動き出した絶望
(2)

「まずい……!」
 こんな時なのに、世凪に対する不満を悠長にふつふつと抱いていると、そんな叫び声が上がった。
 すぐ横で、唖呂唖が真っ青になって震えている。
 どうやら、今の叫びは唖呂唖が上げたらしい。
 そして、唖呂唖がにらみつける先を見ると、火口から、どろどろとマグマが流れ出しはじめていた。
 それはまっすぐに、「帰らずの森」へ向かって流れていく。
 その先には、比礼界の城下が広がっている。
 このままいけば、街を飲み込んでしまうことは明らか。
「とにかく、これを食いとめなければ」
 由岐耶に似合わず、舌打ちをしてそうつぶやいた。
 たしかに、これを食いとめることが先決だろう。
 しかし、だからといって、燃えるマグマをどうやってとめると?
 こういう時は、紗霧羅や由岐耶の水系の力が考えられるが、しかし、それでもまったく意味はないだろう。
 触れた瞬間、しゅうと音をたて、蒸発してしまうのが目に見えている。
 だからといって、莱牙や華久夜のように、火系の力は言語道断。
 火に油を注いでしまう。いや、飲み込まれてしまう?
 他には、風使いの幻撞。
 突風を起こしたところで、とめられるはずもなく。
 虎紅はこういう時には、あまり役に立たない。
 力というよりは、術を使うことを得意としているから。
 このような巨大な意思に対抗できる術など、虎紅は心得ていない。
 とりあえず、火、水、風、地の全ての力を操れる世凪や梓海道でも、こんな強大な力にはかなわない。
 ……いや、世凪においては、世界をまるまる一つぶっ飛ばしてしまえるほどの力を秘めているけれど……。
 だからといって、ぶっ飛ばせるはずもなく……。
 ぶっ飛ばせば、それこそもともこもない。
 自然の力には、さすがの限夢人でも無力に等しい。
 それでは、比礼人の唖呂唖は?となるところだけれど……比礼人とて、同じこと。
 表裏一体、対をなす比礼人は、限夢人と異なるところはない。
「どうすれば……!?」
 誰からともなく、早々と絶望の声がもれてしまう。
 手のうちようがないことが、わかってしまっているから。
 しかし、だからといって、この状況を見過ごすわけにはいかない。
 街ひとつくらいなら、くれてやってもいいが……。
 このマグマは、どうも、街ひとつを食らうだけでは、絶対に満足しないことを感じさせる。
 そのままこの世界ごと飲み込み……最終的には、食らいつくしてしまいかねない。
 そうなれば、まさしく、この世界の破滅。終わりを意味する。
 この動きはじめたマグマこそが、彼らには絶望をかたちにしたもののように見える。
 この世界が死ねば、対をなす限夢界もただではすまされなくなる。
 これまで、この比礼山は、何度か噴火したこともあるが、こんなに不気味なものを感じることなどなかった。
 それこそ、何かわからぬ意思のあらわれだろうか?
「……悔しい……」
 ぽつりと、柚巴の口からそんな音がもれた。
 それと同時に、その目からも涙が流れ落ちる。
 泣いたってどうにもならないことくらいわかっているけれど……だけど、悔しくって悔しくって仕方がない。
 何かいい方法はないものだろうか?
 柚巴の涙につられるように、絶望感がたちこめる。
 この世界を破滅に追いやるその正体がわかっても、これではどうしようもない。
 ぎゅっと世凪の胸に顔をおしつける。
 そのような柚巴の頭を、世凪は苦しそうに顔をゆがめ、優しくなでてやる。
 柚巴がこんなに心痛めているのに、世凪にはそれくらいしかしてやることができない。
 それが、この上なく悔しい。
 自然の力に太刀打ちできないことよりも何よりも、それだけが。
「……くすくすくす」
 すると、どこからともなく、そんな笑い声が聞こえてきた。
 それはまるで、この状況におかれた柚巴たちを嘲笑っているよう。
 かちんとくる。
 特に、プライドの高すぎる世凪などは、思いっきり馬鹿にされたような気分にさせられる。
「誰だ!?」
 ばっと振り返り、後ろにいる使い魔たちをにらみつける。
 今この場にいるのは彼らだけだから、絶対にそのうちの誰かが笑ったに違いない。
 しかし、誰も笑っている様子はない。
 一様に、そのもれてくる笑い声に顔をゆがめている。
 では、誰が……?
 そう首をかしげた時だった。
 笑い声はぴたっとやみ、今度は楽しそうな声がきこえてきた。
「どうやら、またお困りのようだね?」
 そんな、癪に障る声。
 しかも、その声には、嫌というほど聞き覚えがある。
 いつもいいところをかっさらっていく、あの男。
 いや、あの神!
「多紀くん!!」
「智神・タキーシャ!!」
 その名を呼ぶ柚巴と世凪の声が、みごとに重なり合う。
 するとまた、おかしそうなくすくすという笑い声が聞こえてきて、世凪に抱かれる柚巴の前に、すうっとその姿を現した。
 それはまさしく、智神・タキーシャ。
 柚巴の大切な友人である、多紀。
 嫌味に、無意味に薄い衣をはためかせている。
「何故、限夢界の神であるはずのお前がここにいる!?」
 ぎろりとした険しいにらみが、すかさず多紀に送られる。
 どうやら、世凪にしては、多紀が現れることよりも、そちらの方が不思議らしい。
 普通ならば、神がその姿を彼らの前に現す、ということ自体を不思議に思わねばならないはずなのに。
 どうやら、世凪にとっては、それはすでに当たり前となっているらしい。
 もちろん、柚巴にしてもそうであるらしい。
 神が柚巴の前に現れるというよりも、世凪のその疑問に同意しているから。
 うんうんと激しく首を縦にふっている。
 そのような柚巴を見て、多紀はますますおかしそうに笑う。
 莱牙と虎紅と鬼栖も、すでに一度経験ずみなので、たいして驚いた様子はない。
 もちろん、幻撞も、年の功なのか、妙に冷静にこの状況を見つめている。
 華久夜と紗霧羅は、さすがに驚いたように目を見開いているけれど。
 たしかに、柚巴や世凪の言うとおり、その姿は間違いなく智神・タキーシャ。
 これまでに何度も、神のドームでその姿を見てきている。
 床に彫られた彫刻で。
 そして、一度はその姿を、直に見たことすらある。
 だから、その存在自体には、驚いてはいない。
 ただ、再びこうやって、目の前に現れるとは思っていなかったので、そのことには驚いているように見える。
「智神・タキーシャだって!? って、神様だろ、それって!」
 しかし、唖呂唖だけは、その奇跡に免疫がまったくないので、まるで責めるように叫ぶ。
 たしかに、本当にいるのかいないのかわからない神が、今目の前に現れたと言われても、普通ならば簡単には信じられない。
 ましてや、それが、異世界の神となるとなおのこと。
 意外にも、神のその存在を、あっさり受け入れてしまっているこの限夢人たちに奇妙さを感じる。
「嬉しいよ。そんなに驚いてもらえるなんて」
 しかし、当の本人、その神様は、やけにのほほんとマイペースにそんなことを言って、くすくすと笑う。
 さすがは、あの多紀。
 あくまで、自分本位にひょうひょうと事を運ぶ。


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update:05/07/27