思いの力
(4)

「ったく。このお馬鹿娘はっ」
 きゅーんと目をまわす柚巴を見つめ、世凪は困ったように微笑む。
 悪態をつきつつも、本当はまったくそう思っていないことがよくわかる。
 むしろ、体いっぱいで愛しいといっているようで……。
 頬にかかる髪を、さらりと耳にかけてやる。
 それから当然、そのあらわになった頬に、ちゅっと軽く口づけ。
 それと同時に、いきなり現れた黒い物体が、ふっと消えた。
 消えたかと思うと、その場所には、ちょこんと鬼栖の姿があった。
 どうやら、あの巨大な黒いふわふわの物体は、鬼栖だったらしい。
 それを見て、虎紅がぽつりとつぶやく。
 まるで、狐にでもつままれたように。
「……小悪魔は、誰かのためを思い、心から願うと、持っている以上の力を発揮するといいますけれど……。鬼栖の場合は、巨大化なのですね」
 きょろきょろと、不思議そうにあたりを見まわす鬼栖を抱き上げる。
 そして、虎紅にごつんと一発お見舞いされ、ようやく現状を把握する。
 はっと我に返り、得心したように虎紅を見る。
「……そういえば、俺様。柚巴を守れるくらい大きくなりたいと思っていた」
 きょろきょろとあたりを見まわし、まるで言葉が耳に入っていないように見えていたけれど、どうやらちゃんと聞いていたらしい。
 案外、鬼栖も馬鹿ではなかったらしい。
 それに、その願いはたしかに本当。
 この世界に来て……いや、来るその前から、ずっと大きくなりたいと願っていた。
 柚巴につり合うくらい。
 せめて、柚巴を守れるくらいには。
 それが、今、叶えられたというのか?
 柚巴が危ない、柚巴を守りたいと、そう願う一心で?
 いくら心から願うと持っている以上の力を発揮するといっても、そう簡単にできるものではない。
 それは、一匹の小悪魔が、その一生をかけて、一度できるかできないか、という程度。
 ほとんどの小悪魔は、その奇跡を起こさないまま、生を終えていく。
 今は本当に柚巴が危ないと思って、どうにか助けることができないかと思って……。
 必死だった。無我夢中だった。
 馬鹿な人間の娘。うまそうな人間の娘。
 その程度の認識しかしていなかった少女なのに……。
 いつの間に、小悪魔の中でもなかなか起こすことのできない奇跡を起こせるほどに、そんなに大切な存在になっていたのか……。
 ちらりと、世凪の腕の中で目をまわす柚巴を見て、鬼栖は胸にあたたかいものが広がっていくことを感じる。
 無事で……よかった。
 心から、そう思う。
 ただ、一つ残念なことは、ただ大きくなるのではなく、柚巴を抱きしめられるだけの人型で大きくなりたかった……ということ。
 自分の上で、ぼよんぼよんとはねるのではなく……。
 世凪みたいに、その胸に柚巴をぎゅっと抱きしめて助けたかった。
 鬼栖の言葉を聞き、使い魔たちは妙に優しい視線を鬼栖に向けていた。
 しかし、次の瞬間、それがさらっと消えてなくなることはもう当たり前。
「それにしても、限度があるだろう」
 虎紅に抱かれる鬼栖をぐいっとつまみあげ、莱牙がつめたく言い放つ。
 そして、ぽいっと梓海道に放り投げる。
 それを見事キャッチして、梓海道はつかむ鬼栖ににっこりと微笑みを落とす。
「そうですよね」
 それからまた、鬼栖の体は宙を舞い、由岐耶の手へとわたる。
「はっきり言って、邪魔ですよね。無駄に大きいだけ」
 さらりとそう言って、ふうとため息をもらす。
 もちろん、それは今つかむ鬼栖にあてつけるため。
 そこで、あまりにも腹立たしいから、由岐耶にひと蹴りお見舞いしてやろうかと思うと、また虎紅の腕の中へと放り込まれていた。
 だから仕方なく、虎紅の腕の中で憤る。
「なにを〜っ!!」
 ぎゃあぎゃあわめき散らす。
 そんなことをするから、うるさそうに耳をおさえる虎紅に、地面に沈められてしまう。
 見事、地面とキスをかわす鬼栖をかこむように見下ろし、使い魔たちはたち悪くくすくすと笑う。
 どうやら、鬼栖は、完全に彼らのおもちゃにされてしまっているよう。
 そのような若い使い魔たちのかわいいいたずらを傍観しつつ、ふぉっふぉっと愉快そうに笑うのがこのご老人、幻撞。
 自分も鬼栖を笑う輪の中へ入ってきて、今にも息絶えそうにぴくぴくとふるえる鬼栖を、ステッキでつんつんとつつく。
 本当に、ものとしてしか扱われていないようである。鬼栖は。
 大活躍?をしたばかりだというのに。
 ……半ば、鬼栖に先をこされ、その八つ当たりをしているとも否めないような気も……。
 そんな鬼栖の姿が、突如、地面から消えた。
 にゅるっと現れた、華奢な腕に抱きかかえられ。
 それにつられるように、使い魔たちの視線も動き……。
 たどりついたその先では、柚巴が鬼栖を抱きしめていた。
 どうやら、気がついていたようである。
 鬼栖で遊んでいるうちに。
「鬼栖ちゃん、ありがとう」
 にっこりと微笑み、鬼栖のほっぺ――だと思える場所――に、柚巴のキスが落とされた。
「ゆ、柚巴!?」
 突然のその出来事に、鬼栖はぼんと顔を真っ赤にさせ――やはりそう見えるだけ――柚巴をぎょっと見つめる。
 まさか、柚巴にぽっぺにちゅうをしてもらえるなんて、思ってもいなかったから。
 そんなとってもとっても贅沢なこと。
 そんな鬼栖に、ちくちくとした視線が向けられることなど当たり前。
 使い魔たちの、絶対零度の視線で貫かれる。
 それよりももっと危険なことに、鬼栖はまだ気づいていないようで、そんな視線など無視して柚巴に頬ずりしはじめた。
 それこそが、鬼栖に終わりを告げる合図だとも、やはり気づかずに。
 ここぞとばかりに柚巴にすり寄る鬼栖の体が、ふっと柚巴の腕の中から消えた。
 そして次の瞬間には、何故だか再び地面とこんにちは。
 ぐしゃりと地面におしつけられる。
「死ね」
 冷たく言い放つその声とともに。
 鬼栖を踏みつけてくるこの足には、もう嫌というほど覚えがある。
 これはまぎれもなく、あのにっくき馬鹿王子のもの!
 ざまあみろという複数の嘲笑いとともに、王子様の踏みつけ攻撃が続けられる。
 それをとめようと、柚巴が必死に何かを言っているようだけれど……。
 もはや、鬼栖の耳にはとどいていない。
 もちろん、踏みつける世凪は、さらっと無視している。
 ……やきもちやきの王子様は、どこまでいってもやきもちやき。


