姫君のための術師
(2)

「ねえ、やっぱり、退屈よね? それに、こんなところでおとなしくしていたって、何にもならないわよね? どう? 二人とも。これから街へ出て、情報収集というのは……」
「却下」
 いいことをひらめいたとでも言いたげに言ってきたその提案を、華久夜と紗霧羅は即座にそう切り捨てた。
 ……案外、この二人でも、柚巴の見張り役をこなせるのだろうか?
 この二人なら、一緒になって楽しみそうなものなのに……。
 さすがに、今柚巴にうろちょろされては、とんでもないことになるかもしれないことは、この二人でもわかっているようである。
 覇夢赦に狙われている……。
 と、それもあるけれど……。
 もう一つ、気がかりなことがあるから。
 それは、唖呂唖。その男の存在。
 あのテラスでの一件を目にした時から、唖呂唖には気をつけろ。そう二人の中で警鐘が鳴っている。
 二人の目には、唖呂唖が、急激に柚巴に好感を抱いていっているように見えてしまうから。
 これ以上、やっかいな奴が増えては困る。
 ……それにしても……どうしてこの少女は、こうもおかしな男にばかり好かれるのか……?
 まあ、おかしな男といっても、世凪と莱牙くらいのものだろうけれど。
 あとは、普通といえば、普通?
 ある意味、いろんな方向に偏ってはいるけれど。
 たとえば、真面目一直線馬鹿とか?
「い〜じ〜わ〜る〜。いいもん。じゃあ、鬼栖ちゃん。一緒に……」
 二人にあっさりと袖にされ、今度はターゲットを鬼栖に移す。
 しかし、こちらも……。
「俺様は、こうやって柚巴とらぶらぶしていたい」
あっさりと、そう却下されてしまう。
 ……それにしても、らぶらぶって……?
 何かを、激しく勘違いしているのでは?
 それは当然、華久夜の目も、紗霧羅の目も、そして柚巴の目までも、呆れたようにすわらせてしまう。
 しかし、当の本人はそれには気づかず、うきうきと嬉しそうにうかれている。
 ……本当に、この小悪魔は、いつでもどこでも幸せでいいこと……。
「じゃあ、そういうことはしないで、普通に散策……はだめ? いろいろ、街中を見てまわりたいとも思っているの。限夢界の城下みたいに」
 おねだりするように、ちらっと華久夜と紗霧羅に視線を流す。
 すると、どうやら……今度は、多少たじろいでしまったようである。
 それは、柚巴だけに限らず、この二人にも魅力的な誘いだから。
 たしかに、はじめて来た世界。
 そこの街を散策するなんて、そんな楽しそうなこと……したい! したいに決まっている!!
 世凪は柚巴を危ないめにあわせたくないから、ここでおとなしくしているように言ったけれど……。
 じゃあ、危ないことでなければ?
 それなら、許される?
 華久夜と紗霧羅という立派な護衛もいることだし?
 ……おまけに、役立たずの鬼栖もいる。
 頭数にだけは加えておこう。
 二人と一匹が柚巴を守るのだから……。
 普通に散策を楽しむだけなのだから……。
 華久夜と紗霧羅は、激しく葛藤する。
 しかし、いくらも時間をおかずに、結果は簡単にでてしまう。
 もちろん、そう。これ。
 これに決まっている。
「……散策……だけだからね。それに、すぐに戻るよ。あの馬鹿王子にばれたら、あとが厄介だから」
 あえて渋々……といった表情をつくって、そう答える。
 本当は、自分たちだってのり気なのに。
 柚巴と一緒に、あちらこちら見てまわるのは好き。大好き。
 紗霧羅がおれると同時に、柚巴は抱く鬼栖をぽーんと放り出し、がばっと立ち上がっていた。
 そして、嬉しそうににっこりと微笑む。
 このような柚巴を見ると、紗霧羅まで、自然顔がゆるんでしまう。
 気づけば、多少困ったようではあるけれど、優しい目で柚巴を見ていた。
 その横では、ため息をもらしつつ、華久夜も微苦笑を浮かべている。
 もちろん、その心は、すでにうきうき。
 それにしても、かわいそうなのが鬼栖。
 柚巴にまでこのような仕打ちをされてしまうとは……。
 今の今まで、柚巴の胸の中で、極楽だったのが……一気に地獄。
 こうやって、女三人と小悪魔一匹の、比礼界城下散策が、あっさりと決定されてしまった。


 意気揚々と城を抜け出し、街中に出てきたまではいいものの……あまりにも予想と違うその光景に、柚巴たちは愕然と肩を落とす。
 その街の景色は、一言でいえば、混沌。
 それだったから。
 限夢界の表通りのようなものを想像していただけに……絶句。
 それはまるきり、限夢界の裏通りのよう。
 廃れ、人の姿もあまり目にしない。
 時折目にしたと思えば、ぶつぶつ言いながら、ふらふらと歩く男だとか……。
 酒瓶片手に、ごみ溜めに頭をつっこむ男だとか……。
 とうてい、普通≠フ者の姿を見ることなどできない。
 もちろん、並ぶその建物も、崩れかけ。薄汚れている。
 荒廃している。
 このような城下を放置しているなんて……。
 一体、この世界の王は、どのような施政を行っているのだろうか。
 これが、比礼界の城下?
 ……地獄?
 現実?
 これはまるで、パルバラ病が流行していた時の、あの限夢界のよう。
 ぞくりと、寒いものが駆け抜けていく。
 どうやっても楽しめそうにないその様子に、三人は顔を見合わせうなずき合う。
 それは、おとなしく帰ろう。
 そういうことだろう。
 このような街中では、人々にあの地震について聞いてまわることすらままならないように思える。
 話しかけても、答えてくれそうにない。
 この陰鬱とした雰囲気が、柚巴たちを消極的にしてしまう。
 そして、ようやくわかったような気がする。
 世凪たちが、女は駄目だと言って、情報収集に協力させてくれなかったことが。
 紗霧羅はまあ、別として、このような光景、柚巴や華久夜に見せてよいものではない。
 柚巴ならば、それに心痛めて……。
 華久夜は純粋に、お姫様だから。その気質からして何から何まで。
 だから……だから、見せられないだろう。
 大切だから。大切な仲間だから。
「……柚巴。あきらめようか? わたしたちには無理だよ」
 ふっと淋しそうな笑みを浮かべ、紗霧羅は柚巴にそう問いかける。
 本当は、紗霧羅にとってはたいしたことではないけれど……。
 こんなに顔色の悪い柚巴と華久夜を見ていては、そう言わざるを得ないだろう。
 きれいなものばかりを見てきた二人には、これはむごすぎる。
 きれいなものしか見てきていない。
 それは、時に、いいことにはならないけれど……時に、いいことでもある。
 きたないものを知らないからこそ、汚れなく、純粋な心……。
 その清浄さをもって、病んだ、傷ついた人の心を癒すこともあるから。
 きれいなままの心でいて欲しい。
 世間知らずだけれど、その無垢な部分を、紗霧羅は愛しいと感じるから。


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update:05/05/19