烙印を押された王子
(1)

 どこかの誰かさんが破壊してくれた城門の瓦礫が積まれているそのテラスでは、会話が続いていた。
「ところで、あの地震のこと、何かわかった? たとえば、震源地とか……」
 まっすぐに唖呂唖へ視線を向け、柚巴はそう問いかける。
 唖呂唖は、地震について調べると言っていた。
 だから、少しは進展したのではないかと、そう問いかけてみた。
 実際、比礼界のことをまったく知らない柚巴も、あまり知らない世凪たちも、この世界においては、唖呂唖以上の情報収集力はない。
 ここでは、異端そのものであるから、街の者に聞こうとしても……逆に疑われるのがおち。
 だから、そういうところについては、唖呂唖に任せるしかない。
 だからといって手をこまねいていたら、いつまでたっても決着がつかないので、世凪たちは世凪たちのやり方で、今回のこの事態を調べている。
 ただ……それは、世凪と梓海道がほとんど中心になっていて、他の者たちにはあまり手を出させないようにしているのが、どうにも気になるところだけれど。
 ……まあ、その裏では、柚巴を覇夢赦の魔手から守るように……と、柚巴には秘密で命令を下されてはいるけれど。
 ――そう。命令。王子としての命令。
 ちゃっかりと、そういうところでは、王子の権限を活用しまくっている。
 本当に、にくい王子様である。
「ああ。それは――!?」
 柚巴の問いかけにふっと表情をゆるめ、答えようとしたが、そこで言葉は突如切られた。
 そして、きっと険しい顔になる。
 気も、一瞬にはりつめられた。
「どうしたの?」
 唖呂唖の急変に、柚巴は首をかしげる。
「……風が……かわった?」
 しかし、柚巴の問いかけに答える様子はなく、自分自身に問いかけるように、唖呂唖の口からそのような言葉がぽつりともれる。
 そして、そのような唖呂唖を前に、さらに首をかしげる柚巴に気づき、苦笑をみせる。
 少々、柚巴への配慮に欠けた……とでも言いたげに。
「ああ。今、風の流れがかわったような……」
 だから、そうやって、柚巴にもわかるように説明しようとした瞬間、唖呂唖はぐいっと柚巴を抱き寄せた。
 半ば強引に、だったかもしれない。
 その直後、どんという音とともに、激しく地面がゆれはじめた。
 すぐ後ろに積まれていた瓦礫の山が、がらがらと崩れ落ちてくる。
 それから身を守るため、唖呂唖は、自分と、自分の腕に抱き寄せる柚巴を守るように気の防壁をつくる。
 その瞳の色のように、淡いスカイブルーの壁。
 ふわりと、柚巴の髪が、唖呂唖の鼻をくすぐる。
 ……ともて、よい香りがする。
 あまいようで、だけどさわやかで……。
 今までかいだことのないような、頭の芯がくらっとするような香り……。
「あ、ありがとう」
 そうやって、柚巴から香ってくる香りに思わず気をとられていると……胸の中で、もぞもぞと動く気配がした。
 そのような言葉とともに。
 それで唖呂唖は、一瞬、どこか遠くへ馳せていたその意識を、一気に引き戻してくる。
 そういえば、もうゆれはおさまっている?
「い、いや」
 腕の中で、もぞもぞと動き、そこから逃れようとする柚巴を、唖呂唖は慌てて解放する。
 ぷいっと、顔をそらす。
 そらした顔は、赤く染まっている。
「今のは、かなり大きかったな」
 そして、それを誤魔化すように、慌ててそうつけ加えた。
 すると柚巴も、慌ててそれに言葉を返す。
「う、うん」
 柚巴の顔も、どうやら、赤く染まっているようである。
 互いに、どこかそわそわと、落ち着きがない。
 すでに、今起こった大きなゆれさえ、忘れてしまったかのように。
 そんなゆれよりも、今のとっさのその行動に、二人とも、動揺しているようである。
「それで、さっきの続きだけれど……。今も、俺の仲間が、この地震の原因をつきとめるために駆けまわってくれている。――つまりは……平たく言うと、まだ何もわかっていないということなのだが……」
 苦笑まじりに、唖呂唖が柚巴を見つめる。
 自分から協力を申し出ておいて、結局は何の進展もない。
 これでは、情けなくなってくる。
「早く……わかるといいね。そして、対策をたてなくちゃ」
 しかし、柚巴はそんなことは気にしたふうはなく、何やら真剣に考えこんでしまった。
 その内で、いろいろと模索でもしているのだろうか?
「ああ……」
 柚巴の独り言とも思えるつぶやきに、唖呂唖は苦笑をにじませる。
 本当に、情けない。
 そして、柚巴を見つめる。
 まっすぐな眼差しが、柚巴に向けられる。
 その視線にふと気づき、柚巴は首をかしげた。
「……何?」
「いや…。なんだか、こうしてあんたと話していると……納得できると思って。あんたが、限夢界の危機を救ったってこと」
 柔らかく……だけどどこかまぶしいものでも見るような唖呂唖の視線が、柚巴に向けられる。
 その視線に、柚巴はすいっと目をそらしてしまった。
 そのような目で、見られたくはない。
 そして、ぽつりとつぶやく。
「……違うわ。わたしじゃないわ……」
 淋しそうに、空にその目が向けられた。
 そのような柚巴を見て、唖呂唖は苦く笑う。
 ……この柚巴という少女を、わかってしまえたような気がして。
 きっと、この少女の心は、無垢で、驕りなんてなくて……。
 だけど、それがために、きっと誰も気づいていない苦しみを抱えているのではないか。
 ……ふともらされた、そのような弱音ともとれる柚巴の言葉から、なんとなくそう思ってしまう。
 きっと、他の者たちの前では――あの王子はどうかはわからないけれど――普段、心配をかけまいと、懸命に強がっているのではないだろうか。
 強がったって、どうにもならないとわかりつつ。
 懸命に、自分の中の矛盾と戦い、葛藤している。
 そう思うと同時に……唖呂唖の胸に、不思議な感情が芽生える。
 この少女を守りたい、そんな不思議な感情が――


