空色の望み
(1)

 人目をさけたテラス。
 まわりには、すぐ目の前には、瓦礫が山のように積まれている。
 恐らく、その瓦礫は……昨日、世凪が破壊した城門を片づけたものだろう。
 処分場所に困り、ひとまずここに放置されているように見える。
 ここは……あまり人通りがないから。
 むしろ、警備の目も行きとどいていないように思える。
 何しろ、唖呂唖のような得たいの知れない男が、平然とそこにいられるのだから。
 柚巴は、もともと王の貴賓として招かれているので、多少城の中を動きまわったところで怪しまれることはないだろう。
 しかし、唖呂唖は別のはず。
 その言動からしても、王に仕えているなどとは思えないし……。
 むしろ、反感を抱いているのだろう。
 錆びつき、朽ちかけた金属製のベンチに、唖呂唖はどさっと腰をおろす。
 その前に、唖呂唖を見下ろすように柚巴が立つ。
 最初は、ほんの少し、その横にともに座ろうかどうか迷ったようだけれど……。
 やはり、柚巴も普通の少女。
 昨日会ったばかりの男の横には座れない。
 そして何より、服が汚れてしまいそうで嫌だった。
 柚巴の目の前で、漆黒の髪がさわさわと風にゆられている。
 人間では、その髪色に、その瞳の色は見慣れない、ブルー。
 きっとそれは、比礼人では普通の配色なのだろう。
 黒髪にブルーの瞳。
 そして、そのブルー。
 ブルーはブルーでも、スカイブルー。
 晴れ渡った空のように、清々しくさわやかな青。
 ふいっと、柚巴を見上げる。
 ブルーの瞳が、柚巴の姿をとらえる。
 柚巴は、その瞳をじっと見つめ返した。
「……空色ね」
 ぽつりとつぶやく。
「え……?」
 柚巴のそのつぶやきに、唖呂唖は不思議そうに声をもらす。
 突然そのようなことをつぶやかれても、唖呂唖は理解できない。
 この少女は、何を言おうとしているのだろうか?
 空色とは、何が?
 それに、そうのようにじっと見つめられていては……実は、居心地が妙にわるい。
 そわそわする。
 恥ずかしい。
「瞳。とっても澄んだ青をしているじゃない。……だから、わたしはあなたを信じてもいいと思ったの」
 そうやって、また、不思議な言葉を奏でる。
 あの時、世凪が、渋々ではあるけれど、唖呂唖に協力してもいいといったあの時だって……そういえば、この少女が口ぞえをしてくれたおかげだったように思う。
 ということはすなわち、これは、その時のことを言っているのだろうか?
 ――信じてもいい……。
 なんてそんな難しい言葉を、簡単に口にしてしまえるなんて……。
 そして、その言葉は、きっと嘘ではない。
 そんなに簡単に他人を信じるなんて……。
 危機感が欠落しているのではないだろうか。
 どうして、そんなに簡単に人を信じられる?
 唖呂唖なら、絶対に無理。
 自分のような得たいの知れない相手ならなおのこと。
「お姫さん……?」
 不思議そうに見上げる唖呂唖の前で、風が柚巴の髪をなでていく。
 ふわりと風にゆれるその髪は、とてもやわらかそう。
「お礼が遅くなってごめんなさい。あの時は、助けてくれてありがとう」
 風に乱されるその髪に触れながら、柚巴はにこりと微笑む。
 それが、この闇の空に……とてもよく映える。
 何故……どうして……明かり一つないここで、おぼろにしか見えないその姿が、鮮明に見えるのだろうか?
