変化と進化
(1)

「へえ〜。そういうことがあったのか」
 どこかの王子様に負けないくらい偉そうな態度で、ソファにふんぞり返る男が一人。
 今日もまた、夕暮れ時――といっても、この世界は常に闇空だけれど――にやってきて、そこに居座っている比礼人。
 その男のすぐ目の前では、同じようにふてぶてしくふんぞり返る男が一人。
 人間の少女を我が物顔で抱きしめて、むすうとおもしろくなさそうな顔をしている。
 誰よりも愛しいその少女を、腕に抱いているというのに。
 ……事実、この男にとっては、すべてがおもしろくないのだろう。
 この人間の少女にかかわること以外、すべて……。
「ええ。そうです。これも……覇夢赦王の仕業と思って間違いないですよね?」
 柚巴を抱きふんぞり返る世凪のすぐ横に立つ梓海道が、一応は丁寧にそう答える。
 世凪の「こんな奴になど、教えてやる必要はない」という、相変わらずの敵意むき出しの視線にひるむことなく。
 何というか……この梓海道という従僕は、何を考えているのかよくわからない。
 時には、悲しいまでに主の苦しみを理解し、主に忠実に動いているかと思えば、このように、さらりと主の意思を無視したりもする。
 この従僕は従僕なりに、今最も適切と思われる行動をとっているだけ……ということなのだろうか?
 常に、主にとっての最善を選んでいる?
 まあ、このような主だから、多少の命令違反など、たいしたことはないのだろうけれど。
「……だろうな。何しろ、前科があるのだろ?」
 ふうと、呆れたような困ったようなため息を、唖呂唖は一つもらす。
 そして、世凪のまわりに控える使い魔たちを見まわす。
 しかし、誰一人として、それに答えられる者はいない。
 彼らは……その現場を実際に目にしてはいないから。
 彼らもまた、聞いただけにすぎない。
 しかもそれは、柚巴本人からではなく……不本意ながら鬼栖から。
 この小悪魔にだけは、柚巴に関して、一歩たりとてリードなどされたくない。
 そのような使い魔たちの気配を察したのか、ソファの陰から、鬼栖がぴょんと飛び出てきた。
 こういうところが、使い魔たちに嫌われる要因となっていることに、いまだに気づかないから、とても素晴らしい神経の持ち主である。
「あるというどころの問題じゃない」
 そうやってしゃしゃりでて、きっぱりと言い切る。
 鬼栖は、柚巴が比礼界へやってきてからずっと一緒にいる。
 その鬼栖が言うのだから、それは間違いないだろう。
 一斉に、鬼栖に使い魔たちの険しい視線が注がれる。
 それでも、満足しきった鬼栖は、そんなことには気づいていない。
 ふんと得意げに胸をはりつづける。
 だから当然、こうなる。
 ぐしゃっと、莱牙によって踏みつぶされてしまった。
 そしてそのまま、げしっと一蹴りされ、ころころところがり……とうとう、蚊帳の外。
 口は禍のもと……というけれど、この鬼栖を見ていれば、たしかにそう思えてならない。
 ……いや。この場合、鬼栖の言葉に非も間違いもないけれど……それが、鬼栖というキャラクターであるからこそ、白も黒も全て黒にされてしまうのだろう。
 ……邪魔もの以外の何ものでもないから。
「だけど、虎紅、格好よかったわよね。颯爽と現れ、簡単に術を破ってしまったのだもの。どこかの王子様は、その手柄を横取りしていたようだけれど?」
 ふふんと鼻で笑いながら、華久夜が世凪に近づいてくる。
 当然その目は、ここぞとばかりに、世凪への日頃の恨みをはらそうと輝いている。
 たしかに……あれは、世凪がいいとこ取りをしたようなもので……。
 目の前に立ち、意地悪く微笑む華久夜に、世凪が何も返さないはずがない。
 まわりの使い魔たちが、はらはらやら、あちゃあやらと見守っていることにも気づかず、華久夜の笑みはたもたれたまま。
「お前は黙っていろ」
 ……と思いきや、次の瞬間、ぎゅむっと華久夜の唇がはさむようにつかまれていた。
 世凪の手によって。
 そしてその手に、次第に力が加えられていく。
 しまいには、華久夜の顔は……河童。
「……ぷはっ。レディーになんてことするのよ!!」
 唇をつかむ世凪の手を乱暴に振り払い、同時にわめく。
「どこのどいつがレディーだって? レディーは柚巴だけだ」
 はんと鼻であしらい、けろりとそう言い切る。
 そして腕の中の柚巴の頬にふれ、ぐいっと引き寄せて……。
 わが道をいくとばかりに、そのままキス。
 ……だから、やめろ。
 その場面を見て、誰もがそう思ったに違いない。
 時もところもかまわず、この王子様はいちゃついてくれるのだから。
 それが、最近、激しくなってきたように思えてならない。
 莱牙や由岐耶などは、どうにかその怒りをこらえられているけれど、いつきれて爆発したっておかしくないだろう。
 今だって、その目が殺意でめらめらと燃えているのだから。
 当然、世凪への殺意。
「うわっ。さらっと言ってのけたわよ。この男!」
 顔をこれでもかというほどゆがめ、華久夜は汚らわしそうにはき捨てる。
 美少女な華久夜さまの顔を、よくも河童にしてくれたわねっ!と、殺意を秘めた眼光も忘れることなく。
 華久夜ではないけれど……よくもまあ、そんな恥ずかしいことを、さらっと言ってのけられるものである。
 そして、盲目。
 もうその目には、柚巴しか入っていないよう。
 ……本当、やっていられない。
 柚巴は柚巴で、世凪の腕の中、小さくなって、恥ずかしそうに顔を赤らめているだけだし。
 そこでがつんと一発きめないから、ずるずるとこういうことをされるのである。
 ……まあ、柚巴にしたって、決して嫌ではなさそうだから、それはそれでいいのかもしれないけれど。
 これでは、まわりの者がたまったものではない。
 それぞれが、もうそれ以上会話をかわすことに疲れてしまい、散っていく。
 いちゃつくだけに夢中になった王子様を相手にしたって、何の進展もないことくらい、もううんざりするくらいわかっているから。
 華久夜も、だんと一度世凪の足にヒールをお見舞いし、そのまますたすたとバルコニーへ出て行ってしまった。
 もちろん、そのような無礼をはたらいた華久夜に仕返ししようと世凪の指が動いたけれど、それはあっさり柚巴によって阻止されていた。
 「めっ」という、まるでこどもをしかるような言葉と眼差しだけで。
 本当に、この王子様は、たった一人の少女にだけは、めろめろに弱いらしい。
 誰もとめられない世凪を、柚巴だけは簡単にとめられてしまう。
 それを横目で見ている唖呂唖は、「あほらし……」とつぶやき、そのままソファに体をしずめ、くつろぎタイムへ突入してしまった。
 ……この比礼人。一体、いつまでここに居座るつもりなのだろうか?
 恐らく、ここにいることがばれては、とんでもないことになるような人物だと思われるのだけれど……?
 まあ、本人が、こうやってくつろいでいるのだから、それはそれでいいのかもしれないけれど。


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update:05/05/28