帰らずの森
(1)

 闇にうごめくいくらかの影。
 わずかな光すらなく、それは気配を消し動いている。
 唖呂唖との約束の時間、一時間後を少し前にして、柚巴たちは城を抜け出した。
 まとめて動いては、それこそ気取られてしまう恐れがあるので、いくらかに分かれて。
 当然、柚巴には世凪がついている。
 そこに世凪がいるということは、もちろん梓海道も。
 おまけに、迷惑だけれど鬼栖もつけて。
 それに、莱牙もともにいくとだだをこねたけれど、それは、華久夜によって、あえなく断念させられてしまった。
 お兄様はわたしと一緒に行くのよ!と、金の髪をもぞもぞと莱牙の首に巻きつかせてしまったから。
 そして、それをとめに入ってしまったばかりに、紗霧羅はこの兄妹のお守り……おともをすることになってしまった。
 そうなれば、あとは自然、メンバーは決まってしまう。
 残された、男三人組。
 それぞれに、別ルートをたどり、城から抜け出した。
 そして、街を抜け、街外れの森の入り口へとやってきた。
 そこが、集合場所。
 先ほど唖呂唖と別れる前に、落ち合う場所として指定されたところだった。
 待ち合わせ場所につくと、すでにそこには唖呂唖が待機していた。
 数頭の馬を従え、柚巴たちの姿を見つけると静かに手招きする。
 まずは、やはりといおうか、柚巴たちがたどりつき、その後、残りもの三人組。
 そして最後に、華久夜におもちゃにされながら、莱牙たちがやってきた。
 どんな場面においても、この兄妹には緊張感というものはないらしい。
 緊張感がないといえば、もちろん、この王子様もだけれど。
 道すがら、呆れる梓海道など放って、お姫様だっこする柚巴を、好き放題さわりまくっていた。
 それはさながら、さわり魔のごとく。
 本当に、この限夢人たちは……。
「時間通りだな」
 人目をさけ、こっそりとやってこなければならないはずなのに、妙にぎゃあぎゃあと騒ぎながらやってきた限夢人たちを見て、唖呂唖は呆れつつ、一応はそう言った。
 まあ、時間通り、という点においては、間違いないから。
 それにしても……この緊張感のかけらもない者たちを、どうにかして欲しい。
 恐らく、唖呂唖はそう思ったに違いないだろう。
 やってきてもなお、ぎゃあぎゃあと騒ぎたてているのだから。
「生憎、馬は七頭しか用意できなかったのだが……」
 急だったから。
 と、そう言い訳したいのを我慢し、唖呂唖はすまなそうな表情を浮かべてみせる。
 ここで言い訳をしては、なんだか格好悪いような気がしたから。
「かまわん。用意できたのなら、それでいい」
 それに、世凪が妙に偉そうな態度で答える。
 ちゃっかり柚巴を抱き寄せているので、いまいち迫力や威厳に欠けるけれど。
 やはり、この男の俺様態度は、どんな時でも健在らしい。
 そして、傍から見れば、それがいかに滑稽であるか……にも、気づいていないのだから、まったくもって素晴らしい神経の持ち主。
 まずは、唖呂唖が七頭のうちの一頭をとり、先頭をいくことが決められた。
 もちろん、それに反対する者などいない。
 目的地である比礼山の場所を知るのは唖呂唖だけなのだから、それは当然のことだろう。
 そして、残り六頭は――
 莱牙と華久夜の兄妹。
 これも、誰も文句など言えない。
 莱牙だけが、何やらぶつぶつと不平を言っているようだけれど。
 それから、梓海道、紗霧羅、由岐耶と、幻撞と虎紅にそれぞれ馬が行き渡る。
 ただ一匹の邪魔にしかならない小悪魔鬼栖は、仕方がないな〜と言いつつ、紗霧羅に摘み上げられていた。
 つまりは、紗霧羅姐さんと同乗。
 それが決定づけられた瞬間、鬼栖はこの上なく不服そうに目をすわらせていた。
 しかし、この鬼栖という小悪魔は、自分の存在価値をまったくわかっていない。
 おいていかれないだけましだと思わなければならないというのに。
 そして、残された、七頭の中でも一頭だけいた白月毛の馬が、世凪にさし出された。
