天駆ける一角獣
(1)

「さあってと、覇夢赦。あんた、おいたがすぎたようだな?」
 気持ち良さそうに寝息をたてる柚巴を紗霧羅に預けながら、世凪はぎろりと覇夢赦をにらみつける。
 先ほどから左腕をおさえたそのままで、覇夢赦もまた、半ば呆然とそこにたちつくしていた。
 目にしてしまった、柚巴が起こしたその奇跡のために。
 しかし、その言葉ではっと我に返り、きっと世凪をにらみ返す。
「柚巴をさらって、ただですむと思うなよ」
 重ねた両手をばきっと鳴らし、いつものどこか癪に障る得意げな笑みを浮かべる。
 もちろん、鼻で笑うことも忘れていない。
 そろそろ、俺様王子様、本領発揮といったところだろうか。
 世凪のすぐ後ろでは、莱牙もするどい眼差しを覇夢赦へ送っていた。
 どうやら、華久夜はようやく気をとり戻したようで、莱牙のマントをぎゅっとにぎり、同様ににくらしげに覇夢赦をにらみつけている。
 わなわなと、その金の髪もうごめきだして。
「……わたしと、やりあうのですか? 二つの世界の均衡が崩れますよ?」
 しかし、覇夢赦は、多勢に無勢のこの状況下においても、相変わらず余裕の態度を崩しはしない。
 多少額ににじむ汗は、ご愛嬌といったところだろうか。
「かまうものか。世界なんて、俺にとってはどうでもいい」
 覇夢赦の言葉に、世凪は即座にそう言い捨てる。
 やはり、得意げに微笑むその顔は変わらない。
 そのすぐ下で、華久夜が呆れたように肩をすくめている。
「たしかに、世凪にとっては、柚巴以外、どうでもいいわよね〜」
 そう言いながら、うんうんと首を縦にふる。
 しみじみと語る華久夜の頭が、莱牙によってぼすっとおさえこまれる。
 華久夜のその言葉を聞き、覇夢赦の表情がわずかに動いた。
「お前は黙っていろ」
「んもう。お兄様ったら!」
 頭を抱えつつ、押さえ込んでくるその手を、華久夜は憎らしげにはらいのける。
 すると、そのすぐ後に、莱牙はぽんと華久夜をつきとばしていた。
 すぐ後ろで、柚巴を抱える紗霧羅へと向けて。
 ぽすんと、華久夜は紗霧羅の体に、後ろ向きに倒れこむ。
 そして、そこから、むうっと今つきとばした莱牙をにらみつけている。
 その頭を、ぽんぽんと幻撞がなではじめる。
 それで華久夜は、完全にこども扱いをされていると悟り、悔しそうにその場でじだんだをふみはじめた。
 それを、困ったように紗霧羅と幻撞は見守っている。
 そのような華久夜をみとどけ、莱牙がすっと世凪の横に歩み出てきた。
 そして、ふっと不敵な笑みをのぞかせる。
「世凪。俺にもやらせろ」
 ちらりと、世凪の視線が莱牙に向けられる。
 すると、またその横に、すいっと由岐耶が現れた。
「わたしにも……」
 そうつぶやき、不機嫌な世凪と視線をからませる。
「おいおい。俺も忘れるなよ」
 のっそりと起き上がり、唖呂唖は世凪にウインクを送る。
 しかし、それは、即座に打ち落とされてしまった。
 世凪の手によって。
 それを見て、「あらら。残念。ふられちゃった」と、唖呂唖はおどけてみせる。
 そして、はあともらされた世凪のため息が引き金となり、四人、じりじりと覇夢赦へとつめ寄っていく。
 その放つ気に気圧されたのか、じりっと、一歩覇夢赦が後退した。
 その唇も、ぎりりと悔しそうにかみしめられている。
 そうして、もう一歩、世凪たちと覇夢赦の距離が縮まる。
 当然、それに合わせ、また覇夢赦は顔をゆがめるものだと思っていたけれど……裏切られ、何故だか、にやりと微笑んだ。
 くすりと声をもらし笑い、右手を振り上げる。
 そして、それを一気に振り下ろした。
「しまった……!!」
 瞬間、唖呂唖が、何かに気づき、そう叫んだ。
 しかし、その時にはすでに遅かった。
 覇夢赦の腕が振り下ろされると同時に、辺り一面どんと闇に覆われた。
 一瞬で覆いかぶさってきた。重くのしかかってくる。
「くそ……っ。やられた!」
 そして、もう一つ、唖呂唖から憎らしげな怒鳴り声がもれる。
「唖呂唖!? これは……!?」
 何も見えない闇の中、その声のする方だけを頼りに、世凪が唖呂唖に問いかける。
 するとそこから、即座に返事がきた。
「やられたんだよ。常闇の術≠使われた!」
「常闇の術=c…!?」
 一気に、その場の空気が凍りつく。
 常闇の術。
 それは、辺り一面……いや、この世界全てを闇で覆いつくす、禁断の術。
 比礼界の王だけに与えられた特別な力。
 世界を闇でのみ込む力。
 決してはれることのない闇。
 恐怖の闇。
 それは、世界の終わりを告げる闇。
 ぞくりと、嫌なものが体を駆け抜けていく。


 がきん……。
 と、そんな何かを力いっぱい壊したような音が響いた。
 それと同時に、覆いつくしていた闇が不思議とはれていく。
 その闇は、たしか、決してはれることのない闇だったはず。
 術をかけた本人が解かない限り、決してはれない闇。
 そして、まさか、その術をかけられる唯一の者が、こんなに早く術を解くとも思えないし……。
 次第に薄まっていく闇の中に、唖呂唖はぼうっと浮かび上がる一人の男を見た。
 それは、真っ赤に燃えていた。
 まるで、紅蓮の炎に包まれているような……。
 業火の中に、煉獄の炎の中に身をおくような……。
 怒りに満ち満ちた男の姿。
 それは、伝説上の……破壊神のように見えてしまった。
 口にすることすらはばかられる、禁断の神。
 ごくりと息をのむ。
「……なめるなよっ」
 その赤く燃える男が、ぼそりとつぶやく。
 自らの髪色よりも、鮮やかに燃えている。
 その声にはっとなり、もう少しだけ目をこらしてよく見てみると……それは、最近ではよく見知った男。
 限夢界の王子だった。
 かけた本人にしか……比礼界の王にしか解くことのできない闇を、もしかして、この男が破ったというのか? たった一人で。
 たしかに、世凪は、限夢界の次の王になる男。
 そして、稀に見る力の持ち主だと聞く。
 だからといって、それが可能なのか!?
 唖呂唖は、まるでこの世のものではないものを見るような目で、世凪を見つめてしまった。


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update:05/09/02