空色の望み
(3)

「はい〜!?」
 華久夜のとんでもない発言に、紗霧羅はこれでもかというほど、すっとんきょうな声を上げる。
 そのような紗霧羅を、華久夜は疑わしげにじいと見つ……にらみつづける。
「……同じ、柚巴の使い魔だから……なんてそんな野暮な理由じゃだめよ」
「あのね、華久夜さま……」
 紗霧羅は、今度は、これでもかというほど、がっくりと肩を落としてしまった。
 まさか、華久夜がそんなことを考えていたとは……。
 そんなことを言ってくるとは……。
 たしかに、一緒にはいるけれど……。
 だけど、実際、同じ使い魔だからで……。
 そして、傷心の莱牙をなぐさめる――または、からかう――ために、一緒にいるだけで……。
 他意はない。
 ……この姫君は、一体、紗霧羅に何を期待しているというのだろうか?
「紗霧羅なら……いいから。紗霧羅になら、お兄様をあげてもいいわ」
 すいっと紗霧羅から視線をそらし、じっと床をにらみつける。
 そしてそこで、少しすねたようにむっつりとした表情で、そうつぶやく。
 そのような華久夜に、紗霧羅はあっけにとられてしまった。
 それにしても……やっぱり。そういうこと。
 このお姫様も、好きですね。
 たしか、莱牙が柚巴にほれちゃって、だけどその柚巴は莱牙じゃなくて世凪といい感じで……の時から、莱牙をからかって遊んでいたような気がする。
 いや、それ以前、莱牙の思いがばれてしまった時から?
 どうして、この時分の女の子は、こういった色恋の話にすぐ結びつけたがるのだろうか?
 もうずっと昔にその時分を過ぎてしまった紗霧羅は、困ってしまう。
「って、ちょっとお待ちよ。お姫さん。あのね、莱牙さまとわたし、一体、いくつ年がはなれていると……」
 痛みを覚えはじめた頭を抱え、紗霧羅はそれだけをようやく口にする。
 しまいには、めまいまで覚えてしまいそうで……。
 一体、どこをどうすれば、そういう話になるのか。
 第一、相手は王族で、しかも、百歳は年下のそんな子供に……。
 ――いや。実際には、莱牙のことを、子供とも年下とも思ったことはないけれど。
 だけど、あまりにも無理がありすぎる。
「年なんて関係ないじゃない。たった百歳くらいでしょう? あねさん女房というのもいいのじゃない?」
 どこまでも強気なのが、このお姫さま。
 こうと思ったら、頑としてゆずらない。
 なんか……本気でめまいが……。
 紗霧羅の視界が、ぐらぐらとゆれる。
 もう、この窓の外の柚巴と唖呂唖を出歯亀する余裕すら失われてしまって……。
 くらくらくらくら、体までゆれてきたような気がする。
 どうすればそこまで、突飛な発想ができるのだろうか?
「まったく、あなたって人は。好きだね。そういうの」
 はあと大きくため息をもらし、どうにかめまいをこらえる。
 本当に、華久夜は、こういった話が好きなのだから。
 莱牙が柚巴に寄せるその思いがばれた時だって、それはそれは、ざっくりと莱牙をきり捨てていたものである。
 ……莱牙のそれとはまた違った方法で、紗霧羅で遊んでいるようにも思える。
 当然、華久夜のことだから、また強気でとんでもない言葉を返してくれると思っていたのだけれど……。
「……だって……今のお兄様、見ていられないもの。むしがいいかもしれないけれど、お兄様の心を癒してくれるのなら……」
 実際に華久夜の口をついたのは、そのような弱気な発言。
 むしろ、普段、散々踏みつけているにもかかわらず、兄を気づかうような言葉で……。
 紗霧羅は、肩透かしを食らったような気分になった。
 だけど、同時にこみ上げてくる、この不可思議な優しい気持ち。
 やはり、どんなに暴言をはいたって、暴挙に出たって……実際には、兄が大好きなようで。
 このお姫様もまた、素直じゃない。
「――それは、無理だよ。そういうのは、自分でどうにかするものだよ。他人に頼ってはいけないよ」
 肩をすくめ、ふわりと微笑んでみせる。
 抱く思いとは、感じる思いとは、裏腹に。
 本当に、そういう感情は、他人がどうにかできる……どうにかしてはいけないもの。
 自分自身の力で、思いで、吹っ切ってこそ、はじめてその思いに終止符を打てる。
 いくらまわりが気にかけたって、騒いだって、結局は、その思いは、その人だけのものだから……。
 その人以外、その思いの真実を知る者はいない。
 それが、どのくらい大きな思いか……ということも。
 できても、所詮は、推し量れる程度。
 だから、他人が決着をつけることなど……不可能。
