烙印を押された王子
(2)

「柚巴、話せ」
 ぶしつけに、世凪がつめよる。
 目の前には、紗霧羅に抱きしめられ、華久夜にじゃれられている柚巴がいる。
 いきなり現れ、腕組みをし、威圧的に柚巴だけ≠見る。
 そのような世凪に、三人同時に、それまでの楽しそうな雰囲気をぴたっと凍りつかせ、視線を流す。
「……え?」
 ぎゅうと紗霧羅に抱きつかれたままのかたちで、柚巴は数秒遅れてしか言葉を返すことができなかった。
 あまりにも唐突だったから、その言葉すらもすぐには出てこなかったらしい。
 柚巴のつぶやきにつられるように、華久夜と紗霧羅も動きを取り戻す。
 どこか威圧的な世凪から――世凪が威圧的なのはいつものことだけれど、明らかなそれは柚巴には向けられない。いつもなら――柚巴を隠すように、紗霧羅はぐいっと体をよじらせる。
 華久夜も同時に、がばっと柚巴を抱く紗霧羅の腕に抱きついていた。
 どうやら、女二人がかりで、彼女たちのお姫さまを、傲慢俺様男から守ろうということらしい。
 それに、世凪の眉が一瞬ぴくっと反応していたけれど、それはあえて気づいていないふりをする。
 ……そう。世凪にしては、どこか大人らしいその反応。
 それにますます、華久夜と紗霧羅の不審は募る。
 常なら……こんな世凪はあり得ない。
 即座に、その腕の中から柚巴を奪い返そうものなのに……。
「え?≠ナはない。お前、一人この世界に来てから、一体何があった?」
 唇を一度かみ、はき捨てるようにそう問う。
 そして、柚巴を抱き背を向ける紗霧羅の正面に、すっと移動する。
 こんなところで、無駄に力を使って、瞬間移動。
 それがどうにも癪に障る。
 紗霧羅のぎろりとしたにらみが、世凪に送られた。
 しかし、それを受け取るでもなく、さらっとかわす。
 やはり、いつもの世凪とは、どこかが、何かが違う。
 この男なら、すぐにむきになり、やはり柚巴を奪い返そうものなのに。
「……鬼栖ちゃんから……聞いているでしょう?」
 当然、そんな世凪の異変は、柚巴にもわかってしまう。
 柚巴を抱く紗霧羅の腕をするりと抜け、華久夜をかわし、世凪の前にすっと出てくる。
 そして、じっと世凪を見つめる。
「う……っ」
 柚巴のあまりにもスマートな振る舞いに、逆に世凪が気おされてしまったよう。
 言葉につまり、苦渋をにじませる。
 あの世凪に、こんな表情をさせてしまえるのは、たとえ限夢界……人間界広しといえど、柚巴くらいのものだろう。
 彼女以外、それを成し遂げられる者はいない。
「鬼栖ちゃんの言っていること、本当よ。わたしは……」
「まったく。訳がわからんな。何故、あの男は柚巴を狙う!? 柚巴の命を狙ったところで、何になるというのだ!? どう考えても、メリットなどなさそうなのに……」
 さらに言葉を続けようとする柚巴を遮り、世凪は、半ばやけ気味にそうはき捨てる。
 何より、柚巴に冷たい態度をとられていることが悔しくて仕方がない。
 そして、何かを隠しているようだから……そこがとても悲しい。
 世凪にだけは、隠し事などして欲しくないのに。
 柚巴は、いつも気をつかって、苦しんでいることがあっても、あまり人に話そうとしない。
 身のうちにためこんでしまう。
 そこが、不安でならない。
 いつか、それにおしつぶされてしまうのではないか。
 どんなことでも、一人で抱え込まずに話して欲しいのに。
 その苦しみを分けて欲しいのに……。
 分かち合えば、苦しみは半分に減るはずだから。
 むりやり聞き出すことも可能だけれど……柚巴に、そんな無体なことはできない。
 いちばんは、やっぱり、柚巴がいつも幸せそうに微笑んでいてくれることだから。
 だけど、そんな奇麗事だけで通用するような、優しい世界ではないから……。
 柚巴や世凪がいる世界は。
 だから、せめて、ほんの少しでもいいから……その苦しみをわかりたい。分けて欲しい。
 そう願うのは、世凪のわがままだろうか? エゴだろうか?
