空色の望み
(2)

「まあ! とってもいい雰囲気。柚巴ったら、あの得たいの知れない男にのりかえるつもりかしら」
 テラスを見渡せることのできる廊下の窓から、視線だけをそこへ向けて、華久夜が不満げにそう言葉をもらす。
 こちらからは、よく見渡すことができるけれど……恐らく、柚巴と唖呂唖のあの位置からは、こちらを確認することはできないだろう。
 何故だか、とってもいい雰囲気≠フ柚巴と唖呂唖を見ていると、腹が立ってくる。
 思わず、ごすっとこの石の壁に拳をうずめてしまいたい程度に。
 そんな憤る華久夜の横で、紗霧羅がぶんぶんと右手をふっている。
「ないない。そんなこと、絶対ないよ」
 と、きっぱりと言い切って。
 ……そうとも言えないこともないけれど……。
 そうじゃないとも言い切れないような……。
 たしかに、これが世凪だとしたら、言い切ることなんて簡単だろう。
 しかし、それは、柚巴。
 世凪と違って、柚巴は普通の女の子。
 極端な、偏った愛情を持つ女の子などではないから……。
 ――しかしまあ、その性格から、一途ではあるだろうけれど。
 一度のめりこんだら、とっぷりと足をすくわれるくらい。
 ……それは、笑えない。
 つまりは、一度、世凪じゃない男を好きになってしまったら……結局最後には、世凪は捨てられるということになるのだろう。
 そうなれば、荒れてやさぐれた世凪が、それこそ、世界の一つや二つ、簡単に破壊してしまいそうな気がする。
 柚巴のいない世界なんて意味がないとか何とか言って。
 そんな、杞憂めいたことを想像してしまい、紗霧羅は思わず身震いしてしまった。
 ……あながち、想像の域ではないような気がするから。
「あら? そうとも限らないわよ? 柚巴だって女の子だもの。あんな傲慢俺様横柄男なのだもの。愛想をつかしちゃうこともあるわよ」
 ふんとふんぞり返り、汚らわしく世凪をそうののしる。
 しかも、妙に確信めいて。
 そこまで言いますか。華久夜嬢。
 ――まあ、間違ってはいないけれど――
 ……どうやら、考えていた以上に、世凪には恨みを抱いているようで……。
 世凪に言われた一言を、よくもここまでしつこく根に持つことができるものである。
 ……ああ。でも、最近は、華久夜のお気に入りの柚巴を、世凪に独り占めされているから、そこにも恨みがこめられているような気はするけれど。
 とうとう、ぎりぎりと壁に拳をうずめはじめてしまった華久夜を、紗霧羅は困ったように見る。
「だから、ないのじゃないですか? だってあの男、柚巴だけは、目もあてられないくらい大切にしているから」
 ふうとため息をもらし、とんと壁にもたれかかる。
 そして、首だけを動かし、窓の外へ再び視線を向ける。
 その先では、変わらず、柚巴と唖呂唖が楽しそうに――見えるだけだけれど――会話をかわしている。
 本当に、こんなところ、あの男に見られた日には……。
 恐ろしすぎて、想像もできないことになるだろう。
 それにしても、いつも片時もはなさず、そばに柚巴をおいているはずなのに……今回に限っては、何故だか世凪は、いまもって姿をあらわさない。
 ……いや。今回だけでなく、この件に関して、妙にあっさりと、他人に柚巴を渡しているように思えてならない。
 ――一体、何を考えているのだろうか?
 あの柚巴馬鹿が、柚巴を自分の腕の中にとじこめておかないなんて。
 しかも、よりにもよって、相手は胡散臭いやつばかり。
 世界最大級の、謎。
「……まあね。――自分を大切にしてくれる(ひと)に、女の子は弱いものね」
 ふっと……年齢からは妙に大人びた笑みをこぼし、華久夜がつぶやく。
 それに、一瞬驚いたように目を見開き、紗霧羅は苦笑をもらす。
 このお姫様は、いつの間に、このような表情ができるようになったのか……?
「あれ? ということは、もしかして、華久夜さまにもそういうお相手が?」
 出てきた言葉は、そんなからかいがちなものだけれど。
「いないわよ!」
 だから当然、華久夜はむきになってそう返す。
 お気に入りの女性のうちの一人ではあるけれど、やっぱり、紗霧羅はどうも癪に障って仕方がない。
 だいたい、柚巴になれなれしいのがいちばん……。
 ――そう考えると、華久夜は、どうも、柚巴と仲のいい者すべてが気に入らないような気がする。
 むむっと紗霧羅ににらみを入れるもつかの間、すぐにその眼光は弱まった。
 そして、すうと窓の外に視線を移す。
 そこでは相変わらず、柚巴と唖呂唖の会話が続いているよう。
「わたしには、お兄様だけで十分。だって、あんなに愉快なおもちゃ、そうそうないでしょう?」
 ふっと視線を戻してきて、にっこりと紗霧羅に微笑みかける。
 もちろん、小悪魔の微笑みで。
 華久夜のころころと変わるその表情に、紗霧羅は肩をすくめる。
 この小悪魔お姫様も、柚巴とはまた違った意味で、憎めないのだよな〜とでも言いたげに。
 紗霧羅だって、このむやみに気位の高いお姫様を嫌いなわけじゃない。
 むしろ、好感を持っている方かもしれない。
 言っていることもしていることもめちゃめちゃだけれど……。
 心根は、いい子だと思えるから。
 世間では、いまだに、莱牙の父親が傍流に追いやられたことを理由に、陰口をたたく者もいるけれど、紗霧羅はそんなことで、莱牙や華久夜をさけたりしない。判断したりしない。
 ……それに、紗霧羅は知っているから。
 莱牙の父親……王弟が、傍流に追いやられた本当の理由(わけ)を。
 ――限夢界でも、ごく一握りしか知らない、その真実。
 それを知っているだけに、嫌いになんてなれない。馬鹿になんてできない。
 いわば彼らは……限夢界の犠牲者ともいえるから。
 もちろん、そんなことがなくたって、紗霧羅は、人を噂や身分で判断したりはしない。
 柚巴のそばで、時々からまわりながらも、一生懸命に生きるこの兄妹が本当に好きだから。
 それは、柚巴を認めた……契約を結んだことにも、紗霧羅の性質がよくあらわれているだろう。
「お気の毒に」
 わざとらしく肩をすくめ、そう言ってみせる。
 そして、また窓の外へ視線を移す。
 それでも、華久夜が再び窓の外に視線を移すことはなく、じいっと紗霧羅を見つめたまま。
 その視線を痛いくらいに感じ、早々と白旗をあげてしまう。
 ふいっと華久夜に視線を戻すと、間髪をいれず、とんでもない言葉をぶつけられた。
「紗霧羅。あなた、最近、お兄様とよく一緒にいるわよね? どういうこと?」


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update:05/04/27