ありのままの君で
(4)

「だけど、瞬間移動は禁止」
 妙にきっぱりと、唖呂唖はそう言い切った。
「何故だ?」
「だって、お姫さん、狙われているだろ? 力を使えば、すぐに覇夢赦にばれちまうよ」
 あっけらかんと言い放たれた唖呂唖のその言葉に、誰もが舌打ちしてしまう。
 たしかに、そうだから。
 覇夢赦に悟られると、また柚巴が狙われてしまう。
 城の中だけならば、まだある程度の予測ができるけれど、それが城の外となると……もう、予測などできなくなる。
 外は、ただでさえ危険が多いのに、余計危険にさらされることになる。
 ならば、できるだけ力を使わないにこしたことはない。
 これだけの人数が瞬間移動など使えば、余計なことまで勘ぐられる可能性がある。
 幸い、覇夢赦はまだ、世凪たちが唖呂唖と通じていることに、気づいていないようだし……。
 また、この頻発する地震を調査していることも。
 行き先を勘づかれては、これから世凪たちがしようとしていることにも気づかれてしまう。
 別に、それが悪いこととは言い切れないかもしれないけれど、それを利用して、また柚巴に危害を及ぼすかもしれない。
 どのような理由があろうとも、柚巴の身の安全を、どうしても優先して考えてしまう。
「だから、地道な手段で行こうと思うのだが……」
 そう提案し、全員の顔色をうかがうように唖呂唖は見まわす。
「まあ、それが、無難なところじゃないか?」
 それにいち早くうなずいたのが、莱牙だった。
「そうですね。天空楼の時のように、いざという時のため、力を蓄えておく必要もありますし……」
 虎紅も、少し考えるように同意する。
 それに、誰も異論を唱えることなどない。
 力を使わない移動手段が、最も賢明だと思われる。
 目的地が山……というのだから、そこに待ち受けているであろうことも、だいたい想像がつく。
 ならば、いざそれに対峙することになった時、力があまっていればあまっているだけ助かる。
 さすがに、これだけの人数がいても、その規模がわからないだけに、楽観視はできない。
「……わかった」
 彼らの考えを代弁するかのように、世凪がため息まじりにつぶやく。
 そして、すっと唖呂唖に視線を移す。
「唖呂唖。馬か何か……乗り物を調達できないか?」
 その言葉を聞き、唖呂唖の顔色がかわった。
 その言葉だけで、これまでやる気があまりなかった世凪が、やる気を出したことがわかるから。
 得意げに微笑む。
「可能だが……。一時間ほど待ってくれ」
「ああ。その間に、俺たちも仕度を整えておく。……メンバーは、これだけでいいか?」
 唖呂唖の微笑みに応えるように、世凪もまた自信たっぷりに微笑んだ。
 たしかに、乗り物を調達することは、この場合必要なことだろう。
 世凪にとって、いちばん優先されることは、柚巴を長時間、ましてや一〇キロメートルという長い距離を歩かせないことだから。
 当然、それでも、柚巴をいつものようにお姫様だっこすればすむことだけれど……。
 もう一つ、重要なことがある。
 それは、そこまでたどりつくのに、人の足だと時間がかかるということ。
 ならば、あしの速い乗り物が必要となってくる。
 それは、体力も温存したままでいられるから、なおのこと。
 また、この頻発するゆれから、もう時間がないことがわかる。
 瞬間移動ができないのならば、それに変わるものが必要となってくる。
 そのことに、当然ながら、唖呂唖も気づいている。
 だから、理由も聞かずに、世凪の言葉を受け入れたのだろう。
「……ああ。文句ないね。俺の仲間も……と思ったが、下手に人数が多いと、覇夢赦に邪魔される可能性があるしな」
 世凪のこのメンバーという言葉を受け、唖呂唖はそこにそろう使い魔たちを見まわした。
 誰もが、自信たっぷりに微笑んでいる。
 なんとも頼もしい限夢人たちである。
 それぞれに、限夢界では名をはせる使い魔たち。