 ふぁさっと、空を流れる一筋の霧。
 ……いや、これは霧などではなく、薄い薄い布?
 透けて向こうが見えてしまう、軽くて薄い布。
 ふぁさふぁさと風になびき、空の彼方まで飛んでいってしまいそう。
 その布を、ゆっくりとたどっていくと……その先には、この世のものとは思えぬ姿の者が一人。
 男とも女ともつかない、その不思議な容姿(すがた)
 風にゆれる布をするっとつかみ、口元へともってくる。
 その口のはしが、わずかに引きあがる。
「……なかなかやるね。これは、思っていた以上に、おもしろくなるかもしれないね」
 そうつぶやいた時、空に突風が吹いた。
 同時に、その者がまとっていた布が、ぶわっと舞い上がる。
 ……真っ白い、比礼(ひれ)
 それはまるで、天女がまとうような羽衣……比礼に見える。
 三保の松原(みほのまつばら)で、帰れなくなった天女が、松の枝にかけていた羽衣。
 まるで、伝説上のその天女のような姿形をしている。
 よく見れば……。
「待っておいで。もうすぐ、むかえにいくから」
 もう一度、赤い口のはしを引きあげて、不気味に微笑む。
 するとその姿は、この闇の空に溶け込むように、すうっと消えていった。


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update:05/06/20