 そのような、柚巴と唖呂唖のやりとりを見つめる、二対の目がここにある。
 はるか上空。
 地上からは、気配をよみとるのも一苦労かもしれない、そんな高い空。
 それでいて、この二人のことだから、絶対に気配を消しているだろう。
 だから、誰にも気づかれることはない。
 目をこらして、空の一点を見つめない限りは……。
 その二対の目の持ち主は、王子と、彼を見守る従僕。
「……世凪さま。やはり、このようなことは……」
 明らかな不安の色を顔いっぱいににじませ、梓海道はためらいがちに世凪にそう話しかける。
 もう、このようなことはしたくない。
 いや、やめた方がいい。
 世凪のためにも。
 そう、その瞳がいっている。
「うるさい。お前は黙っていろ」
 しかし、主を心配する従僕に返される言葉は、冷たいそれ。
 意見することは許さないと、ぴしゃりと言い切られてしまった。
「は、はい」
 だから梓海道は、もうそう答えるしかない。
 本当は、こんなこと、して欲しくなどないけれど。
 ひと時もはなれず、柚巴のそばにいて、柚巴を守っていて欲しいけれど……。
 そして、それは、間違いなく、世凪も心で望んでいることだろう。
 そう思えてならないのに――

 本当にいいのだろうか?
 その胸の内は、絶対に煮えたぎっているはずなのに……。
 別に、そこまでして、自分の思いを押し殺してまで、世界のために行動しなくてもいいのに。
 従僕にはあるまじき……いや、従僕だからこそ、そう思ってしまうのか……。
 この主には、思いのままに行動してもらいたい。
 そう。こんなことなどせず。
 この世でたった一人、大切なその存在を退けてまで……。
 高ぶる感情を犠牲にしてまで……。
 きっとこの王子は、思っている以上に、その肩書きに苦しんでいるのではないだろうか。
 責任を抱えているのではないだろうか。
 それが、頼もしく思う一方……悲しくなってくる。
 思うままに生きて欲しいのに。
 思うままに生きることは許されないのだろうか?
 王子……という、そのたった二文字の言葉のためだけに。
 願わくは、この悲しき定めの王子には、柚巴だけを思って生きて欲しい。
 願うままに生きて欲しい。
 幼き日の王子の苦しみを知っているから。
 そして、その中で見つけた、一条の光も知っているから。
 だから、たった一つの幸せ、願いだけは、どうか見失わずに……。
 母殺しの汚名を持つ、この王子には――


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update:05/05/04