまわりの空気を読み取ったのか、世凪は話題の軌道修正を試みる。
 いつの間にか、話の展開がおかしな方向にいきつつあることに気づいたらしい。
 世凪にしては、上出来。
「ああ、もう。わかっているって。だから〜……」
 そのような世凪に、唖呂唖は面倒くさそうにそう答える。
 ぽりぽりと頭をかきながら。
 もとはといえば、この王子様が余計なことを言わなければ、こうはならなかったはず。
 最初から話すと言っているのに、気を散らすようなことばかりして……。
 まあ、それが、王子様という生き物なのだろうけれど。
 思うがまま自分勝手にしたい放題。
 本当に、よくもまあ、そんな男に、この少女はつき合えるものである。
 唖呂唖の――世凪にとっては――癪に障る態度に、世凪は舌打ちをする。
 その時だった。
 突如、視界がぐらりとゆれた。
 ゆれたかと思うと、今度は、ごごごごご……という、不気味な轟音までも聞こえてきて……。
 石でできたこの部屋の壁や天井から、砂のようなものがぱらぱらと落ちてくる。
 さらに、世凪の横に立っていた使い魔たちが、立っていられなくなったのか、バランスを崩し体をゆらしている。
 その突然の異変に即座に反応し、世凪は他の者たちなど無視して、柚巴と自分にだけさっさと防壁をつくる。
 その防壁の中に、ちゃっかりと鬼栖もお邪魔して。
 梓海道は梓海道で、このような状況にもかかわらず、一人涼しい顔で、自分の防御だけをしている。
 その横では、莱牙が華久夜を抱き寄せ、自分のマントの中に避難させていて……。
 他の使い魔たちもそれぞれに、自分の保身にだけ気を配る。
 ゆれと、天井から落ちてくる砂と、轟音がしばらく続き、次第におさまってきた。
 もうほとんどゆれを感じなくなった頃、どこからともなく、ざわつく声が聞こえてくる。
 恐らくそれは、今のゆれに、この城の者たちがざわついているものだろう。
 それにもかかわらず、この部屋にいる者たちは、皆、妙に落ち着いている。
 一体、今のゆれは……?
 皆一様に、それがわからず、険しい表情を浮かべる。
「つまりは、こういうことだ。この世界は、崩壊に向かいつつある」
 すうっと着地し、唖呂唖はそう言いながら、ソファに座る世凪の前まで歩いてきた。
 そして、じっと世凪を見つめる。
 それはまるで、世凪に何か意見を求めるように見つめられている。
 その眼差しに答えるように、世凪も険しい眼差しで唖呂唖を見つめ返し、ぽつりと一言、静かにつぶやく。
「……わかった」
 柚巴にかけたマントをばさりとはらいのけ、柚巴を抱いたまますっと立ち上がる。
 そのような世凪を見て、使い魔たちの気が瞬時に強張った。
 それが、世凪が導き出した答え。
 YES≠ゥNO≠ゥといえば……それは、前者を意味するに違いない。
 この妙に得意げに微笑む唖呂唖を見れば、そう確信がもてる。
 ただ、その額に、ほのかな汗をにじませているのが……どことなく気にかかるけれど。


 その頃、比礼界の地中深くでうごめくものがあった。
 ほんの少し前までは、形をなしていなかったそれ。
 今は、おぼろに姿がわかる。
 真っ赤に燃える、それ。
 どろどろと、不気味にのたうちまわる。
 地中深くでざわめくそれは……。
 一般的にはたしか、マグマ≠ニ呼ばれていただろうか?
 ……しかし、それは、マグマとは少し違うような気がする。
 何しろ、自らの意思を持ち、行動しているように見えるから。
 何か……不穏な意思を持ち……。
 ぼこりと浮かび上がった気泡が、ぱんと破裂する。


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update:05/04/07