鳥かごの姫君
(2)

 比礼城。
 不気味な闇の中、ぼんやりとその姿を浮き上がらせる城。
 岩を積み重ね造られたその城は、どこか禍々しいものを感じさせる。
 あちらこちらでゆらゆらとゆれる松明が、余計にそれを演出している。
 その城最奥、塔最上階の部屋に、柚巴と覇夢赦の姿があった。
「今回のことは、本当に感謝しているのですよ」
 闇に不気味に浮かび上がる、にやりとした覇夢赦の笑み。
 彼が見下ろすそこには、両手両足を拘束された柚巴が倒れている。
 上体がわずかに上げられ、するどい眼差しが覇夢赦に向けられている。
 しかし、覇夢赦はそれにはかまわず、くすりと嫌味な笑みをこぼした。
「……まさか、あなたが本当に、あれをどうにかしてしまえるなどとはね。マグマが流れ出し、気づいた時にはもう遅いと思いましたけれど……。それを、あなたがね。我々ですら、ままならないというのに……」
 そうやって、覇夢赦は余計なおしゃべりを続けていく。
 そして、すっと柚巴の前にひざまずき、その髪をひとなでしていく。
 また、甘い香りが鼻をついた。
 それと同時に、忌々しいあの男の移り香も。
 その香りに、顔をゆがめる。
「やはり、あなたの力、欲しいです。さあ、わたしのものになりなさい」
 そう言うと、柚巴をぐいっと抱き上げた。
 そうかと思うと、柚巴のすぐ後ろに、巨大な鳥かごがぼうっと浮き上がってきた。
 そして、そのままその鳥かごの中へ、柚巴を放り込もうと立ち上がる。
 鳥かごの横には、かごの扉をゆっくりと開く、フードの男が立っている。
 一体、いつの間にやってきたのだろうか。
 たしかに今の今まで、この部屋には、柚巴と覇夢赦の二人だけしかいなかったはずなのに。
 敵が一人から二人に増え、柚巴は悔しそうに唇をかみしめる。
 ただでさえ手足を拘束されているというのに、男二人が相手ではどうにもならない。
 抵抗の余地すらない。
 柚巴の目からは、ぼろぼろと悔し涙がこぼれてきた。
 どうして、こんなことになっているのか、柚巴にはわからない。
 たしか、多紀と別れて、みんなと戻ろう、そう決めたはず。
 そこまでは覚えている。
 だけど、その後……一体、柚巴の身に何がふりかかったのか……。
 そして、何故、こんなところにいるのか……。
 しかも、何かわからない、不気味な雰囲気をかもし出すこの巨大な鳥かごの中へ、押し込まれようとしている。
「これは、外界から一切を遮断する、特別な鳥かご。あなたのためにつくらせたものですよ。わたしだけの、かわいい小鳥になってください」
 不気味ににっこりと微笑む。
 ぞくりと、柚巴の体の中を、冷たく気味の悪いものがかけ抜けていく。
 ……狂っている。
 この男、狂っている。
 今更だけれど、改めて、柚巴は覇夢赦をそう判断する。
 そうして、あけられたその扉から、かごの中へと放り込まれようとした時だった。
 突然、扉をあけていた男が、ばさりとフードを脱ぎとった。
 そして、今、覇夢赦の手からはなれ、かごの中へと入れられようとしていた柚巴を奪いとる。
 その突然のできごとに、柚巴も覇夢赦も、一瞬、何が起こったのかわからず動きをとめてしまった。
 そして、次の瞬間、柚巴を抱くこのフードの男を見て目を見開く。
「え……!? ど、どうして!? 唖呂唖さん!?」
 たしかに、今の今まで、この男は、覇夢赦の側近のフードの男だったはず。
 それが、一体、何がどうなって、唖呂唖になっているのか?