 柚巴の幸せだけが、世凪の幸せなのに……。
 柚巴は、世凪のその言葉に、言葉を返すことができなかった。
 ただ、困ったように肩をすくめるだけ。
 そんな顔、世凪にはさせたくないけれど……。
 だけど、これは仕方がないことだから。
 本当はそうじゃないけれど、あえて言わない。
 覇夢赦は柚巴の命を狙っているのではなく、柚巴を試しているだけ。
 そして、それは、ある程度結果を得られるくらいにはなっているだろう。
 覇夢赦は、柚巴に言っていたから。
 柚巴が欲しいと。柚巴の力が欲しいと……。
 でも、それは言わない。
 言うと、世凪はよけいな心配をするから。
 そして、このまま、この世界を見捨て、帰ろうとするから。
 それが、間接的に、限夢界に甚大な影響をもたらすことを心得ながら、柚巴のためだけに、限夢界の多くの民を見捨てることになる。
 それだけは、させられない。
 王子としての自覚をもちはじめた世凪に、それだけはさせてはいけない。
 きっと、後で苦しむことになるから。
 一人で抱え込み、苦しむことになるから。
 普段、とんでもない暴れん坊だけれど、本当は誰よりも繊細な心の持ち主だと知っているから……。
 だけど、これだけは言っておかなければ……。
「……でも……きっと、本気で命は狙っていないと思うよ?」
 そう。それだけは言っておかなければいけないし、それだけしか柚巴には言うことができない。
 本当は、すべてを世凪にぶちまけて、守って欲しい……。
 そんな都合のいい思いがないといっては嘘になるけれど……。
 だけど、守られるだけのお姫様になるつもりはない。
 守られるだけが、どんなに苦しいことか知っているから。
 かつて、自分には何のとりえもないと諦めていたあの頃。
 どんなに、守ってくれている使い魔たちに感謝し、そして申し訳なく思っていたことか……。
 力がなくとも、少しの勇気を出すだけで、守られるだけではなくなるとわかった今では、今度はその微力でも役に立つなら使って、誰かを守りたい。
 そう思っても、いいのではないだろうか?
 それが、世界中の誰よりも愛しいこの人なら、なおのこと……。
 人間界、限夢界、二つの世界の中で、この人がいちばん愛しい。
 柚巴だけの王子様。
 たった一人の人。
 その人を守る。その人の心を守る。
 柚巴の力では、それが精一杯。
「どういうことだ?」
 当然、柚巴のその意味深な言葉に、不審を募らせない世凪ではない。
 わざとらしく、顔をしかめてみせる。
 それでも柚巴は、そのような世凪に臆することなく、まっすぐに世凪をその目にとらえる。
「だって、本当にわたしを殺しちゃったら……戦争になっちゃうもの。それだけは、比礼界だってさけたいよね?」
 さらっと柚巴の口からでてきたそれ。
 さらりと言うには、あまりにも大層なこと。
 もちろん、それも嘘じゃない。
 柚巴でもわかるから。
 限夢界の王子様の婚約者、その立場がどんなに大きなものか。
 頭でだけならわかっている。
 ……気持ちは……まだあまりついていけていないけれど。正直なところ。
 それでも、これは妥当な答えだと思う。
 ほら、世凪だって、渋々だけれど……納得せざるを得ないようだから。
「……まあ、百害あって一利なし、だからな」
 皮肉めいた笑みを浮かべ、舌打ちをする。
 結局のところ、柚巴にうまくはぐらかされてしまったように思えてならない。
 どうして、この愛しい少女は、いつも大切なことを隠したがるのか……。
 それは、世凪はもちろん、華久夜や紗霧羅だって思ってしまう。
 この柚巴と世凪の会話を聞いていれば……。
 柚巴は、かつて、世凪が彼女を王子様のお妃にしようと動いていた時も、いちばん大切なことを隠していた。
 そんな前科があるから、どうしても不安になってしまう。
 今度は、一体、何を隠しているのか?
 それは、柚巴一人の肩に負いきれるものなのか?
 華久夜と紗霧羅は、困ったように目配せし合う。


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update:05/05/10