ありのままの君で
(1)

「ほら、こいつだよ。お姫さんにぶつかった奴は」
 世凪の前に、どさっと一人の兵が放り出された。
 すでにあちらこちらがぼろぼろになっていて、かなり痛めつけられたような形跡がある。
 どうやら、世凪の前に引き出される前に、十分に拷問……お仕置きをされているらしい。
 放り出されたその兵は、ゆっくりと顔をあげてくる。
 そして、すぐ目の前に、一対の足を見つけた。
 その足を上へとゆっくりとたどっていくと……。
「ひっ……!!」
 思わずそんな悲鳴をあげてしまうくらい、恐ろしい形相をした世凪の顔があった。
「貴様か……」
 苦虫をかみつぶす……いや、それ以上に苦々しい顔で兵をにらみつける。
 その目は、金色がかったスミレ色から……次第に、燃えるような赤へと変化していく。
 それを見て、地面に放り出された兵は、完全に平静をうしなってしまった。
 がくがくと体はふるえ、今にも泡を吹いてしまいそう。
 残酷にも、そのような兵を、今にもとって食いそうな勢いの世凪の前に放り出したのは唖呂唖。
 先ほど、柚巴が窓から落ち、そして無事を確認するやいなや、この兵を捕らえていた。
 ぶつかった反動で柚巴が落下してしまい、その場で半ば自失気味だった。
 そのような様子から、当然、この兵には故意というものを感じられないのだけれど……。
 まあ、ひとまずは、下手人を王子様の前に引き出さないと、王子様の気がすまないだろうということでつれてきていた。
 当然、燃える炎に身を包む、この無慈悲な王子様の前に出されてしまったら……死んだ方がまし、と思えるお仕置きを食らうことは間違いない。
 たとえ、有罪でも無罪でも……冤罪でも。
「貴様、覚悟はできているのだろうな?」
 恐怖におののいて逃げる余裕すらない兵に、世凪はさらに迫っていく。
 そして、その右手に、ぽうっと炎の玉を作り出した。
 当然それは、今足元にひれ伏す兵に向けて振り下ろされようとしている。
「わあ! 待て、世凪! あれは、不可抗力だって。この兵に悪気はない!」
 さすがに殺してはまずいだろうということで、慌てて紗霧羅がとめにはいる。
 理由はどうあれ、他の世界の兵を問答無用で殺して――世凪のことだから、消滅すらしてしまいかねない――しまうのはとってもまずい。
 この世凪という王子様は、どうもある少女に関してだけ、冷静さを一瞬で欠いてしまうようである。
 本来ならば、ここで、柚巴が世凪をとめに入るはずだけれど……その柚巴といえば、先ほどの落下のショックで、腰が抜けたままで動けない。
 華久夜と鬼栖にいいようにもみくちゃにされ、地面にぺたんと座らされている。
 当然、華久夜と鬼栖のその愛情表現の中から、不安げに事の成り行きは見守っているけれど。
 問答無用の世凪と、それを一応慌ててとめる紗霧羅を、他の使い魔たちは、半ばあきれたように傍観している。
 こうなった世凪にかかわるとろくなことがないことを、彼らはよく知っているから。
 そして……気の毒だけれど、この兵に犠牲になってもらっておかないと、あとで自分たちにとばっちり……八つ当たりがくることを、彼らはよーく知っている。
 こういう時に、いちばんまともな対処をしてくれるのは、やはり紗霧羅姐さんだけのようである。
 どうも男性陣は、むごいところがある。
 それを、当たり前のように見ているあたり……。
「ぶつかっただけだろう? たまたま運の悪いことに、ちょうど柚巴が窓の外をのぞいていただけで。だから、悪気は……」
「あろうがなかろうが、関係ない。柚巴を危険なめにあわせたというその事実だけで十分だ」
 さらりとそう言い捨てて、炎の玉をのせた手をばっとふりかざす。
「んなむちゃくちゃなっ!」
 世凪のその横暴すぎる台詞に、さすがに紗霧羅ももうお手上げ状態になってしまう。
 柚巴も、必死に世凪をとめようとするけれど、華久夜と鬼栖に邪魔されかないそうにない。
 どうやら、華久夜と鬼栖も、世凪の判断――いや、この兵にいけにえになってもらうこと――に賛成のようである。
 あとで、理不尽な八つ当たりをされるくらいなら。
 どうやら、この場で、世凪の暴挙をとめようとしているのは、柚巴だけになってしまったらしい。
 しかし、その柚巴がこの有様では……。
「仕方がありませんよ。それが世凪さまですから」
 どうにか世凪をとめられないものかと、一応はまだ思考をめぐらせる紗霧羅の背後で、さらりと梓海道がそう言い放つ。
 それに、他の使い魔たちも、激しく同意しているから……。
 この使い魔たちには、慈悲というものは存在しないらしい。
 使い魔たちだけでなく、何やら、唖呂唖までこの状況に賛成しているようで……。
「梓海道まで、妙な理解を示すのじゃない!」
 さすがの紗霧羅姐さんも、半ば投げやり気味にそう叫ぶしかなかった。
 この状況で、一人とめに入ったところで、どうにもならない。
 とめに入るのが柚巴なら、また話は別だけれど……。
 その柚巴は、今は役に立たない。
「成仏してくださいね?」
 紗霧羅の後ろから、ひょこっと顔だけをのぞかせ、梓海道は地面に倒れこんでいる兵に、にっこりと微笑みを落とした。
 その顔は間違いなく、「柚巴さまを危険なめにあわせたのですから、その罪、その命をもって償うべきです」と語っているから、ある意味、世凪よりもたちが悪いかもしれない。
 微笑みを浮かべ残酷なことを言い放つその姿に、紗霧羅は背筋にぞくっとつめたいものを感じた。
 そして、完全に諦めてしまう。
「……鬼だ。絶対、こいつら全員鬼だ」
 頭をかかえ、どっと肩を落とす。
 かすれた声で、ぽつりとつぶやいた。
 誰一人として世凪をとめる者がいなくなれば、当然こうなる。
 瞬間、世凪の手から、炎の玉がはなれていた。
 嗚呼。成仏してください。比礼兵――


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update:05/06/25