 この顔ぶれならば、ひとまずは大丈夫だろう。
 唖呂唖は瞬時に、そうふむ。
「……邪魔?」
 訝しげに、華久夜がじろりと唖呂唖をにらみつけた。
 その視線に気づき、唖呂唖はひょいっと華久夜に顔を近づける。
 そして、その頭にぽんと手をおき、にっこりと微笑む。
「ああ。だから、言っただろう? あのボケ王は、まだこのことに気づいていないって。目先のことに……私利私欲にとらわれている。てんでまわりのことなど見えていないのだよ」
 すいっと華久夜から視線をそらし、はき捨てるように言い放つ。
 明らかに、汚らわしげにその顔がゆがんでいる。
「……それって……」
 さすがにそこまで言われれば、華久夜だって気づく。
 呆れたように馬鹿にしたように、つぶやいていた。
 どうやらこの世界の王は、世界の危機がすぐそこまでやってきているというのに、そのことに無頓着のようである。
 他の世界のことだけれど、なんだかとてもおもしろくない。不愉快。
「そういうこと。あんたは、わかっているだろ?」
 華久夜ににこっと微笑みを落とし、世凪に抱かれる柚巴に意味ありげな視線を送る。
 すると柚巴は、すかさずこくんとうなずいた。
 柚巴には、嫌というほどわかっているから。
 唖呂唖が今言った私利私欲とは……柚巴を狙っているということ。
 柚巴のその力を研究するために、柚巴をとらえようとしているということ。
 それは、まだ、使い魔たちには言っていない。
 何故柚巴を執拗に狙うのか、いまだに、彼らにその理由を伝えていないあたりも、それに起因している。
 柚巴は、それは、自分の胸にとどめておくつもり。
 余計な心配をかけたくないから……。
 柚巴と唖呂唖のその意味深長なやりとりを、当然、使い魔たちは訝しく思う。
 しかし、それを問いつめるつもりはない。
 柚巴は、いつも何かとても大切なことを隠したがる。
 だからといって、無理にそれを問いつめようとも思わない。
 そうすれば、きっと柚巴を追いつめてしまうことになるだろうから。
 自分たちは知らされていない何かを、柚巴は隠している。
 それは、間違いないだろう。
 次第次第にわかっていけば、今のところはそれでいい。
 隠しきれなくなれば、自ら語ってくれるだろう。
 それで、いい。
 かつて、むりやり聞き出そうとして、柚巴と竜桐の間に亀裂が入ったことも知っている。
 自分にそれが襲いかかっては……たえられない。望まない。
 何よりも、柚巴を失うことがたえ難いことだから。
 それくらいなら、知ろうとしない方がまだまし……。
 しかし、それでも、柚巴が隠しているその何かを知りたいという気持ちも嘘ではない。
 だからとりあえず、柚巴にはじめからついてきている鬼栖を、ぎろりとにらみつけてみる。
 すると、すかさず、鬼栖は身に危険を感じたのか、ぶんぶんと首を激しく横にふり、知らないとアピールする。
 事実、鬼栖は、気を失ったり、瀕死だったりして、柚巴と覇夢赦の間でかわされた、その隠された本当の目的は知らない。
 懸命に首をふる鬼栖を、さらにじろりとにらみつけてみる。
 すると鬼栖は、たくさんの険しい視線を受け、しゅるるう〜と小さくなっていく。
 まるで、塩をかけられたなめくじのように。
 どうやら、恐怖におののいてしまったらしい。
 それでようやく、鬼栖から視線がはずされた。
 恐らく、こんな鬼栖に知られるようなへまは、柚巴のことだからしていないだろうと、そう結論づけて。
 しかし、それにしても、こんな奴が知っていて、自分たちが知らないのは……なんて腹立たしいことだろう。
 あえて、聞き出そうとは思わないが……それでも、納得がいかない。
 それぞれに複雑な思いを抱きつつ、これから、危険へ身をゆだねにいく。


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update:05/07/09