姫君のための術師
(1)

 ゆらゆらと、暗いこの部屋に、ゆれる一つのろうそくの火。
 たくさんのろうそくやランプや……他のものにすれば、もっと明るいだろうに、何故だか一本だけのろうそく。
 その灯りが、天幕に映り、不気味な影を浮かび上がらせる。
 気味の悪い雰囲気をかもし出す。
 そうすると……このろうそく一本は、わざとなのだろうか?
 陰湿な空気を演出するための……。
 いや。この男に限っては、そうではなくて、ただ純粋に闇を好むだけ?
「王……。まだ続けるおつもりですか?」
 しわがれた声で、気弱そうにもたらされる言葉。
 この狭い部屋にもかかわらず、消え入りそうで聞きとりにくい。
 それに反し、この部屋によく反響するこの声。
「うるさい。まだ、完全な結果は得られていない。本来の力をすべて発揮するまで……続ける」
 くるりと水晶玉をなで、男……覇夢赦はにやりと微笑む。
 しかし、その下では、水晶玉を今にもぱきんと破壊してしまいそうなほどのいらだちを隠していることも明白。
 そろそろ、我慢の限界にきているらしい。
 柚巴の本来の力とやらが発揮されないばかりか、邪魔が入ってきたから。
 あの王子がそばにいては、何かとやりにくい。
 そればかりではない。
 王子の差し金だろうか、使い魔たちが、いつも柚巴の周囲で目を光らせている。
 これでは、試すにしたって、もっと違った、直接的でない方法を考えねばならない。
 まったく、面倒くさいことになったものである。
 何より、柚巴がなかなか本来の力を見せないのが悪い。
「……しかし、もう潮時かもしれません。限夢界から王子たちがやってきたのですから」
 どうやら、この側近は、覇夢赦とは対照的な考えのようである。
 ……どちらかといえば、こちらが賢明な判断と思える。
 あの世凪と、そして限夢界でも屈指の使い魔たちが柚巴を守っているのだから、そう簡単に手を出せようはずがない。
 一人は、傍流においやられたとはいえ王族。
 その力……近頃の活躍ぶりは、比礼界にだって伝わってきている。
 そして、その妹もいる。
 たとえ子供だって、王族といえば、その力は侮れない。
 一人は、かつての近衛の将軍。
 現在は、退いたとはいえ、その力は衰えてはいないだろう。
 一人は、霧氷の紗霧羅と異名を持つやっかいな女性。
 女性といっても、荒くれどもを相手にしている守備隊ときているから……その力はいかばかりか。
 一人は、近衛の少佐。少佐といっても、やはり、侮ってはいけない。
 限夢界では、特別な意味を持つ、三銃士≠フ一人だから。
 一人は、無名の男。
 しかし、あの元近衛将軍の愛弟子というから……やはりただものではないだろう。
 そして、残りは、王子とその側近。
 側近の髪の色は……稀に見る鮮やかな銀。
 王子の力がどれほどのものか、推し量れない。
 そのような者たちを相手に、まともにやりあってただですむはずがない。
「それでもかまわん。奴らとて、完全に守れるとは限らないだろう」
 にもかかわらず、覇夢赦はいたって強気である。
 たしかに、いくら手勢をそろえたところで、一瞬の隙をつけば、どうにかならないこともないかもしれない。
 しかし、その隙。
 そうやすやすと生まれるものだろうか?
 逆に、返り討ちにあってしまう可能性の方が高いだろう。
 ちょこまかと動くだけで、たいして役にはたたないけれど、小悪魔も柚巴のそばにいることだし。
 あれが盾になる、ということは、これまでの経緯からよくわかっている。
 その身を命を犠牲にしてでも、柚巴を守るだろう。
 まさか、人間に従う小悪魔が、それほどまで従順だとは思わなかったが……。
「……やって……のけてしまうかもしれませんよ?」
 ふと……頭に浮かんだ本音が口をついてしまった。
 それに、当然のことながら、覇夢赦は憎らしげに顔をゆがめる。
 しかし、その言葉の意図するところはわからず、眉根を寄せる。
「では、わたしはこれで失礼します」
 覇夢赦のその表情の変化に気づいているはずであるのに、側近……フードの男は、すっと天幕の向こうに姿を消していった。
 それを、多少訝しく思いつつも、覇夢赦は静かに見送る。
 そしてすぐに、あることを思いついてしまい、覇夢赦の頭の中から、それはあっさりと消えていく。
「……次は……あいつを使うか?」
 そうひとりごち、不気味に微笑む。
 ろうそくの火で、目がぎらりと鈍く輝く。