「……知ったふうな口をきくわね?」
 むっとすねた表情で紗霧羅をにらみつけたかと思うと、すぐにゆるめ、困ったように微笑む。
 そして、紗霧羅と同じように、肩をすくめてみせる。
 そのような華久夜の頭を、紗霧羅はくしゃりとひとなでする。
 すると華久夜は、泣きそうにも見える笑みを浮かべた。
 そっと、頭におかれた紗霧羅の手に触れて。
 その時だった。
 背後で、ごほんという咳払いが聞こえた。
 今まで誰かの気配すら感じなかったのに。
 華久夜は、慌てて振り向く。
 するとそこには、腕組みし、仁王立ちで、華久夜をにらみつける莱牙の姿があった。
 そんな莱牙をぽかんと見つめる華久夜の頭の上には、あははと誤魔化し笑いをしている紗霧羅の顔がある。
 どうやら、先ほどから、莱牙がそこにいたことを、紗霧羅は気づいていたようである。
「華久夜、お前なあ。自分に都合がいいように事を解釈するな」
 はあとあてつけがましいため息をつき、ぎろりと華久夜をにらみつける。
 まったく、どこからそういう発想がわいてくるのだ!?と、これでもかというほど呆れて。
「あら。お兄様。聞いていたの? いやらしいわね」
 つい先ほどまで、ぽかんと莱牙を見ていたはずなのに、ふんと鼻で笑うように、そう言い放つ。
 そして、挑むような眼差しを莱牙に送る。
 それで、莱牙は早々と、戦意喪失させられてしまった。
 華久夜をにらみつけていたその目が、ふっと諦め……呆れの境地に至る。
 本当に、このお姫様は……。
「こんなところで堂々と話していれば、いやでも耳に入る」
 馬鹿にするように、そう言い放つ。
 そのような莱牙を、華久夜はやはり、ぎんぎんと目を光らせ挑発する。
 しかし、莱牙はその挑発にはのらず、すっと華久夜から視線を移動させ、華久夜のすぐ後ろの窓の中で視線をさまよわせる。
 そこにはやはり……まだ、柚巴の姿がある。
「……それに、俺はもう、柚巴のことなんて何とも思っていない」
 切なそうに窓の外を見つめながら、莱牙は自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。
 それは、華久夜にも紗霧羅にも誰にも伝えるためのものではなく、自らに言い聞かせるための言葉。
 そう思うように、諭すような――
「嘘ばっかり」
 もちろん、そのような莱牙にちゃちゃを入れないわけがない。
 華久夜は、じいと莱牙を見つめ、きっぱりとそう言ってのける。
 懸命にそらそうとする目を追いかけて。
 今は……華久夜には、その目を見られたくないとでも言いたげに、視線を必死にそらす。
 ゆらゆらと、その瞳がゆらめいていることなど……当然、華久夜にも、紗霧羅にもわかってしまうけれど。
「嘘じゃない……。そう思わないと、やりきれないだろう?」
 それで、とうとう諦めてしまったのか、それとも吹っ切れたのか……莱牙は、窓の外の愛しいその存在をじっと見つめ、そうささやいた。
 ――やはり、そう思わないとやりきれない。
 まだ、胸を焦がすあの思いはくすぶったままだから。
 そんなにすぐに消えるような簡単な思いじゃない。
 いくら王子様と婚約したといったって……。
 わり切れるほど、分別がつくほど、大人じゃない。
 ……いや。大人だって、この思いだけは、持て余してしまうだろう。
 自分自身では、どうにもコントロール不可能な思いなのだから。
 どうしてこの思いは、こんなに厄介なのだろうか。
「……お兄様……」
 ふっと淋しげな微笑みを見せる莱牙に、華久夜はぎゅっと抱きついていた。
 そして、腕にこめる力は、無意識に強まっていく。
 どうしてこの兄は、こんなに不器用な思いを抱くのだろうか。
 どうして、こんなに不器用な恋をしてしまったのか……。
 他の人を好きになっていれば、こんなに苦労することも、苦しむこともなかったかもしれないのに……。
 ――きっと、柚巴でなければならない何かがあるのだろう。
 誰かを好きになるって、とても不思議。
 抱きつく華久夜の頭を、莱牙はなぐさめるように優しくなでる。
「莱牙さま……」
 そのような二人を目の端にとらえ、紗霧羅は再び視線を窓の外へ移す。
 そう莱牙の名をつぶやいて。
 闇の中、ここだけが、妙にあたたかい光に包まれているように見える。

 ――そういえば……莱牙は、華久夜のあの言葉を、一度も否定しなかった?
 それは、何故……?


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update:05/04/30