動き出した絶望
(1)

「あつい……」
 世凪の腕の中、マントの中、柚巴はそうつぶやいていた。
 先ほど、あの闇の森を走りぬけ、この山のふもとにたどりついたばかり。
 そしてそこから、瞬間移動で一気にここまでやってきた。
 比礼山頂。
 そこにはぽっかりと穴があいて、そしてその中では、ぐらぐらと、赤く燃えるどろどろの液体が顔をのぞかせていた。
 予想通り、やはり、こういうことだったらしい。
 あの頻発する地震は、このマグマが原因だったようである。
 マグマ……というよりは、比礼山の噴火?
 山頂にやってきたといっても、そこに降り立つことはできない。
 上空から、それを見下ろしている。
 柚巴のその苦しそうなつぶやきに気づき、世凪は静かに右手を上げた。
「ああ。そうだったな。これは、人間には辛いな」
 そう言ったかと思うと同時に、急に体感温度が下がっていた。
 柚巴の体が、青白い空気のまくのようなもので覆われる。
「これで、少しはましだろう?」
 そう言って、ひょいっと柚巴をお姫様だっこする。
 どこか俺様に得意げに微笑み。
 これまで、世凪に支えられ、宙を舞っていたけれど。
「……すごいね。世凪」
 そのような自信たっぷりの世凪を見つめ、柚巴は淋しそうに微笑む。
 そして、きゅっとその胸に顔をおしつけた。
 なんだか、今、また一つ、世凪との差をつきつけられたようで、柚巴の心はすっと寒くなってしまった。
 他の使い魔たちは、みんな涼しい顔をしていて、こんな術をかけられなくたって大丈夫なのに。
 なんだかこれでは、柚巴はお荷物のように感じる。
 こうやって空を飛ぶことだって、みんなは自力でできるというのに……。
 その横には、ひらひらと熱風になびく莱牙のマントのすそに、必死にしがみつく鬼栖。
 さすがに、いくら莱牙が鬼とはいっても、鬼栖をふりはらうような無慈悲なことはしないらしい。
 うっとうしげに、大人しく、そこにしがみつかせている。
「それにしても……こりゃあ、なんて言うか……」
 柚巴を抱く世凪のすぐ背後で、ため息まじりのつぶやきが聞こえた。
 それはまるで、紗霧羅には似合わない、圧倒されたような響きをふくんでいる。
 それに続け、苦々しくはき捨てる莱牙の声も聞こえてくる。
「まるで、意思を持っているようだな」
 その二人の言葉に柚巴はぴんと反応し、すっと目を閉じてみた。
 自分の中の淋しさに惑わされていたけれど、その言葉を聞き、今はそんなものに流されている暇はない、感傷にひたっている場合ではないと、改めて気づいたらしい。
「……持っているよう……じゃなくて、持っているよ。これ」
 そして、妙に落ち着いた様子で、静かにつぶやいていた。
 それに、そこにいる使い魔たちの顔がゆがむ。
 何故、そう思うのか、感じるのかと、柚巴に視線が注がれる。
 すると、柚巴はすっと目を開く。
 そして、困ったように、皮肉るように微笑む。
「わからない? この禍々しい気配……」
 再びそうつぶやき、今まさしくぶくぶくと吹き上がる赤い液体をすっと指差す。
「柚巴……?」
 さすがの世凪でも、柚巴のその行動と言葉は理解できないらしく、動揺したように柚巴の名を呼ぶ。
 禍々しい気配と言われても、それは世凪にすらわからない。
 これは、どう見ても、普通のマグマ。
 ただ、そこに、ぞっとする何かを感じるというだけで……。
 それが、柚巴の言う禍々しいもの?
 そこに、柚巴は何かを感じ取っているというのだろうか?
 ……柚巴ならば、あり得る。
 誰もがそう確信し、顔を見合わせる。
「ねえ、早くどうにかしなければ、これが完全に成長しちゃうと、取り返しのつかないことになるよ?」
 そうやって、顔を見合わせる使い魔たちに、追い討ちをかけるように柚巴の声がかかった。
 その言葉を受け、幻撞は、じっと下に広がるマグマを見つめる。
 そして、ふっと何かを悟ったように目を見開いた。
 その額からは、一筋の汗が流れている。
 この熱にやられたわけではもちろんない。
 額から流れるものといえば……冷や汗。
 それくらいだろう。
「……マグマ……のように見えて、マグマではないな。これは」
 ふっと笑みを浮かべる。
 それは、何かおもしろいことがあるから浮かべる笑みではなく、これはもう、笑わずにはいられないというような、そんな皮肉めいた笑みだった。
 たしかにこれは、柚巴の言うとおり、早く手を打たねばとんでもないことになりそう。
 誰もそれに気づかないうちに、このご主人様は、それに気づいたということなのか。
 これは、思っている以上に、秘めるその力は絶大なのかもしれない。
 ますます、先が楽しみで、そして恐ろしい少女。
「幻撞? お前までもか?」
 さすがに、幻撞にそう言われては、それが間違いのないことだと認めざるを得ない。
 別に柚巴の言葉が信用できないというわけではない。
 しかし、実際に自分たちは感じることができないから、なかなか実感できないだけ。
 それでも、柚巴以外にも、そう告げる者が現れたということは、これは認めざるを得ないだろう。
 たしかに、肌では、びんびんとその不快さを感じとっているのだから。
「マグマなら何度か見たことがあるが……これはまた別物だろう。不気味な意思を感じる。生き物そのものだ」
 あの幻動が、余裕のない表情をうかべる。
 すっと、真下に広がるマグマをステッキで指し示し。
 その幻撞をおしのけ、莱牙が世凪の横に並ぶ。
「……これを、どうにかしないと……まずいのだよな?」
 そして、当たり前のことだけれど、改めてそう確認する。
 柚巴の視線が、莱牙に向けられる。
 すると今度は、その反対側に、由岐耶がすっと現れ、妙に確信めいてきっぱりと言う。
「そういうことですね」
 それで、誰もが決意する。
 互いに視線を絡ませあい、その意思を確認し合う。
 その時だった。
 火口付近で、ぞわぞわとうごめくだけだったそれは、急に飛び上がってきた。
 それはまるで、柚巴たちめがけて攻撃をしかけてくるように。
 とっさに、世凪が光の円を宙に描いた。
 それが盾となり、そこに赤く燃える液体がばしゃんと打ちつけられる。
 そして、しゅわしゅわと不気味な音をたて、蒸気を上げる。
 残ったものは、ぼとぼとと、再び、赤く燃える壺の底へと落ちていった。
「な、何だったのだ? 今のは」
 突然のできごとに、さすがの莱牙も面食らっている。
「これが……意思を持っている、ということか?」
 胸に抱く柚巴に確認するように、世凪がそう問いかけた。
 すると柚巴は、ゆっくりとうなずく。
 それで、一気に気分が滅入ってしまう。
 こんな化け物に、敵うはずがないと。
 今のは、世凪がとっさに結界をはってくれたから助かったものの、一瞬でも遅れていれば、今頃全員、炭と化していただろう。
 なんて恐ろしい化け物だろう。
 そして、あの世凪が、柚巴と自分以外もちゃんと守ってくれたことに、ほんの少し、意外性を感じてしまった。
 一応は、ちゃんと、他の者のことも考えてくれているらしい。
 少しは、この横暴王子様も成長している、ということだろうか?
 それが、莱牙と由岐耶は、この上なくおもしろくなく感じてしまうけれど。


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update:05/07/22