 ふわふわ、ふわふわ、柚巴の目の前でゆれる黒い毛。
 ソファにおもしろくなさそうに体を沈め、胸にぎゅっと鬼栖を抱き、柚巴はむっつり顔で窓の外に広がる景色を見る。
 外はやっぱり真っ黒で……。
 本当、この闇ばかりの世界、どうにかならないものかと思ってしまう。
 たしか、覇夢赦はこの世界のことを、地獄≠ニ言っていたけれど、なんだか、まさしくそうだと思えてきてならない。
 こんな闇ばかりの世界は、柚巴にとっては地獄そのもの。
 この目で、血の池地獄――のようなもの?――も見てきたけれど……。
 あれはあれで、吐き気を覚えるほど、気を失いそうなほど、凄惨なものだったけれど……。
 この闇もまた、苦痛に他ならない。
「……ねえ、華久夜ちゃん、紗霧羅ちゃん。暇よね〜?」
 ぼふっと鬼栖の毛むくじゃらに顔をうずめ、柚巴はぶうたれる。
 柚巴の前で、楽しそうにいつもの喧嘩を繰り広げていた華久夜と紗霧羅は、その言葉でぴたっとそれをやめてしまった。
 そして、同時に柚巴を見つめる。
「まあ、そうね。だってわたしたち、禁止令出されているから。あのボケ王子に」
 ふうとわざとらしいため息を一つつき、華久夜がそう言ってのける。
 その横で、紗霧羅が激しく首を縦にふる。
 今の今まで喧嘩をしていたはずなのに……もうこの息の合いっぷり。
 まったくこの二人は、何というか……。
「どうして、わたしたちは、情報収集に参加させてもらえないのかな……」
 ぶうと、柚巴の頬はますますふくらんでいく。
 「いや……それは……」と、紗霧羅は何かを言おうとしたけれど、結局、声にすら出すことなくそれをのみこんだ。
 それを言うと、なんだか柚巴が暴走をはじめてしまいそうな気がしたから。
 この柚巴という少女は、その性格をわかった今では、行動が簡単によめてしまう。
 駄目と言われれば、強引に事をすすめてしまう、そんな天の邪鬼なところがある。
 それをわかっていて、それでも今回、世凪は柚巴を、ここ、あてがわれている部屋にとじこめている。
 もちろん、華久夜と紗霧羅はその見張り役。
 そして、護衛。
 柚巴と仲のいいこの二人では、しかも調子のいいこの二人では、どうにも信用に欠けるけれど……。
 だからって、他の男たちと一緒においておくよりかは、断然まし。
 幻撞と虎紅はそうでもないけれど……。
 莱牙と由岐耶だけは、侮れないから。
 死んでもそばになどおいてやらない。
 彼ら二人は、絶対に柚巴に気がある。
 莱牙にいたっては、気があるどころではすまされない。
 世凪だって、それくらいわかっている。
 だから、絶対に、柚巴をその二人と一緒にするわけにはいかない。
 その能力からして、柚巴の見張り役を担うに適している二人だけれど……。
 自分が一緒にいることを我慢しているのに、どうして恋敵(ライバル)にそのおいしい役をゆずれるものか。
 恐らく、そのような思惑から、どうにも信用できないこの二人が選ばれたのだろう。
 本当に、世凪という男が、まるわかり。


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update:05/05/14