ありのままの君で
(2)

「あのまま帰してもよかったのか?」
 どこか納得がいかないようなむくれっつらをし、世凪は腕組みをしている。
 普通ならば、すかさず間違いなく、その腕に柚巴を抱き寄せているところだけれど、どうも今の世凪の頭にはそれは存在しないようで……。
 ぱんぱんと手をはらう唖呂唖に、冷めた眼差しを送っている。
「ああ。どうせ、あいつは覇夢赦に処分されるだろうからな」
 今兵が尻尾をまいて逃げて行った先をちらっと見て、妖しげな視線を世凪に送る。
 するとそれに気づいた世凪は、唖呂唖からふいっと視線をそらした。
 そして、当然、やはり、こうなる。
 すぐ横で首をかしげて立っていた柚巴を、ぐいっと抱き寄せた。
 その後は、ばさりと柚巴にマントをかぶせかけ、誰の目にもとめないようにする。
 これで完了。王子様の、愛しい少女独り占め。
 もうこれは日常茶飯事なので、誰もあえてつっこもうとすらしない。
 ただ、どこかの傍流王族さまだけは……それでも、胸にぎりっとした痛みを感じているようだけれど。
 先ほど、捕らえ、世凪が殺しにかかっていた兵は、いましがた解放されたばかりだった。
 放った炎の玉はわずかにそれ、兵のすぐ横にうずめられていた。
 その後すぐ、兵ははいずるようにして、この場から逃げ去っていた。
 わざと逃がしたようである。
 どうやら、さすがの世凪でも、本気で殺すつもりはなかったらしい。
 まあ、あそこで殺してしまっていれば、それこそ無差別殺人鬼だろうけれど。
 柚巴を危険な目にあわせたその罪は、死の恐怖を味わう、という程度で、どうやら赦されたようである。
 世凪は……というと、どうも納得はいっていないようだけれど。
 だけど、本当に、その命をもって償わせていたら、間違いなく、その後柚巴に嫌われることを知っているので、さすがの世凪もそこまではしないのだろう。
 ……それでは、柚巴に嫌われなければ……?
 それは、恐ろしくて、考えたくもない。
「……え?」
 ぷはっと世凪のマントの中からどうにか顔だけをのぞかせ、柚巴は不思議そうに唖呂唖に視線を送った。
 どうやら、唖呂唖のその言葉の意味がわかっていないらしい。
 他の使い魔たちは、涼しい顔をして、当たり前のこととして流しているにもかかわらず。
「気づかなかったのか? あれは、立派に覇夢赦の差し金だよ。……そして、失敗すれば、容赦なく処分される。そういう奴だよ。覇夢赦って奴は」
 困ったように肩をすくめ、くすりと笑ってみせる。
 言い聞かせるように語たる唖呂唖の顔が、ひょいっと柚巴に近寄っていた。
 その瞬間、もちろん、問答無用で、世凪によって、柚巴はまたマントの中におさめられてしまっていたけれど。
 そしてまた、もごもごとみじろぎし、どうにかマントの外に避難してくる。
 世凪にこうやって抱きしめられることは嫌じゃない。
 むしろ、あたたかくて安心できて大好きだけれど……。
 それも、時と場合があることを、柚巴はちゃんとわかっている。
 わかっていないのは、この王子様だけ。
 人前では……あまりこういうことはして欲しくない。
 顔を出してきたついでに、今度は両手をぼすっと出し、続いて体全部も世凪の腕の中から逃れようとする。
 それに気づいた世凪は、少しむっとした顔をしたけれど、すぐに柚巴の望むまま、解放してやった。
 どうにもこうにも、柚巴にはとことん弱いらしい。
 そうやって、脱出してきた柚巴に、すかさず唖呂唖が微笑みかける。
「君は、守られてばかりだな」
 苦笑まじりの、多少皮肉めいた言葉を柚巴に向けて。
 瞬間、その場にいた、世凪をはじめ、使い魔たちの気がぴりっと張りつめる。
 下手をすれば、唖呂唖に総攻撃がしかけられていたかもしれない、そんな言葉。
 使い魔たちは、普段、柚巴がそれを気にしていることを知っているから。
 だから、それは、いわば、柚巴には言ってはならない言葉。
 にもかかわらず、この男はさらっと言ってのけた。