「残念だけれど、お姫さんをあんたのペットにはできないな」
 柚巴をぎゅうと抱きしめ、フードの男……唖呂唖ははき捨てる。
 そして、するりとその背に柚巴を隠す。
 それを見て、覇夢赦の顔がはげしくゆがんでいく。
 怒りにそめて。
「な……っ! 唖呂唖! 何をする!? お前はわたしの下僕でしょう。わたしに逆らう気か!」
 憤る覇夢赦に冷たい視線を向け、唖呂唖は半ば馬鹿にするようにくすりと笑う。
「……さすがにねえ、あんたのやり方には、反吐が出るんだよ。こんないたいけなお姫さんを、よくもまあ、趣味の悪いものの中へ放り込めるものだ。――仮にも、このお姫さんは、この世界の救世主だっていうのに。なんて扱いだよ」
 そう言うと、戦闘態勢に入るつもりなのか、唖呂唖の体からじわじわともやのようなものがにじみ出てきた。
 そして、その空色の目が、カっと真っ赤に燃える。
 柚巴が、誉めてくれたその空色の目が。
「唖呂唖。貴様!!」
 完全に唖呂唖が反旗をひるがえしたことをそれと確認し、覇夢赦は憎らしげに怒鳴りつける。
 このようなことになっていても、柚巴はまだ、この状況が理解できていないようで、唖呂唖の背でしきりに首をかしげている。
 今の今まで、覇夢赦の側近だったフードの男が、実は唖呂唖?
 それじゃあ、柚巴たちは今まで、そんな危険な男と行動をともにしていた?
 でも、唖呂唖は、覇夢赦のことをとても憎らしく思っていたようで?
 そんな男が、覇夢赦の側近?
 ますます訳がわからなくなってくる。
 そして、次の瞬間、覇夢赦のその行動に気づく。
 しかし、気づいた時にはもうすでに遅かった。
 怒り狂った覇夢赦の背後から、唖呂唖めがけて、へびのようにうにゃうにゃうごめく黒いものが、群れをなし、勢いよくとびかかってくる。
 そして、それは抵抗の余地すら与えることなく、唖呂唖にぐるりとまきついてしまった。
 そのうちの一本も柚巴をとらえ、勢いよく覇夢赦へと引き寄せられる。
「……わかるでしょう? だから、わたしは君に常々言っていたのだよ。我々には、守りの力が必要だと。……攻撃しかできないから……そういうことになるのです。唖呂唖」
 にやりと、冷たい笑みを唖呂唖に向ける。
 その腕には、もうがっちりと柚巴を抱いている。
 どす黒い瘴気のようなものをはきだす黒い物体が、ぎりぎりと唖呂唖をしめつけていく。
 「く……っ」と、思わず苦しげな声がもれてしまった。
 次第に苦痛に顔をゆがめていく唖呂唖を、覇夢赦は愉快そうに見下ろす。
「わたしに逆らう者は許しません。――死になさい」
 そして、つめたくそう言い放つ。
 瞬間、どんと大きな音がなった。
 同時に、どこから現れたのか、大きな楔が唖呂唖の中心を貫いていた。
 真っ黒く、闇色の霧をもわもわとはき出している。
 がくんと、唖呂唖の体がくずおれ、そのまま床に転がる。
 声を出すことさえままならないのか、それでも苦しそうに、悔しそうに覇夢赦をにらみ上げる。
 貫いた楔から、滴り落ちるように、どろどろと赤黒いものが流れ出てきている。
「もうおしまいですね。……さあ、柚巴。あなたも、大人しくわたしのものになりなさい」
 赤いものをはき出し、ごろんと寝転がる唖呂唖をどんとひと蹴りし、覇夢赦はぎちりと柚巴を抱きしめる。
 そして、その頬をいやらしくなでていく。
 涙でどろどろになっている、柚巴のその頬を。
 その目も、どこか陰湿にきらめいて。
 柚巴の目の端に、ふっと唖呂唖の姿が映る。
「ごめん、お姫さん。助けられなくて……」
 かすみ、もうぼんやりとしか柚巴の姿を映すことができなくなった唖呂唖のその目が、そういっているように見えた。


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update:05/08/25