 そこだけ、ぽうと光がともったようなあたたかさがある。
 目を奪われそうになる。
「……いや。ところで、空色って?」
 ふいっと視線を落とし、唖呂唖は少し恥ずかしそうにそう尋ねる。
 まだ、先ほどの、柚巴の空色という言葉の意味がよくわからないままだから。
 たしか、瞳とは言っていたけれど……。
 それに、そういえば……唖呂唖もまだ、口ぞえの礼を言っていなかった。
 しかし、今更のような気がして、柚巴のように素直にその言葉が言えない。
 なんだか、自分の方がこどものように思える。
 素直になることすらできないこども。
 間違いなく、この少女の何倍も生きているはずなのに……。
 心は、どうやらこどものままのよう。
 何故だかわからないが、この少女と話していると、心があたたかくなる。
「この世界の空では、わからないと思うけれど……。わたしたちの世界や、限夢界の空はね、あなたの目のような明るい色をしているのよ」
 ぱらりと落ちてきた一房の髪を手にとり、すっと耳にかける。
 その何気ない仕草が、唖呂唖は妙に気になってしまった。
 じっと見つめてしまった。
 ささいな動きに、気をとられてしまう。
 そんな自分にすぐに気づき、また視線をそらす。
 どうか、今見ていたことが、気づかれていないように。
「そうか……。なんか、うらやましいな。この世界も、こんな闇一色などでなければ……」
 ……もっと、違った選択ができたかもしれない。
 それは、決して口には出さないけれど。
 ぽつりと、その言葉がつぶやかれた。
 そしてすぐに、またはっと気づく。
 つい、つられて本音をぶちまけてしまった。
 会って間もない、この少女に。
 この少女に見つめられると、不思議に嘘がつけなくなる。
 何故だろうか?
「他の世界をうらやむなんて、この世界に満足していないの?」
 眉尻を下げ、柚巴は心配そうに唖呂唖の顔をのぞきこんでくる。
 たしかに、隣の家の芝は青く見えるとはいうけれど……。
 でも、だからって、うらやむなど……。
 柚巴にはわからないけれど、恐らく、この世界にとっては、このぞっとするほどの闇色の空が当たり前のはずなのに……。
 それなのに、青空をうらやむ?
 柚巴の言葉に、唖呂唖は一瞬動揺してしまった。
 だからかもしれないが、また、すっと柚巴から視線をそらす。
 唖呂唖を気づかい見つめてくるこの少女の目を、直視できない。
 すべて見透かされそうで。
 それが怖くて。
 ……いや、そうではなく、もっと何か別の感情がこみあがってくる。
 正体不明のその感情。
「ははっ。そうかもな。すごいな、あんた」
 それを誤魔化すように、あえて軽く振る舞う。
 唖呂唖のその様子に、柚巴はきょとんと首をかしげていた。
 今の今まで、心配そうにしていたその顔が、一瞬にして、あどけないかわいらしいものにかわった。
 実は、よく表情の変わる少女なのかもしれない。
 会ってまだ間もないから、気づかなかったけれど。
 こうやって二人で話していると、わかってくるような気がする。
 ――そう。あの限夢界の王子が、この少女には頭が上がらないというそのことも……。
 「あんたの女か?」などという聞き方をしたけれど、唖呂唖だって、柚巴が世凪の婚約者ということくらい知っている。
 ここ最近、比礼界では、その少女の噂が流れているから。
 覇夢赦王が……限夢界の王子の婚約者を連れてきたと。
 その理由は、知らされていないけれど。
「……そうかもしれない。たしかに、現状には満足していない」
 ふっと表情をひきしめ、じっと柚巴を見つめる。
 膝の上で握り締める両手に、きゅっと力が入る。
 ……何故だか、その言葉を口に出すことに、緊張してしまった。
 自分でもわからないどこかで、それは言ってはならない言葉だとちゃんとわかっているからだろうか?
 ――そう。自分の世界に、今の状況に、満足できていないなんて……。
 それは、つまらない人生を送っていると、自ら暴露しているようなもの。
 こんなにすっと心の内を吐露してしまうなんて……。
 この少女には、不思議な力を感じる。
 人を素直にさせてしまう、不思議な力……。
「……そう。でも、決して、この世界が嫌いというわけでもないのでしょう?」
 すっと腰をまげ、唖呂唖の視線に自分の視線を合わせる。
 今度は、そらすことを許さないと、その目が見つめてくる。
 それに、唖呂唖は目を見開いてしまった。
 見つめ返してしまった。
 そして、くすりと肩をすくめる。
「……降参」
 そうつぶやくと同時に、右手を少しだけ上げて。
 あっさりと、図星をさされてしまった。
 満足はしていないけれど……決して、嫌いなわけでもない。
 ただ、唖呂唖は、現状を打開したいというだけ。
 もっとよい世界に……。
 そう。さっき柚巴が言ったような、青空が見えるような世界。
 この世界の空では、それは決して望めないけれど……。
 せめて、それが連想できるような、そんな清々しい世界になればいい。
 胸をはって、好きだと言える世界――


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update:05/04/21