 知らないからといって、許されることではない。
 柚巴を傷つける者は誰であろうと、この王子様によって、こてんぱんにのされるのが、筋。
 それ以上、また余計なことを言えば、今すぐにでも血祭りにあげてやるというような、険しい視線が唖呂唖に集中する。
「……守られて、何が悪いの?」
 当然、柚巴には返す言葉はなく、そのまま世凪の胸にUターンするものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 くすりと、挑戦的な眼差しを唖呂唖に送っていた。そんな言葉とともに。
 だから当然、唖呂唖も、使い魔たちも、そして世凪までも、自分の耳を疑う。
 ぎょっと柚巴を凝視する。
 それを受け、柚巴はすまなそうに肩をすくめる。
「冗談だよ」
 そう言って、くすくすと楽しそうに笑う。
 そのような柚巴を見て、世凪も使い魔たちも、どこか複雑そうな笑みを浮かべていた。
 こんなことを言う柚巴は知らなかったから。
 ……いつの間に、こうやって皮肉に太刀打ちできるほど、強くなってしまっていたのだろう。
 少し前までの柚巴ならば、今にも泣きだしそうな顔をして、そして……。
 そんな柚巴を包み込むように抱きしめ、慰めるのが当たり前だと思っていたのに。
 そういう柚巴を守るのが、当たり前だと思っていたのに……。
 どうやら、それはもう、彼らには許されなくなってしまったようである。
 ……少し、淋しい。
「……はあ。やっぱり、たいしたお姫さんだよ。あの限夢界の王子を射とめただけはあるな」
 ちらりと、挑発的な視線を世凪に向け、唖呂唖は柚巴に優しい笑みを落とす。
 すくめられた肩が、柚巴には負けましたと、そう語っているように見える。
 そのような唖呂唖を見て、柚巴はふっと淋しげな表情を浮かべた。
 そこには、今の今まで、目の前で、ころころと楽しそうに笑っていた柚巴のおもかげはない。
「本当はね、守ってもらいたくなんてないの。守ってもらわなくたっていい、強い自分になりたいの。一緒に頑張りたいの。……でも、無理なのよね。こうやって、その差をつきつけられると……」
 そこまでいうと、きゅっと唇をかみしめた。
 そして、うるうるとうるみだした目を、すいっとそらす。
 どうやら、自分の言葉に、その涙腺がついてこられなくなってしまったよう。
 どんなに強がってみせても……根本的なものはかわらない。
 使い魔たちはそれに気づき、何故だか胸をなでおろしてしまった。
 強くなることはいいことだけれど……。
 できるならば、そのままの柚巴で……。
 思わず守ってしまうような柚巴のままで……。
 守らずにはいられない柚巴のままで……。
 ずっとずっと、変わらずにいて欲しい。
 ずっとずっと、守らせていて欲しい。
 そう願ってしまう。
 すると、そのような柚巴に、またあたたかい腕がのびてきた。
 そして、今度は抵抗したってはなしてやるものかと、ぎゅっと抱きしめられる。
 ふわりと柚巴の髪をすき、自分の胸へともたれかけさせる。
 ……やはり、触れる世凪の胸は、あたたかくて安心する。
 柚巴も、抵抗せずに、そのまま世凪に体をあずける。
 やはりこれは、柚巴なりに、精一杯強がっているらしい。
 そしてまた、言っていることに間違いない。
 普段から、柚巴がそう考えていることくらい、誰もがお見通し。
 それでも、そんな柚巴だからこそ、余計に守ってあげたい、そう思ってしまうのは……柚巴の負担になるだけなのだろうか?
 しかし、それでも守ることはやめられない。
 柚巴の意思など関係なく、ただ、本能のままに、守りたいと思うから守るだけ。
「あんたは、今のあんたのままでいいと思うよ?」
 ぎゅうと抱きしめられ、やわらかな髪にキスを落とされる柚巴に、唖呂唖が静かにそう告げる。
 その目は、妙に優しい光をはらんでいる。


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update:05/06/30