 もちろん、そこに柚巴が同乗することなど、はじめからわかりきったこと。
 白月毛の馬は、一応は、唖呂唖なりの気づかいだったらしい。
 これでも何を間違ったのか、一応は、限夢界の王子様だから。
「つまらない馬だな」
 それにもかかわらず、何が不服なのか、世凪はそうはき捨てた。
「うわっ。何それ。これでも、最高の軍馬だぞ?」
 さすがに、世凪のその言葉には、唖呂唖だって黙っていられない。
 これでも骨を折ってようやく調達できたというのに、それなのに、この王子様ときたら。
 横暴俺様王子様とはわかっていたはずだけれど……さすがにこれは腹が立つ。
 軍馬を手に入れることがどんなに大変なことか、この王子様はわかっていない。
「……俺の愛馬は、もっと立派だ」
 さらに不服そうに、世凪はぼそりとつぶやく。
 その言葉の裏に、「こんな駄馬に柚巴を乗せるなんて……」という思いがめいっぱいこめられていることに、一体、どれだけの者が気づいただろうか。
 ……間違いなく、全員が気づいているだろう。
 いそいそと、鞍を梓海道に拭かせているから。
 しかも、その拭いている布は……シルクのハンカチーフ。
 梓海道の胸元から、いつものぞいているそれ。
 まったくもって、この俺様王子様の横暴ぶりは、どこまでいくのだろう。
 梓海道も梓海道で、そんなつまらない命令など、無視すればよいものの……。
 まあ、梓海道の中にも、世凪と同じその思いが、ないわけではないのかもしれないけれど。
 だからって、シルクのハンカチーフとは……。
「そりゃあ、あんたの馬はユニコーンだもの。それとくらべちゃいけないよ」
 頭痛を覚える頭をおさえつつ、紗霧羅はため息まじりに世凪に言い聞かせる。
 そして、ひょいっと与えられた馬にまたがる。
 さすがは、守備隊の中佐。
 馬の扱いに慣れている。
 馬上から、さらに呆れた視線を世凪に注ぐ。
「ユニコーン!?」
 紗霧羅の言葉を聞き、柚巴が驚いたように世凪を見つめた。
 すると、世凪は、こともなげにさらっとうなずく。
「ああ」
 相変わらず、不機嫌そのもので。
 どうやら、まだまだ納得がいかないらしい。
 駄馬扱いする馬に柚巴を乗せることが。
 ……いい加減、しつこい。この王子様も。
 そろそろ諦めればいいのに……。
「それって、伝説上の生き物でしょう!?」
 目を見開き、ぎゅっとマントをにぎる柚巴に、世凪は一瞬驚きを見せ、そして優しく微笑みかける。
 どうやら、あっさりとご機嫌は回復したらしい。
 本当に、単純王子様。
「あ? ああ。人間界では、そう言われているな。限夢界には、少数ではあるが生息しているのだよ」
 ふわりと柚巴の髪をすき、その感触を楽しむ。
 そして、渋々、柚巴を馬の上に乗せる。
 お姫様だっこならぬ……お姫様乗りで。
 素直にまたがらせないあたりが、いかにも世凪らしい。
 そんなに、王子様とお姫様をしたいですか? ……王子様。
「ふーん。すごい。素敵……。一度、乗ってみたいな」
 馬上から、少し下にある世凪の顔を見つめ、にっこりと微笑む。
 すると当然、世凪の顔はほわっとほころび、目はとろんととろけ……柚巴だけを暑苦しく見つめる。
「そうか。じゃあ、今度乗せてやるよ」
 そう言いながら、世凪も馬に颯爽とまたがる。
 ……柚巴の前だからといって、いちいち格好などつけなくてもいいのに。
 そして、柚巴の頬に、ちゅっと軽いキスを落とす。
 どこまでいっても、いちゃつきたいらしい。この王子様は。
 当然、そんなシーンを見せつけられてしまったその他使い魔たちは、たまったものじゃない。
「もう勝手にいちゃついてな」
 紗霧羅のそのつぶやきが合図となり、闇の森の中へと馬を走らせていく。


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update:05/07/13