告げられる危機
(3)

「……まずは、この地震の原因をつきとめたい。……協力、してもらえないだろうか? 頼む」
 柚巴から一歩後退し、唖呂唖はそう言って頭を下げた。
 もうすでに、柚巴の中でも、そして世凪や使い魔たちの中でも、協力することは決まっているというのに。
 恐らく、これは、唖呂唖なりのけじめのつけ方なのだろう。
 流されるままではなく、きっちりと区切りをつける。
 柚巴の後ろには、そのような唖呂唖を見つめる使い魔たちがいる。
 それまでと違ったその態度に、彼らは皆戸惑う。
 どうやら、唖呂唖は、本気らしい。真剣らしい。
 そのぴりぴりとした気配から、それは容易にうかがえる。
 それに、世凪が悔しそうに舌打ちした。
 そして、諦めたようにふうとため息をもらす。
 もう意地をはるのはやめにするらしい。
 腕組みをし、じろりと唖呂唖をにらみつける。
「……まあ、そのつもりでやってきたわけだからな」
 世凪のため息まじりのその言葉を聞き、唖呂唖は下げていた頭をばっと上げた。
 そして、食い入るように世凪を見つめる。
 目を見開き、今の世凪の言葉が嘘ではないかと確認するように。
「それじゃあ……」
 まっすぐに向けられる唖呂唖の眼差しに、世凪はぷいっと顔をそむけた。
 唖呂唖のその問いかけには、答える気はないらしい。
 それを見て、柚巴がくすりと肩をゆらす。
「OKだって」
 そして、世凪に歩み寄り、つんつんとその頬をつついてみせる。
 世凪は向こうを向いたままその手をとり、ばっと柚巴を抱き寄せた。
 そこでまた、柚巴はくすくすとおかしそうに笑い出す。
 世凪の腕の中。
 そのような様子を見て、唖呂唖が感嘆の声をもらした。
「あんた、たいしたお姫さんだな」
 ……あの限夢界の王子を、てなずけてしまうなんて。
 それは言葉にはしなかったけれど、その目がそう言っている。
 肩をすくめ、苦笑いを浮かべ。
「ありがとう」
 柚巴はそう言って、にっこりと微笑む。
 それは、一体、何に対するありがとうなのか……。
 柚巴は、素直に誉め言葉と受けとったらしい。
 たいしたお姫さんという、その言葉を。
 そして、するっと世凪の腕の中からまた抜け出した。
 再びちょこちょこと唖呂唖の前まで歩いてきて、肩をすくめる唖呂唖ににこっと微笑みかける。
「よかったね」
 そうつぶやいて。
 それに答えるように、唖呂唖は妙に優しい目を柚巴に向け、「ああ……」とつぶやいていた。
 今目の前で微笑むこの小さく華奢な少女が、とても大きな存在に見える。
 何かはわからないけれど、この少女が微笑むだけで、心がすっと救われたような……。
 この少女にまかせておけば、不可能なことも、可能になってしまうような……。
 あんなにかたくなだった王子様の心を、簡単にかえてしまえるほど……。
 とても、まぶしく見える。
 不思議な力を秘めた、不思議な少女。
 気づけば、柚巴に手をのばしていた。
「じゃあ、ひとまず、俺はこれで帰るけれど……」
 くしゃりと柚巴の髪をなで、唖呂唖はそう告げる。
 そして、名残惜しそうに柚巴を見つめる。
 その唖呂唖の様子に、柚巴はただ微笑んでいるだけ。
 こくんと、小さくうなずき。
 その後ろで、めらめらと炎を上げる世凪になど気づかずに。
 かろうじて、紗霧羅にマントをつかまれ、引きとどめられ、世凪は唖呂唖につかみかからずにすんでいるように見えるから……少しは、気づいてあげようよ。柚巴……。
 さらりと柚巴の髪から、その手がはなれると同時に、唖呂唖は思い出したように耳打った。
「あ……。それと、これだけは教えておいてやるよ。さっきのあの矢。あれは、覇夢赦王が放ったものだ」
「……やっぱり……」
 唖呂唖のその言葉に、柚巴はただぽつりとつぶやくだけだった。
 妙に確信めいて。
 それを耳にした唖呂唖は、困ったように柚巴を見つめる。
 どうやら、それを教えなくても、このお姫さんはすでにわかっていたようだと。
 そして、はっと気づく。
 今、柚巴のすぐ後ろで、炎の玉をつくり、今にも唖呂唖めがけて放たんとしている世凪のその姿に。
 どうやら、完全に怒らせてしまったらしい。
 この短い間でも、いかに柚巴を愛しているかということくらい、唖呂唖にだってわかってしまっている。
 これは、早々と退散した方がよいと見える。
 するりと柚巴からはなれ、唖呂唖はさっさとその姿を消していった。
 的を失い、世凪は舌打ちし、炎の玉をふっと消す。
 それから、もちろん……瞬時に柚巴をその腕に抱き寄せ、ぎゅうと抱きしめる。
 ひと時でもはなれてなどいたくないと。
 切なそうに――


 あてがわれた部屋のバルコニーで、さわさわと風に髪を遊ばせる姫君が一人。
 その金糸の髪は、ふわふわと空に舞う。
 触ると、とても気持ち良さそうな金の髪。
 ……しかし、実際には、メドゥーサの如く、ある特定の人物の首に巻きつく恐ろしい髪。
 ふわりと、ドレスのすそを風にまわせる。
「絶対、まずいわよねえ」
 バルコニーのてすりに両肘をつき、その上に難しそうな表情の顔をのせる華久夜がいる。
 するとその横に、風により乱れる髪をおさえながら、紗霧羅が部屋の中から姿を現してきた。
 そして、おもむろに、とんとてすりにもたれかかる。
「そうですね。ただでさえまずいのが二人もいるというのに……。さらに増えそうですよね」
 そして、うつむき加減で、くすくすと楽しそうに笑い出す。
 闇の世界に、全てをのみこむように風が吹き続ける。
 朝も昼も夜も、一日中通して、空は暗い。
 いい加減、二日目にもなると嫌気がさしてくる。
 早くこんなところからはおさらばしたい。
 こんなところに、柚巴はもう四日もいるのかと思うと……気の毒になってくる。
 こんなところにいて、よく正気をたもてているものだなあと感嘆する。
 ……まあ、正気はたもてていても、そろそろ限界にはきているようだけれど。
 でも、世凪がその姿を見せた途端、それも吹っ飛んでしまったような気が……。
 癪に障るけれど、たしかにする。
 どうしてあんな俺様男一人だけで、柚巴の気は晴れてしまうのだろうか。
 それで十分と、幸せそうに微笑むのだろうか。
 あの男のどこに、そのような要素があるのか……?
 不思議でならない。
 そして、まずいのが二人。
 それは、何に対してまずいのか、とか、誰と誰か……などとは言わなくたって、この横にいる小さなお姫様には当然のようにわかってしまう。
 普段、柚巴を取り合って喧嘩をする仲だけれど、こんな時だけは、妙にわかり合えてしまう。
 まあ、それほど嫌ってはいないから。
 むしろ、気が合う方かもしれない。
 こんなに年がはなれているのに。こんなに年下なのに。
 まるで、妹のような存在。
 すぐに癇癪(かんしゃく)を起こすところは、玉に瑕だけれど。
「でもまあ、あの男には、これくらいの壁があった方がいいのよ」
 紗霧羅の言葉に、華久夜はさらりとそう答える。
 妙にすまして、悟りきったような表情を浮かべ。
 その何のためらいもない様子に、紗霧羅は苦笑いを浮かべてしまう。
「華久夜さま。本当、嫌いですよね。世凪のこと」
 出会った時から、この小さな女の子は、世凪のことを目の敵にしている。
 最近では、接する態度が、多少柔和になってきたようにも思えていたけれど……それは、柚巴の前でだけ。
 その他のところでは、相変わらず毛嫌いしている。
 きっとそれは……無意識に、柚巴に嫌われたくないという本能が、警鐘を鳴らしているからかもしれないけれど。
 だって、華久夜は、やっぱり世凪が憎くて憎くてたまらないから。
 そして、柚巴が大好きだから。
「当たり前じゃない。わたしはまだ許していないのよ。この美少女華久夜さまにむかって、ブスとほざいたことっ!」
 むんと拳をにぎりしめ、華久夜は、めらめらと瞳に炎をたぎらせる。
 そしてまた、その髪も、ぞわぞわとざわめきはじめ……ここにいない誰かの首を求め、動き出す。
 だけど、ここには巻きつく対象がないので、残念そうにすぐに落ち着いてしまった。
 そのような華久夜を、紗霧羅はやはり、優しい眼差しで見守る。
 こんなことを言っているけれど、華久夜だって、本気で世凪を嫌えなくなってきている……。
 あんな奴でも、実は妙にかわいいところもあったりして……。
 それに、気づいてしまっているから。
 どうしてこう、王族さま方は、意地っ張りばかりなのだろう?
「……それよりも、出歯亀しません? そのまずいのが、ちょうど、ほら、あそこに」
 てすりにもたれかかったまま、上体だけをまわし、紗霧羅はバルコニーの下を指差す。
 するとそこには、人目をはばかるように、こそこそと物陰に隠れていく者が二人。
 それはまさしく、今、話題にしているその人たち。
 柚巴と、まずいの。
 紗霧羅の示す先に華久夜も視線を移し、にやりと微笑む。
「まあ、なんてグッドタイミングなのかしらっ」
 ふふふふと、楽しそうにつぶやく。
 その横で、紗霧羅も、意地悪くにやりと笑みを浮かべていた。
 普段、柚巴を取り合って争っている二人だけれど、何故だか、こういう時だけは一致団結する。
 どうやら、いたずら心に火がついてしまったらしい。
 こうなってしまった二人は、もう誰もとめられない。
「っていうか、このこと、世凪は知っているのかしら?」
 ふいに華久夜がつぶやいた。
 それに紗霧羅もはっと気づき……なんだか、血の海を見たような気がした。
 あたり一面、目の前一帯、真っ赤な海。
 ぞくりと、背筋に冷たいものを感じる。
 知っていたら……このとり合わせはあり得ない。


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update:05/04/16